第154話 今夜はミートイット!焼肉の光と影(後編)
異世界ガターニア最大の暴力団組織・イオボアファミリーとの決戦を終え、おれたちはその打ち上げとして東京の焼肉食べ放題店に来ていたが、王女フレンダに変なスイッチが入り激怒。空気が悪くなったので店を変えたところ何とおれはそこで意外な人物と再会するのだった。
利愛「三樹夫じゃないの! あなた生きてたの??」
ミキオ「…まあな」
この女は浦妻利愛。ストレートのロングヘアで前髪はシースルーバング。肩を出したミニのワンピースを着て高そうなバッグを持っている。派手な美貌で知らない人が見たらモデルか何かだと思うだろう。
フレンダ「ミキオ! 誰ですのこの人」
ミキオ「あ、いや、昔の知り合いだ。それより腹減ったろう、席はあっちだぞ」
ザザ「なんかお前冷や汗かいてるぞ」
利愛「私、むかしこの人と付き合ってたのよ」
全員「えっ!!」
皆の関心度が一斉に跳ね上がった。連れてきた事務所のメンバー全員がおれと利愛を交互に見ている。
利愛「あなたいま何やってるの? 東大辞めて行方不明になったって聞いたけど、劇団でも始めたの?」
まあロボットやお姫様、仮面の騎士まで連れていたら劇団と言われるのも仕方ないが、それにしてもこの女、別れてから2年以上経つのにまだこんなギスギスした感じなのか。確かに良くない別れ方ではあったが…ああ思い出したくない。早くこの場から逃げよう。
ペギー「ミキオ先生はいま伯爵で3村の領主で王国議会議員で召喚士事務所の所長で人気アイドルのプロデューサーでお寿司屋さんの社長なのです!」
ミキオ「ペギー、いいって」
利愛「ああ、そういう設定のお芝居? 素敵ね。でもその劇団で食べていけてるのかしら」
こいつこんな性格悪かったっけ。これはフレンダ以上のマウント病だな。うちの女子たちがあからさまに嫌な顔をしている。
ミキオ「まあ、君も元気そうで良かった。おれたちはこれから打ち上げなんでな。じゃ」
利愛「そこのお姫様、綺麗なガラス玉付けてるわね」
利愛がフレンダのネックレスに付いている深紅色の宝石に難癖をつけてきた。
フレンダ「あら、見る目がありませんのね。これは我が王家に代々伝わるピジョンブラッド・ルビーですの」
利愛「あははは、面白いわねこの子。ルビーは宝石の女王と言われていて、モノによってはダイヤモンドよりも価値があるのよ。私の指輪もルビーよ」
そう言って見せた利愛の左手のリングには米粒ほどのつつましいルビーが入っていた。
利愛「ましてピジョンブラッド・ルビーってのは世界で最も高価な宝石と言われてるの。こんな貧乏劇団のコスプレお姫様が着けられるようなものじゃないのよ。佐伯さん、ピジョンブラッドですって。ちょっと見てくださる? この方、銀座で宝石商を営んでらっしゃるのよ」
そう言って利愛が向こうに待たせていた連れのおじさんを呼び寄せた。どうやらこの焼肉店にはこの人と二人で来たらしい。おじさんは高そうなダブルのスーツを着ており、永瀬とヒッシーは何か言いたげに二人を見ている。
永瀬「(パパ活だ…)」
ヒッシー「(港区女子だニャ…)」
佐伯「はは、こんな大粒のピジョンブラッドがあるわけが…」
利愛の連れの佐伯というおじさんがフレンダの宝石を見ると、しばらく眺めてすぐに仰天し、どしんと尻餅をついた。
佐伯「ひ、ひいいっっ! この均質な色合い、この高貴な深い赤、高い透明度と反射率、これはまさか本物の天然非加熱のピジョンブラッド・ルビー…!」
利愛「え?!」
佐伯「普通、ルビーの結晶は小さいものなので1カラットを超える大きさの物は滅多にないんです。これは最低でも15カラットある、仮にこれをオークションに出したら開始100億円でも入札されるかも…!」
利愛「え、え、え?!?!」
フレンダ「鑑定ご苦労様。わたくしたちこれからパーティーですの。ごきげんよう♡」
女たちのマウント合戦はフレンダの圧勝に終わり、おれたちはやっと席に着いた。まったくあの女のせいで10分間はロスしてしまった。
ミキオ「さて注文だな、えーと…」
フレンダ「ミキオ! その前にちゃんと説明してくださいの。あの女とのことを!」
永瀬「大学時代に付き合ってたって言ってたよね、同期のわたしたちも知らないんだけど」
ザザ「ミキオは女運の悪い奴だとは思ってたけど、アレはいくらなんでもだろ」
ミキオⅡ「地雷女だ。おれなら絶対付き合わん」
ガーラ「ミキオ、君を責めるわけではないが、これはもう全部話さないとおさまらないのではないか?」
ミキオ「…わかった。全部言おう。彼女の名前は浦妻利愛という」
ヒッシー「迫力ある名前だニャ」
ミキオ「おれと同学年。都内の服飾専門学校出身で当時はアパレル店のバイト店員だった。おれが21歳、大学3年の時に飲み会で知り合った女性だ」
永瀬「そのスペックでよく東大生と合コンできたね」
ミキオ「何が気に入ったのか、あっちから言い寄られてなんとなく付き合うことになったんだがめちゃめちゃ束縛するタイプでな…とにかく毎日会いたいと言ってくる。断ったらオニ電だ。おれは当時から大学で研究に没頭していたんで彼女の相手をしている時間は無かった。おれは別れる決意をし、きちんとその旨を手紙にしたため郵送した。以降会ってない。実質付き合ってたと言えるのは1ヶ月程度だ」
フレンダ「ふーん」
ザザ「でもまあ、確かに元カノだな」
ミキオ「おれも若かった。あれから大して好きでもないのに付き合うもんじゃないと大いに反省した。別れてからも何度かLINEは来たが返してはいない。話は以上だ」
店員「あの、ご注文は…」
ミキオ「ああ、お待たせして申し訳ない。厚切りタン塩と特撰ハラミ、上カルビを8人前。それに上ミノ梅肉あえ、特製味噌ダレ壺漬けロースを3人前ずつ。飲み物はおれはコーラ。あと各自好きなものを注文してくれ」
飲み物が届き、おれたちは改めて乾杯した。まあコーラはどこでも同じく美味しい。
ミキオ「さて、変なのに会ってテーマがブレたが…いよいよ本物の牛タン塩、食べてみよう。ここは正真正銘のA5ランク黒毛和牛肉とのことだ」
ヒッシー「その代わり値段も凄いニャ。これひと皿で3200円だニャ」
ミキオⅡ「それひと皿で“すてきな五郎”平日120分食べ放題より高いな」
ザザ「さっきの豚タン塩と全然違うぞ…なんかぶ厚くて切り目が入っててプルプルしてる」
ミキオ「牛タンは根元から“タンモト”“タンナカ”“タンサキ”と区分され、根元に近いほど柔らかくて脂が乗ってて美味いとされる。これは当然タンモトだろうな」
ミキオⅡ「オリジナル、焼けたようだぞ」
ミキオ「お、では頂こう」
フレンダ「これはさすがに食べますの」
ザザ「あたしも」
ペギー「頂くのです!」
タン塩に群がる女子たち。さっきは豚の舌なんてと敬遠してたくせに現金なものだ。
フレンダ「えっ…美味しっ!」
ザザ「肉なのに爽やかな風味、めちゃめちゃ美味え! なんだこれ!」
ペギー「あふれ出る肉汁の量が豚タンと全然違うのです!」
永瀬「最高。ほっぺた落ちそう」
ミキオ「タン塩を堪能したら次はハラミだ。ハラミは牛の横隔膜で実は内臓だ」
ザザ「さっきの店には無かった肉だな」
ヒッシー「すごいニャ! お中元で貰う霜降り肉みたいにサシが細かく入ってるニャ!」
ヒッシーはこんな感じだが実は所沢にある総合病院の院長の息子で実家はそこそこ金持ちなのだ。お中元で霜降り肉を貰っていたとは羨ましい。
フレンダ「美味しい! 甘い! 王宮で食べるお肉より上ですわ」
ザザ「これもとんでもなくうめえ! さっきのなんとかゴローは何だったんだ!」
ミキオ「値段の高い店がみな美味いというわけではないが、ここは文句なく最高クラスだ。以前来た時は驚いたものだ」
ミキオⅡ「なるほどな。以前ここに来た時というのがあの女とのデートだったんだな」
ミキオ「ま、そういうことだ。次はいよいよカルビだな。その前に網を替えて貰って…」
ザザ「おい、そいつがこっちに来るぞ」
利愛の話をしていたら偶然なのかその浦妻利愛がワインボトルとグラスを持ってこっちに歩いてきた。さっきあれだけ打ちのめされてまだ関わってくるのか、相当な強心臓だな。
利愛「三樹夫、久しぶりに会ったんだから私の酌を受けてよ」
ミキオ「いや、おれはワインの味が好きじゃないんで…」
そう断ろうとした瞬間、利愛がワインボトルをおれの頭上に持ち、だぼだぼとおれの頭の上からワインをかけた。あまりの出来事にうちの事務所メンバーたちは一斉に顔色を変えた。フレンダと永瀬とペギーは眉を吊り上げて立ち上がり、ザザはあちゃーと言う顔で眺め、男子たちはただただ唖然とするばかりだった。
利愛「失礼。手が滑っちゃったわ。これクリーニング代にして」
そう言って万札を2枚テーブルに置く利愛。永瀬たちが怒鳴りそうだったのでおれは左手で制し、右手で赤のサモンカードを取り出した。
ミキオ「エル・ビドォ・シン・レグレム。我が意に応えここに出でよ、汝、おれにかかったワイン」
おれが早口で呪文詠唱するとおれにぶちまけられた赤ワインは一滴残らずカードの真上に召喚され、おれはその球体をそのままマジックボックスに投げ捨てた。ワインでびしょ濡れになっていたおれはすっかり元通りとなった。
利愛「え? …え??」
ミキオ「気が済んだか? クリーニング代は結構だ。持って帰ってくれ」
おれの召喚魔法をまのあたりにし呆然とする利愛だったが、ペギーは気が済まないのか焼肉のタレが入った小瓶を持って利愛に走っていった。
ペギー「ちぇおりゃああぁぁ!!」
勢いをつけて利愛の顔と高そうなワンピースに焼肉のタレをぶっかけるペギー。あーあ、こんな高級焼肉店で何をやってるんだ…。
利愛「な、なっ…」
ペギー「はーっ、はーっ、ごめんなさい、手が滑ってしまったのです!」
こんな盛大に助走つけてぶっかけといて手が滑ったもないもんだが、うちの事務所のメンバーたちはよくやったと言わんばかりに頷いている。永瀬などは小さく拍手していた。
フレンダ「すみませんですの、うちの者が粗相しまして…これで新しいお召し物を何着でも買ってくださいの♡」
そう言ってフレンダはにこにこしながら片方のイヤリングを取り外し利愛に差し出した。これにも大粒の宝石が入っており、どう見ても日本円に換算して数百万はしそうだ。
利愛「ば、バカにしないでよ! いらないわよそんな安物! 気分悪いわ、帰る!」
定番の捨て台詞を吐いて立ち去る利愛。女同士のマウント勝負は今度もフレンダの圧勝である。連れのおじさんは向こうの方でオロオロしている。せっかくの焼肉だったのにえらい事になってしまった。なんでおれの周りの女たちはこんな強烈なのばかりなのだろう…。
その後、他の客に迷惑がかかるからとおれたちはやんわり高級焼肉店を追い出され、次に行った肉匠坂井でやっと安息を得るのだった。最初からここにしとけば良かった。