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第153話 今夜はミートイット!焼肉の光と影(中編)

 異世界ガターニア最大の暴力団組織・イオボアファミリーとの決戦を終え、おれたちは打ち上げとして東京の焼肉食べ放題店に来ていた。性格に難のある王女フレンダが参戦したこともあり、宴はにわかに不穏な空気を醸しだしていたのだった。


ザザ「ぷはぁーっ、うめぇ。やっぱニホンのビールは最高だな!」


ペギー「レモンサワー、甘酸っぱくて美味しいのです!」


 女子たちはみんな酒類を飲んでいる。20歳のフレンダですらハイボールだ。対する男子は酒の味が嫌いなおれとミキオⅡはコーラ、ヒッシーはまったく飲めないのでウーロン茶、影騎士は王女の警護という任務があるので水である。ガーラは相変わらず空のジョッキを美味そうに煽り飲んだフリをしている。


ミキオ「じゃ肉焼こう。まずはタン塩からだな。生肉を触る時は箸じゃなくトングを使うように」


ミキオⅡ「タン塩とは何だ?」


ミキオ「牛の舌だな。片面だけさっと焼くのが美味いとされる。焼肉はまずタン塩から行くのが定石なのだ」


ミキオⅡ「ほう」


永瀬「いえあの…」


 永瀬が何か言いたげだったがタン塩を目の前にして構っていられない。おれがわくわくしながらタン塩を網の上に並べるが、どうも変だ。薄茶色で縁部分が白い。おれが大好きなタン塩はもっと鮮紅色で細かいサシが入っている筈だが。


ザザ「エグっ! さすが異世界だな、牛の舌を食うのかよ。あんなもん捨てるとこだろ」


ヒッシー「こっちじゃ高級部位だニャ」


 これも後から知った話なのだが、おれたちが事務所を構える連合王国あたりでは牛タンは可食部として認識されておらず捨てているらしい。非常に勿体無い話だ。などと言ってる間にタン塩は反り返ってきており、焼き上がったようだ。


ミキオ「焼けたぞ、頂こう」


 久しぶりのタン塩だ。レモン汁にちょっと浸し、わくわくしながらおれが率先して口に入れる。ん、どうも味が違う。あのじゅわっと滲み出る肉汁が少ない。味も違うし固い食感だ。ハムみたいな風味だが…。


ミキオ「タン塩ってこんなもんだったっけ?」


永瀬「…あの…これ…豚タンです」


ミキオ「えっ」


 豚の舌ってこと? そう言えばおれが居酒屋でよく頼んでいたタン塩とは味も形も違う。豚肉も美味いものだが、牛タンと豚タンではこんなにも差が出るものなのか…。


ミキオ「ど、どうりでハムみたいな味だ…そうか、間違えて取って来てしまったんだな。えーっと牛タン塩は…」


永瀬「このお店にはありません」


 え! なんということだ。ショックだ。焼肉の楽しみの半分はタン塩なのに。


ミキオ「なぜだ、焼肉屋に牛タン塩は付き物だろう」


永瀬「値段相応のお店ですから」


ザザ「お前ら、早く食っちまえ。あたしは豚のベロは食えねーから」


ペギー「舌は物を味わう部位なのに、それを味わうのはちょっと矛盾を孕んでる気がして怖いのです」


フレンダ「ミキオ! わたくしに豚の舌を食べさせるつもりですの?!」


 えらい言われようだ。せっかく焼き上がった豚タンだが女子は誰も手を付けない。おれも正直言ってもういらない。豚タンも不味くはないがやはり牛タンと比べられるものではない。それに固くて顎が疲れる。自分に嘘はつけない。おれはもう切り替えることにした。


ミキオ「豚タン、欲しい人いるか?」


影騎士「拙者が頂こう。全部こちらへ」


ガーラ「ほう、気に入ったか」


影騎士「拙者、味はどうこう言わぬ。食える時に食っておくのが忍びの習い」


ミキオ「ありがたい。お前全部食べてくれ。残すと店員さんに怒られるからな。さ、次の肉に移ろう。これは美味いだろう、焼肉界のエース、カルビだ。これは間違いなく牛肉だぞ。ちゃんと棚に“黒毛和牛”と書いてあった」


永瀬「伯爵、黒毛和牛じゃなくて“黒毛牛”です」


ミキオ「…え?」


ヒッシー「それ単なる黒い牛じゃないのニャ?」


ミキオⅡ「しかもカルビじゃなくソフトカルビと書いてあったが」


ミキオ「ま、まあ和牛ではないがそれだけ柔らかい肉ということだろう。さあ焼こう」


 おれたちは網に次々にソフトカルビを並べていった。しかしあらためて見るとここのカルビ肉はずいぶん様子が違う。肉というかスパムの薄切りのように見える。カルビは真っ赤で白い脂身が稲妻のように細かく入っている部位の筈だがこれは淡いピンク色で所々に白い泡のように丸い脂身が混じっている。だいいちどういう理由か断面が四角形だ。


ミキオ「カルビ…カルビ?」


永瀬「伯爵、これは成型肉です」


 あっ、これが世に言う成型肉か。成型肉とは牛の骨の周りについている端肉はにくや内臓肉をミンチ状にしたものを結着剤で固め、植物性たんぱくなどの添加物を混ぜてやわらかくし、さらにビーフエキスなどで味つけしたものだ。知識としては知っていたが実物を見るのは初めてだ。


ミキオ「成型肉か…」


ザザ「なんだか知らねーがこれは美味いぞ」


ヒッシー「見た目も味もスパムだニャ」


フレンダ「まあ、ちょっと美味しいけど、なんだかあんまりお肉を頂いてる気がしませんの」


 ダメだ、確かにやや美味いがカルビと比べられるものではない。それにこんな激安の加工食品みたいなもの食ってたらいつまで経っても元が取れない。これも諦めておれは次の肉に行くことにした。しかし焼肉食べに来てタン塩とカルビを諦めるとは、あらためて考えるとかなり悲愴な決意だ。


ミキオ「すまん影騎士、これもお前、全部片付けてくれるか」


影騎士「頂こう」


 おれは焼けたソフトカルビを全部影騎士の取り皿に載せた。この店に来る時はなんでこいつの分まで出さなきゃならないのだと思わないでもなかったが、結果的には連れてきて良かった。


ミキオ「じゃ今度はこっちの“やわらかロース”にしよう。ロース肉はそんなに違和感はな…」


 いや結構違和感あるな。ロースには違いないが脂身の量が半端ない。適度にサシが入った牛肉ほど美味いものはないが、これは全体の9割くらいが脂身で真っ白だ。


永瀬「伯爵…これはわたしちょっと…見てるだけで胸焼けしそう」


ザザ「こんなん食ったらそのままこっちの腹の脂身になるだけだぜ!」


ペギー「これはもう肉焼く前に網に塗るやつなのです」


フレンダ「ミキオ! ここはもう出ましょう。ニホンには他にも焼肉店はあるのでしょう? 次のお店は王族のわたくしが支払いますので!」


ミキオ「いや待て! ここは寿司やサラダ、スイーツなどもあって楽しいんだ!手作りプリンとかもあって、クレープやラーメンなんかも自分で作れて…」


フレンダ「わたくしたちはヤ・キ・ニ・クを食べに来たんですの!!!」


 物凄い剣幕のフレンダの大声が店内中に響き、おれたちは退店せざるを得なくなった。おれたちの格好はただでさえ目立つというのに…おれは肩をすぼめて精算を済ませ“すてきな五郎”青梅店を後にした。断っておくがここは決してそんなアコギな店ではない。その証拠に他の席のお客たちはみな笑顔に溢れ、楽しそうに食事していたことは申し述べておく。




 5分後、おれたちは“逆召喚”によって港区六本木にある高級焼肉店“ミナトン”に来ていた。フレンダが支払うというし、また文句を言われたらかなわないので思いっきり高級店を選んだのだ。ここはかつて大学時代に慣れぬデートで気張って一度だけ来たことがある店だ。豪奢なビルの中にあり、外装からしてゴールドと黒を基調とした非常にゴージャスな作りである。店の入り口には暴れ牛に乗った創業者?とおぼしき壮年男性の銅像が飾ってあり、創業者の強い自己顕示欲を感じる。


フレンダ「そうそう、こういうお店が良かったんですの」


 フレンダは物怖じせず店内にずんずん入って行った。こういうところはさすが王女だ。若い店員に丁寧に挨拶されておれたちは奥に通された。仕切りがあり薄暗い間接照明で掘りごたつ式のテーブルである。客席は五分の入りといったところか。ザザが興味深げにキョロキョロと店内を見回している。


ザザ「ここは明らかに前の店とは違うな。騒がしくねーし、客がみんなパリッとしたいい服着てる」


ミキオ「値段も5〜10倍だ」


影騎士「というか、肉を焼いているというのに煙の匂いがまったくしない…」


ミキオ「無煙ロースター。日本人の発明だ。肉のすぐ側に吸気口があって外に空気を出すから煙が室内に行かないのだ」


ヒッシー「ミキティよくこんな店知ってたニャ」


ミキオ「いやまあ、大学時代に来たことがあって…」


 おれが歩きながら述懐していると、店の奥から出てきた女と目が合った。ん? どこかで見たような顔だが…。


利愛「三樹夫じゃないの! あなた生きてたの?」


 あ、やばいやばい。利愛(りあ)じゃないか。すっかり忘れていたが声を聞いて一瞬で思い出した。まさかこの女とここで再会するとは。物語はさらに波乱を呼びつつ次回へ続く。



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