第15話 邪神教団との戦い(前編)
朝目覚めるとおれの部屋には翠髪銀眼の貴人が寝ていた。オーガ=ナーガ帝国第三皇子アルフォードである。そうだった、昨晩あれからコシヒッカ亭の青緑色のまずい酒で出来上がって泊まるところがないからとおれの宿に転がり込んで来たのだ。
アルフォード「むにゃむにゃ…ルマンドン兄、残尿がひどいな…」
ミキオ「いい加減起きろアルフォード。いつまで寝てる気だ」
おれはアルフォードの脇腹を軽く蹴ってそう言った。
アルフォード「う、うーむ…おはようミキオ。昨夜は楽しかったな!」
起きるなりこれか。なんとテンションの高いやつだ。
ミキオ「いいから歯を磨いてこい。ついでに下の大浴場で汗流してきたらどうだ、ここに着くなり寝てたろお前」
アルフォード「風呂か、いいな。一緒に入るか、友よ!」
ミキオ「いい、じゃれるな。お前一人で行ってこい」
アルフォード「ハッハッハ、冷たいな!じゃあ行ってくる。下着を貸してくれ」
ミキオ「いや下着の貸し借りをする気はない!」
アルフォード「ハッハッハ、照れなくてもいいだろう、私と貴様の仲じゃないか」
なんでこんなにご機嫌なんだ。こいつ昨日はおれに剣を向けてたんだぞ。
宿屋のロビー兼食堂でマズめの朝食を採っているとアルフォードがタオルを肩にかけてやってきた。
アルフォード「朝風呂は気持ちがいいな、友よ! 腹が減った、お女中、私にも朝食を」
女将「は、はいっ!ただいま!」
帝国の御曹司ということでいつもはガサツな女将も畏まっている。何故かは知らんが上機嫌のアルフォードは鼻歌を唄いながらおれの向かいに腰掛けた。
ミキオ「で、お前はいつまでここにいるんだ」
狭い部屋にいつまでも居られると迷惑なのではっきりと言った。
アルフォード「冷たいな!今日の第7刻半に定期連絡船が来るんでそれで帰るつもりだ」
ミキオ「ふむ、王族と言えど船なんだな。ドラゴンとかじゃなく」
アルフォード「あんな不安定で揺れる物には乗りたくない! 船が一番だ。転移魔法は失敗も多いしな」
ミキオ「転移魔法…? そういうのもあるのか」
アルフォード「ある。ただし膨大なMPを消費するため相当な大魔導師でないと発動できない。そこらの魔法使いが扱える魔法ではない。下手をすれば命にかかわる」
ミキオ「じゃ普通は大陸間の移動は船旅なんだな」
アルフォード「友よ、嘆くな! 落ち着いたらまた遊びにくる、何しろ私は他に友人がいないのでな!」
寂しいことを明るく言う。こいつはうざいアホだが意外と良い奴なのかもしれない。
午前中は市内の魔法ランドリーで洗濯などの雑事に追われた。午後はギルドに行くことになっている。王から投資を受け王都に寿司屋を開くので業者との仲介をしてもらうことになったのだ。暇だからと言って何故かついてきたアルフォードを伴いギルドへ行ったが、施設内が何やら騒がしい。動き回っている職員たちを見ながら呆然としているとギルドマスターがやってきた。
ギルマス「おお召還士殿、実は…ここでは何なので、奥へ」
奥の応接室に通されると、身なりのいい老人と、漆黒の装備をつけたフルマスクの騎士がいた。重い空気なので何か重大な事態が生じたのはうかがえる。
ギルマス「実は、フレンダ王女が何者かに拉致されました」
ギルドマスターが口を開くと横のアルフォードが目を見開いていた。
アルフォード「な、何だと!?」
ミキオ「状況を説明しろ」
おれがそう言うとギルドマスターが続けた。
ギルマス「王女が先程こちらへいらして、召還士殿の所属しているギルドを視察したいとおっしゃいましたのでうちの職員のザザに案内をさせていたんですが…これを見てください」
ギルマスが窓を開けるとギルド裏の練習場らしき広場が円形に焦げていた。
アルフォード「これはもしや…転移魔法!?」
侍従「その通り、王女が人気の無い場所へやってくるのを待ち構えて準備していたのでしょう」
座っていた老人が言葉を繋いだ。この人は王宮の侍従らしい。
ミキオ「つまり賊は相当な大魔導師ってわけだ…待て、となるとザザも一緒に連れ去られたのか?」
ギルマス「はい」
変な話だが、おれはやや安堵した。ザザは武術家としてもそこそこの腕前と聞く。それがフレンダと共にいるなら最悪の事態は防げる。
アルフォード「警護の者は何をしていた!」
アルフォードが憤っている横で立っていたフルマスクの騎士がマスクの奥で口を開いた。
影騎士「拙者、影騎士と申す。実は拙者隠密として常日頃より姫様の警護に当たっていた」
なるほど、妙に自由度の高い王女だと思っていたが側にこんなのがいたのか。
影騎士「わずかの隙もなく一瞬にして転移され申した。言い訳をする気はござらぬ。事後に腹を切らせて頂く。されど今は姫様を探すのが先決かと」
影騎士とやら、マスクで顔は見えないが固い決意が伝わってくる。アルフォードも心痛のあまり声を上げた。
アルフォード「ああ、どうすればいいのだ!! フレンダはどこに連れ去られたのだ!! 何か手がかりは無いのか!」
いたたまれない雰囲気だったが、おれは軽く挙手して言った。
ミキオ「ちょっとみんな、いいか」
アルフォード「…何だミキオ」
ミキオ「どこに連れ去られたかは知らんが、たぶん召喚できると思うぞ」
ギルマス「え?」
侍従「召喚?」
アルフォード「誰を?」
ミキオ「いや、だからフレンダとザザを」
皆、一様に呆気に取られている。
アルフォード「できるのか、この世界の者をこの世界に召喚することが!!」
ミキオ「たぶんできると思うが…まあとりあえずやってみよう。エル・ビドォ・シン・レグレム! 我が意に応えここに出でよ! 汝、フレンダ・ウィタリアン! 及びザザ・ダーゴン!」
サモンカードを置き、おなじみの呪文を詠唱するとすぐに紫色の炎が噴き上がり、中からフレンダとザザが出現した。
ザザ「…あ、あれ?」
フレンダ「ミキオ!」
侍従「姫様!」
アルフォード「フレンダ! 無事か!」
ミキオ「やはり可能だったな」
アルフォード「貴様、なんか凄いな!超凄いな!」
アルフォードが興奮してよくわからない褒め方をしてくれる。皆一様に胸を撫で下ろしていた。
ザザ「なるほどな、ミキオの魔法召喚であたしたちを呼び戻してくれたってわけか」
ザザが冷や汗をかいていた。巻き添えをくった形だが、ともかく無事で良かった。
フレンダ「でも、まだわたくしたち以外にも攫われた女性たちがいるんですわ!」
アルフォード「何だと?」
ギルマス「そ、そうか、その方々を救出しないことには…!」
ミキオ「ザザ、賊の目星はついてるのか」
ザザ「ああ、ありゃあザドの邪神教徒だね。やつら王族や貴族の女ばかり拉致して邪神に捧げようとしてやがるんだ」
ギルマス「とんでもない話ですな…」
酷い話に皆怒りをあらわにしていたのでおれは再びサモンカードを取り出した。
ミキオ「わかった、じゃその人たちも召喚しよう」
おれがそう言うと皆はまた大口を開けた。
アルフォード「そんなことまで!?」
ミキオ「できると思う。…エル・ビドォ・シン・レグレム! 我が意に応えここに出でよ、汝ら、ザドの邪神教徒にさらわれた人たち!」
ザザ「え、そんなアバウトな感じでもいいのか」
ザザが思わず口にした刹那、カードからこれまでにない巨大な魔法陣が浮き上がり、巨大な紫色の炎が噴き上がると中から華美な服装の20人の女性が出現した。
女性A「え!」
女性B「こ、ここは…」
女性C「もしかしてわたしたち、救出された?」
ミキオ「全員無事か、良かったな…」
アルフォード「おい、ミキオ! しっかりしろ!」
多人数一斉召喚でおれはMPを大量消費し、床に片膝をついた。