第148話 絶体絶命!狙われたハイエストサモナー(第一部)
3日前、中央大陸の北端ミカラム国に拠点を持つヤクザ組織であるイオボアファミリーの総長、ドン・イオボアがこの世を去った。跡目候補となるのはドンの子分で3つの二次団体の組長、サキ・シオビッキー、ヒズ・ナマス、メフン・ショッカーラの3人だ。ドンの葬儀が終わり、跡目候補の3人が雨のなかミカラム国のイアフーネ神殿に集まっていた。
サキ「あの殺しても死なないようなオヤジがこうもあっさりくたばるなんてね。ヒズ、あんた毒を盛ったんじゃないだろうね」
サキ・シオビッキーはシオビッキー組の組長。二次団体の中ではもっとも勢いのあるシオビッキー組を女だてらに率いるヒューマンの美女だ。
ヒズ「姉御、冗談はよしてくれや。だいたいこれっちゅうのもブラッカの兄貴が盃返してカタギになったのが悪いんじゃ。おかげで若頭の座が空位になり、ワシら若頭補佐がいらん跡目争いをせにゃあならんようになった」
ヒズ・ナマスはナマス一家の組長。赤銅色の顔をした隻眼の鬼である。『ブラッカの兄貴』とは元格闘技世界チャンピオンの牛人ブラッカ・ミギューのことだ。イオボアファミリーの直参であり若頭だったが妹の命をミキオに救われてヤクザから足を洗ったのだ。
メフン「ほうじゃけえ、さいさい話しおうた通りこの神殿の“真実の女神”に訊いたらええんじゃ。そのためにオヤジの葬儀もそこそこにワシら3人来たんじゃけえ」
メフン・ショッカーラは黒蜥蜴会の組長。ヒズと同じくらいの巨体であり青い舌をした蜥蜴男だ。
3人は神殿最奥の内宮に入った。山門は各組の構成員たちが封鎖しており、一般の参拝客は入れない状態だ。
神官「親分さんたち、どうか早くお済ませくだされ」
メフン「賽銭はずんだんじゃけえ、もうちょっと待ってくんされや」
年老いた神官を邪険に扱うリザードマンのメフン。
ヒズ「お、あったあった。これが真実の女神じゃ」
内宮には人間大の女神像があり、その足元には魔法石が埋め込まれていた。これに触ることにより女神像が質問者の問いにAIのように答えてくれるのだ。石像には『真実の女神と話してみよう』と書かれている。
サキ「ここをタッチしてと…真実の女神さん、訊きたいことがあるんだけどね」
真実の女神「話しかけてくれてありがとう。わたしは真実の女神です。あなたのことをいろいろ聞きたいな」
メフン「本当に石像が喋りよったぞ!」
サキ「落ち着きな、メフン」
女神像は可愛らしい女性の声で答えてくれた。魔法石が質問者の問いかけを蓄積したデータから分析して答えを出す仕組みになっているらしい。
ヒズ「のう女神さん、ハッキリ言うてワシらヤクザでな」
真実の女神「そっかー、うんうん、あなたはヤクザなんだね」
サキ「ちゃんと対話するわね…」
メフン「ぶち凄い仕掛けじゃ」
ヒズ「のうおめえさん、この3人の中で誰が一番イオボアファミリーのドンにふさわしいと思う」
真実の女神「そっかー、そうだね、誰が一番イオボアファミリーのドンにふさわしいかな…やっぱりイオボアファミリーはヤクザだから、一番強い者がドンにふさわしいと思うよ」
メフン「単純明快じゃのう」
サキ「どうやって一番強い者を決めたらいいんだい」
真実の女神「そうだね、うんうん。この世界で一番強いハイエストサモナーを倒した者が一番強いと思うよ」
サキ「ハイエストサモナー!」
ヒズ「知っとるぞ。魔導十指のひとりで、さいぜんササガナガル公園で肉フェスちゅうイベントをやって成功させたツジムラとかいう男じゃ」
メフン「そんなやつがこの世界で最強なんけぇ」
サキ「決まったね。あたしらの中でそのハイエストサモナーを殺った者がイオボアファミリーのドンだ」
ヒズ「異議なしじゃ」
メフン「わかりやすうてええ」
こうして3人の跡目候補の誓いが交わされた。神殿にそぼ降る雨はまるでこれから起こるであろう流血の抗争を悲嘆する涙のようだった。
異世界146日め。おれの経営する最上級召喚士事務所に3人の跡目候補のうち女親分のサキ・シオビッキーが来ていた。年の頃は30代半ばだろうか、強面の子分衆を引き連れ、座れとも言ってないのにソファーにどかりと座った。
サキ「あんたがハイエストサモナーのツジムラ先生かい」
ミキオ「そうだが」
サキ「あたしはイオボアファミリー系シオビッキー組の組長やってるサキ・シオビッキーてもんさ。先週、うちの大親分が亡くなってね。先生、あんた死者でも召喚できるらしいね? オヤジは死ぬ前に何か言い遺したらしいんだがちゃんと聞いてた者がいなかったんだ。召喚してもう一回ちゃんと遺言を聞きたいんだよ」
ミキオ「なるほど。話はわかったが、うちの事務所は反社の人間とは付き合わない。お引き取り願おう」
子分A「何じゃと!?」
子分B「ええ度胸しとるのう、ワレ!」
おれのすげない態度に腹を立て一気に血色ばむ子分たち。事務所のヒッシーも秘書の永瀬も震え上がっている。
サキ「まあ、まあ。先生、そんなしゃっちょこばらなくてもいいじゃないか。カネならはずむよ。2千万ジェンでどうだい」
ミキオ「どんな大金を積まれても同じだ。ガーラ、女親分がお帰りだ。出口へご案内を」
ガーラ「心得た」
玄関の掃き掃除をしていた魔人ガーラがぬっと出てきた。身長2.5m、ガンメタルの装甲に包まれた強健な体躯のロボット騎士であり強面揃いのシオビッキー組の子分衆もさすがに顔色を変えていた。
サキ「仕方ないね、今日のところはおいとまするとしようか。また来ますよ、男前の召喚士さん♡」
ミキオ「次は門前払いにする」
箒を持ったガーラに促され女組長サキとその子分衆は文句を言いながら帰っていった。
ペギー「い、いいのですか? 相手はヤクザなのですよ?」
一昨日からうちの事務所で預かっているドジっ子エルフで預言者見習いのペギーもすっかり怯えきっている。
ミキオ「ヤクザや悪魔とは縁を作らない。これがうちの事務所の鉄則だ。ただでさえありもしない女性関係のことでパパラッチに追い回されてるのに、このうえ反社と付き合ってるなんて言われたらまた大炎上だ。大丈夫、大巨竜や大邪神と戦ったおれからしたら田舎のヤクザなんて小バエも同然だ」
ペギー「ミキオ先生、カッコいいのです!」
ヒッシー「で、でも、うちらはそうは行かないニャ」
ミキオ「ガーラ、しばらくの間お前をSPに任命する。ヒッシーたちが外出する時は必ずお供して警護に当たるように」
ガーラ「心得た」
半刻(1時間)後、おれは王国議会議員として議会に出席するため王宮に向かった。逆召喚で行けば一瞬なのだがある程度は歩かないと筋肉が衰えるので近場はなるべく歩くようにしている。どうしても来たいと言うので新人研修中のペギーも同行している。うちの事務所は立地が良く、王宮まで歩いて10分もかからない。
ヒュン! 歩いていると、おれ目がけてボウガンの矢が一直線に飛んできた。あまりの唐突さに驚いたが、神与特性の自動危機回避能力が発動して身体が勝手に瞬時に避け、右手でその矢を掴んでいた。この世界では火薬式の銃がまだ発明されていないのでスナイパーの道具と言えば弓矢か毒針なのだ。横にいた新人ペギーは目を回して腰を抜かしていた。
ペギー「はわ、はわ、はわわわ〜〜…」
ヒットマン「チッ!」
矢の方向から狙撃位置はわかる。おれが即座にその方向を振り向くと、ヒュン! ヒュン! ヒュン! ボウガンの矢がさらに3発飛んできた。連射できるタイプらしい。おれはすべての矢を難なく回避し、ペギーに当たらないように手で受け止めた。射線からして真っ直ぐにおれの頭を狙っており、殺意は明白だ。物陰に隠れていたスナイパーは逃げて行ったが、おれは少しも慌てず赤のサモンカードを取り出した。
ミキオ「詠唱略。ここに出でよ、今おれを狙ったスナイパー」
サモンカードの魔法陣は紫色の炎を噴き出し、すぐにその中からスナイパーが現れた。黒づくめの格好で顔は深めのフードで覆っている。
スナイパー「ひ、ひいっ!?」
ミキオ「逃げても無駄だ。なぜおれを狙う。お前何者だ、どこかの組織の者か」
スナイパー「し、知らん。俺は何も言わねえ。殺るなら殺れ!」
ミキオ「ではお前の個人情報を召喚する」
スナイパー「え?」
ミキオ「エル・ビドォ・シン・レグレム、我が意に応えここに出てよ。汝、このスナイパーの個人情報!」
おれが呪文を詠唱し終えると、カードの魔法陣の中から紫色の光球が出現しはじけると同時にこのスナイパーの声がこいつの個人情報を読み上げた。
召喚したスナイパーの声「出生名ターカンソー・セナミンユ。男性。36歳。セッカー公国ジャバミ郡出身。職業はヒットマン。イオボアファミリー系ナマス一家組長ナマスに8千万ジェンで依頼され今回の犯行に及びました…」
スナイパー「わーっ! わーっ! わーっ!」
ミキオ「なるほど、プロのヒットマンか」
こいつはこれ以上掘っても何も出なそうだな。しかしまたイオボアファミリーだ。何かあるのか。とりあえずこいつは衛兵に引き渡そう…とおれがマジックボックスを開けてスナイパーを片付けた瞬間にナイフを持ったチンピラのような男がおれを目がけて突進してきた。もちろん矢より遅い挙動なのでおれは瞬時にかわした。
ペギー「はわーーーっっ!!!」
ミキオ「何者だ」
鉄砲玉「はーっ、はーっ…ハイエストサモナー、命取っちゃるけぇのお!!」
飢えた野犬のような目でおれを睨むナイフの男。こいつもどう見てもヤクザの風体だ。まあチンピラの鉄砲玉ってとこだろう。どうやらおれは完全に狙われているようだ。ガチガチと歯を鳴らしおれにすがるペギーの肩に手を起きながら次回へ続く。