第147話 異世界おにぎり地獄変(後編)
おれの領地であるコストー地方ヤシュロダ村の村長職をミキオⅡに代官と兼任で引き継がせることになり、ヤシュロダ村に赴くおれたちだったが、そこに飲食店を経営している女性が村の名物料理を考えて欲しいと絡んできた。彼女は助役の元カノで、ならば参考にと東京から買ってきたおにぎりを頭ごなしに全否定するのだった。
ミキオ「…まあ、食べ慣れない物を無理に押し付けようとは思わない。おにぎりが受けないのはよくわかった。だが日本にはこういうものもあるんだ」
おれは同じ店で購入した“おはぎ”を差し出した。
ウララ「…ば、馬糞…?」
ミキオ「馬糞じゃない。これは“おはぎ”という。小豆を甘く煮たものをあら潰しにして飯をくるんだものだ。日本人はお彼岸になるとこれを食べるのだ」
ウララ「豆を甘く煮て?! 米に貼り付けて?! どういうセンスしてんねんニホン人は。こんなん食われへんわ!」
オッカー「ちょっとこれは…ほぼ炭水化物、糖質の塊やないですか…ニホンの人は栄養バランスというものを考えないのですか?」
助役すごい言ってくるな。こいつどっちの味方なんだ。
ウララ「だいたいこんなボリューミーなもんいつ食うたらええねん。甘いからにはおやつなんやろけど、こんなん昼過ぎに食べたら夕飯食われへんで!」
おはぎいつ食べたらいいのかわからん問題、これはおれが常日頃から思っていたことだ。ご飯にはならないし、かと言っておやつとしてはヘビー過ぎる。痛いところを突かれてしまった。甘い物好きなガターニア人にはちょうどいいと思って買ってきたのだが…。
ミキオ「じゃ、じゃあこれはどうだ」
おれはパックに入ったいなり寿司を差し出した。これも同じ店で買ったいいお値段のするものだ。
ウララ「なんでどれもこれも見た目がグロいねん…」
オッカー「これは…何かの動物の睾丸ですか?」
ミキオ「助役! 言葉に気をつけてくれ。これはいなり寿司という。豆腐という大豆を絞って作ったプリンを揚げて袋状にして中に飯を詰めたものだ。中身は酢飯のパターンと、五目寿司を詰めるパターンがある。今回は五目いなりだ」
ウララ「作り方、めっちゃ複雑やな」
オッカー「あーこれは美味しいですね。しかしこれも構成要素は穀物ばかりでほぼほぼ炭水化物です」
ミキオ「助役、いったん栄養バランスのことは忘れてくれないか」
ウララ「まあこれは美味いけど、持ち運びに便利とは言えんやろ。皮に汁が滲みてるからつまんだら手が汚れるし。実際これ作ろうとしたらその面倒くさい工程のトーフとかいう豆のプリンもこっちには無いねんからそっから作らなあかんやん」
ミキオ「そ、そうか…」
むむむ…これでおれが東京から買ってきたおにぎり類は尽きてしまった。まさかこんなにウケが悪いとは。
ミキオⅡ「全滅か…」
永瀬「そんな…」
ウララ「しゃーない、もうええわ…御領主はん、お代官はん、お手を煩わせてすんませんでした。後は自分で考えまっさ」
オッカー「ご、御領主…」
フテて立ち去ろうとするウララ。日本人のソウルフードおにぎりをさんざん貶されてフテりたいのはこっちだったが、その数秒の間におれは神与特性のひとつである“超高速思考”によって一瞬で脳細胞をフル回転させ、新たなひらめきを得た。
ミキオ「15分待ってくれ。もう一回日本に行ってくる」
15分ののち、おれは東京で買い物を済ませ予告通りヤシュロダ代官所の応接室に“逆召喚”で帰ってきた。
ミキオ「お待たせした」
永瀬「伯爵、待ってる間に聞いたんですが、オッカー助役が浮気した相手はなんとウララさんの親友だそうですよ!」
ミキオⅡ「火中の栗を拾いに行くタイプだな」
オッカー「いやぁ、若気の至りで」
ミキオ「そうか。ま、話がブレるからその件は後にしよう。とりあえずこれを見てくれ」
おれは東京で買ってきた物をレジ袋から取り出した。
オッカー「これは…」
ウララ「明らかに今までとはちゃうな」
ミキオ「“おにぎらず”という。元はクッキングパパというグルメ漫画で描かれたアイデア料理だが、その素晴らしさからあっという間に日本中に広まり、今では店でも売っている。これは東京にあるおにぎらず専門店で買ってきた」
オッカー「オニギラズ…怪獣みたいな名前だ」
ミキオⅡ「クッキングパパ、知ってるぞ。しゃくれたアゴの中年男が主人公で170巻くらい単行本が出てる大ヒット漫画だ。90年代にアニメ化もされている」
ミキオ「まあそうだが今は漫画の話はいい。おにぎりではなく、握らないから“おにぎらず”。海苔の上に平らに敷いた飯で様々な具材を挟んだものだ。食べてみてくれ」
ウララ「お、ええやん! 飯と具材の比率が5:5や。口の中でいろんな味が調和しとる。玉子焼きと豚バラ肉とレタスやな」
ミキオⅡ「ふむ、こんなものがあるとは。こっちはカリカリベーコンと焼き茄子だ。美味いじゃないか。さすがはおれのオリジナル」
オッカー「僕のはチキンとレタスとカイワレですね。美味しい。これなら栄養バランスも完璧です。組み合わせも工夫できるし、作り方も簡単で材料もすべて村の特産品で賄える。しかも珍しくてここでしか味わえない。さすがです伯爵閣下」
短い拍手をするオッカー助役。
永瀬「なるほど、この手があったか」
ミキオ「言われてみなければわからないものだ。確かにおにぎりは日本人の魂の結晶のようなものだが、単独の料理としては物足りない側面もあったかもしれない。おにぎらずはそういう需要にハマったのだろう」
ウララ「御領主はん、これ採用させて貰いますわ。ありがとう。ほんまええ御領主はんに恵まれてうちの村は幸せですわ」
この女、さっきまでフテっていたのに急にハンドル切ったな。そんな性格だから浮気されたんじゃないのか。
オッカー「このオッカー・メガシー、感服いたしました。伯爵閣下に一生付いていきます。閣下は名君です」
この男もふてぶてしいというか、さっきあれだけ栄養バランスがどうのと腐していたのによくそんな白々しい台詞が言えたもんだ。こんな恋人の親友に手を出すようなヤバい男に助役なんて任せて大丈夫なのか。
永瀬「あ、じゃあお料理の件は解決したということで、もうちょっとお話聞いてもいいですか。浮気ってのはその1回だけなんですよね?」
ウララ「ちゃうねん、こいつウチの妹にも手ェ出そうとしたんやで!」
永瀬「えーっ!」
ミキオ「永瀬、もういいじゃないか」
1ヶ月後、ミキオⅡの統治ぶりを視察するため、やつに代官を任せているコストー地方ヤシュロダ村に行ってみると、相変わらずヤシュロダ神殿は恋愛成就の神様として賑わいを見せており、それに連なる大通りの商店街も以前より明らかに人通りが多くなっていた。
ミキオ「なかなかの盛況ぶりだな」
ミキオⅡ「うむ。村民の表情も明るい。いいことだ」
ウララ「御領主はん!」
おれたち二人が歩いていると、あの飲食店経営のウララ・コースドが声をかけてきた。どうやら彼女の店の前に来ていたらしい。
ミキオ「お、いつぞやの」
ウララ「その節はほんまにありがとう。おかげさんで“おにぎらず”大好評ですわ。ぎょうさん用意しても昼には売り切れてまうねん!」
オッカー「今では他の店も真似しています。本当にこの村の名物料理になりそうですよ」
ウララの横には村の助役オッカーがエプロンを付けて立っている。
ミキオ「なぜ君がここにいる?」
オッカー「いや、今日は光曜日で代官所はお休みですので」
ミキオ「いや、そういうことではなく…」
ミキオⅡ「オリジナル、彼らは復縁したそうだ」
ミキオ「えっ!」
ウララ「かっこええんですよ、この人! ウチの店が忙しくて手が回らんて言うたらすぐ飛んできて手伝ってくれて」
復縁か…安い女だな。親友や妹にまで手を出すような男と懲りずにまた付き合うとは。
オッカー「いやぁ、ハハハ。おっと、お客さんが待ってるんで失礼します!」
ウララ「あ! お二人とも、良かったらウチの“おにぎらず”食べてってください」
ミキオ「悪いな、じゃあ頂こうか」
ミキオⅡ「せっかくだからな」
ウララ「はいベーコンレタスおにぎらず2つ。1600ジェンになります」
ミキオ・ ミキオⅡ「…」
まさかの有料とは。普通あれだけ世話になったら奢ってくれるもんじゃないのか…おれもミキオⅡも同じようなひきつった表情になりながら小銭を支払い、まあまあの味のベーコンレタスおにぎらずを食べながら店を後にするのだった。