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第146話 異世界おにぎり地獄変(中編)

 おれの領地であるコストー地方ヤシュロダ村の村長が高齢なので引退させ、後をおれの複製人間であるミキオⅡに代官と兼任で引き継がせることになった。ヤシュロダ村の代官所で役人たちと顔合わせするおれたちだったが、そこに村で飲食店を経営するという女が絡んできた。女は村の名物料理を考えて欲しいと言ってくるのだった。


 おれとミキオⅡ、秘書の永瀬、村の助役オッカー、そしてそのオッカーの知り合いらしい飲食店経営ウララの5人は代官所の応接室に移動した。


ミキオ「で、どんな料理にするかだが」


ウララ「この村の観光の定番は神殿からのこの大通りを散策することや。持ち歩きできて手軽に食べられるもんがええな」


ミキオⅡ「なるほど、料理というかファストフードだな」


ウララ「今うちで出してんのはこれやね」


 村の飲食店経営者ウララが取り出した籐篭(とうかご)に入っていたのは何かを挟んだ小さい丸型のパンだ。


ミキオ「ほう…」


永瀬「ハンバーガーみたいですね」


オッカー「クエテバという、村の名物料理です。この村で生産してる白麦を粉に挽いて作ったパンの料理ですね」


 白麦(しろむぎ)というのはうちの事務所が経営している“寿司つじむら”でも米代わりに使っている米によく似た穀物のことだ。炊くと水晶のように透明になりとても綺麗で、しかもジャポニカ米のように適度な粘り気があり味もいい。菓子などにも加工でき保存にも適した優れた食品だ。


ウララ「まずは食べてみて、忌憚のない感想を言うてください」


ミキオ「頂こう」


 がぶり。食べてみたが、なるほどなんにも美味しくない。まずバンズが固い。ガターニアのパンはだいたいマズいがここのは特にダメだ。ベーグルかってぐらいパンのフワフワ感が無くて重い。酵母菌の発酵が充分ではないのだろう。せっかくの白麦をこんな使い方して、なんとも勿体無い。具はなんだろう、ごりごりして歯ごたえがある。固いパンとの相性は最悪だ。しかも何か酸っぱいソースがかかっている。


永瀬「あのこれ、中身は…」


ウララ「鶏のやげん軟骨にヨーグルトソースをあえたもんやな」


 なんだその組み合わせは。果てしなくマズいぞ。だいたいヨーグルトソースなんて合う料理あるのか。酸味ばかりでなんの旨味もない。そこにこのプラスチックみたいな歯ごたえのやげん軟骨。無味だがうっすら獣臭く、その獣臭さがヨーグルトソースで全然マスキングできてない。いくら田舎料理でもこれはひどい。悪ふざけみたいな料理だ。なんで普通に鶏肉を使わないんだ。永瀬は飲み込みたくないらしくいつまでも口をもごもごさせている。おれもミキオⅡもひと口食べてやめた。


ミキオ「これは…アレだな」


ミキオⅡ「うむ、申し訳ないがマズい」


永瀬「ほんらにハッキリ言わらくへも!」


ミキオ「永瀬、諦めてもう飲み込め」


ウララ「ま、まあ地元民以外に受けへんのはわかっててん。しゃーからこれをベースに改良して…」


ミキオⅡ「いやこれはそういうレベルではない。根底から作り変えないと」


ミキオ「うむ、固くてぼそぼそしたパンと気色の悪いやげん軟骨、酸っぱいだけのヨーグルトソース。この組み合わせからは何もケミストリーが起きない。最初から新しい料理を考えた方がいい」


 ウララもオッカーも地元の名物料理を頭ごなしに貶されて押し黙っているが、そうでも言わないと話が進まないから仕方がない。


永瀬「伯爵、持ち歩きに便利なファストフードということでしたら日本にはおにぎりがあります」


ミキオ「なるほど」


 おにぎり。おれも大好きな料理だ。というよりも嫌いな日本人はいないだろう。朝握ってお昼くらいまでは冷めても美味しいし、自分で握らなくてもコンビニに行けばいつでも売ってるし種類も豊富だ。腹が減った時に真っ先に思い浮かぶ食べ物と言えばおにぎりという人は少なくないのではないだろうか。


ウララ「オニギリ? 何やそれは」


オッカー「聞いたことがありませんね」


 なるほど、この世界には似たような料理が無いらしい。白米に似た白麦という食材はあるのに、炊いて丸めて食べようという発想にはならなかったのか。


ミキオ「わかった。じゃおれが日本に行っていろいろ買ってこよう。永瀬たちはお茶でも淹れて待っていてくれ」


 おれは青のサモンカードを取り出し、日本の東京に“逆召喚”した。




 数分後、おれは都内のデパートに入っている名のある惣菜店でいろいろと買い物をしてヤシュロダ代官所に戻ってきた。


オッカー「ほお…これが御領主が生まれたという異世界ニホンの料理ですか」


ウララ「ふーん、どれも見たこともない物ばかりやな」


オッカー「そうやなあ」


 ん? どうでもいいがこの二人、妙に距離感近いな。何かあるのか?


ミキオ「おにぎりと言う。日本人のソウルフードと言っていい。日本では遠足の時や夜食、非常時の炊き出しなど様々な場面で重用される。日本人はこれを食べると不思議とパワーが湧き出るような気がするのだ」


永瀬「わ、久しぶりにおにぎり食べれる!」


ミキオ「断っておくがたまに薬局系スーパー等で売ってるようなおにぎりにはヒドい物に当たる時がある。あれは米が悪い。質の悪い米は冷めると恐ろしくマズい。これはちゃんと確認したがいいお店で買った新潟県魚沼産のコシヒカリ100%使用のおにぎりだ」


ウララ「へー」


オッカー「ウララちゃん、御領主さんが君のためにここまでしてくれたんやから感謝して頂かなアカンよ」


ウララ「うるさいな、わかっとるわ」


永瀬「あの、確認なんですけどお二人はどういう関係なんですか?」


 オッカー助役とウララのあまりの距離感の近さに、ついに永瀬が切り出した。


オッカー「ああ、いや、元カノでして」


ウララ「言うなや!」


全員「えっ!」


オッカー「同級生でして。高校時代に付き合ってたんですが、まあいろいろありまして別れたんです」


ウララ「お前が浮気するからやろ!」


 そうだったのか。妙に距離感近いなとは思っていたが…せっかくおれが東京からおにぎりを買ってきたのに話がブレてしまった。永瀬などは明らかにワクワクして楽しそうにオッカーとウララの顔を見比べている。


ミキオ「そうか。立ち入った話を聞いてすまなかった。じゃその話はこれでよしとして、本題に戻ろう。おれが買ってきたおにぎりだ。食べてみてくれ」


永瀬「まあまだドキドキしてるけど、頂きまーす…うん、超美味しい。おかかですねこれは。最高。日本に帰りたくなる味」


ミキオⅡ「おれのはツナマヨだな」


ミキオ「おれは筋子だ。ばらしていない鮭の腹子つまりイクラだな。めちゃくちゃ美味い。これに味噌汁があれば何もいらない」


ウララ「…え、これ美味いん?」


 まさかのリアクション。おれは耳を疑った。いくら異世界だからってこんな上物のおにぎりの味を否定する人間がいるのか? さっきこの地方の変なハンバーガーもどきを貶したから仕返しのつもりなのか?


ミキオ「いやあんた何を言ってるんだ。魚沼産のコシヒカリだぞ? 美味い以外の言葉はないだろう」


ウララ「そのブランドは知らんけどさ。この“米”言うんか? 味もシャシャリもあれへんし、真ん中に入ってる具は何か果実の酢漬けみたいやけど少なすぎて全部の米を味付けできてないやん」


ミキオ「梅干しだなそれは。いやしかし、おにぎりってのはそういうもんだから…」


ウララ「普通、こういうものははさむ物と具の比率は5:5がベストやろ。このオニギリは9:1。具とそれ以外ががっぷり四つに組み合ってない。米が多すぎ、具が少な過ぎ」


 あまりの全否定ぶりにおれは目の前がクラクラしてきた。おれが、いや日本人が幼少時から愛してきたソウルフードがここまで否定されるとは。


ミキオⅡ「助役、君はどう思う。君の彼女はこう言ってるが」


オッカー「あ、いや元カノです。…まあ…ちょっと栄養のバランスが、とは思いますね。米というのは炭水化物でしょう。これと真ん中のちいちゃい具だけやったら結構栄養が偏ってないですか」


 いやいやいや、この連中の味覚はどうなってんだ。おにぎりだぞ。日本人なら泣いて喜ぶ堂々の伝統食だ。


ミキオ「これは主食で、副菜が付くのが前提なんだ」


ウララ「さっきあんたこれと汁物があれば何も要らんて言うてたやんか」


ミキオ「いやそれはそうなんだが、それくらい美味いという意味で…」


ウララ「うわっ! 何やこれは、腐った豆が入ってる! 臭っ! ニホン人てのはこんな物を食べるんか?」


 ウララが手巻きの納豆巻きを持って難癖をつけている。


ミキオ「あ! いやそれは…」


永瀬「辻村クン、なんで納豆巻き買ってきちゃうの? 納豆なんかこっちの人にウケるわけないじゃない!」


 永瀬は秘書だが大学時代の同期でもあるので責められる時はタメ口になる。


ミキオ「いや、それは後でおれが食べようと思って…ミキオⅡ、黙っているがお前はどう思うんだ」


 サングラスのブリッジを中指でクイッと上げるミキオⅡ。本当にこいつは細かい癖までおれそっくりだ。


ミキオⅡ「まあおれの遺伝子はオリジナルのミキオそのものだし、2週間日本で生活したからおにぎりも全然美味いんだが最初食べた時は正直ちょっと引いたな。これ、肉まんに例えるとしたら皮がぶ厚くて中にほんのちょっと具が入ってるようなもんだろう」


 む…そう言われると反論できない。以前におれが大阪の有名な豚まんを食べた時は具の少なさに驚いたものだが、おにぎりもそれと同じ構造だと言うのか。


ミキオⅡ「おにぎりは日本人にとってはいろいろな思い入れがある食べ物だろうが、慣れていない者の目には栄養バランスの悪い異様な食べ物として映るのだ。梅干しも納豆も特殊過ぎて日本人以外に受け入れてもらうのは難しいだろう」


ミキオ「お前までそんなことを…」


 おれは日本人としてのプライドが砕かれ、足元がよろけた。おにぎりとはこんなにも異世界人にウケの悪いものだったのか。だがまだまだだ。おれは二の矢、三の矢を用意してあるのだ。気合を入れ直して次回へ続く。

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