第141話 大巨竜!異世界最大の決戦(第三部)
大預言者フノリー・ソーヴァの預言、それは北の果てアヴァ島の大巨竜がよみがえりこの連合王国に大いなる災厄をもたらすというものだった。おれは王命により調査団を結成しアヴァ島に赴くが、そこには外界との接触を拒む非接触部族がいたのだった。
武装した戦士たちに四方を囲まれて身動きできないおれたち。彼らの双眸はしっかりと我々を捉えている。原住民がいることは聞いていたが、まさかこんな排他的な部族だったとは…もっとも彼らのテリトリーに侵入してきたのは我々なのでさっさと逃げればいいのだが、大巨竜の情報は欲しいのである程度こちらの力を見せつけなければならない。申し訳ないが何か怖ろしげなモンスターでも召喚しよう。おれはゆっくりと胸のポケットからサモンカードを取り出し呪文詠唱しようとしたが、その前に戦士たちを制しながら若い女戦士が前に進み出てきてなぜか教授の名を尋ねた。
ワッパーニ「男、お前、名前は」
ダイク教授「私は王立大学文化人類学教授ヴァン・ダイ・ダイク。もしやお前はワッパーニか」
ワッパーニ「やっと会えた、ダイク。母もお前に会いたがっていた」
ダイク教授「やはりワッパーニか…大きくなったな」
ワッパーニ「父!」
ワッパーニという名前のボディペインティングだらけの女戦士はダイク教授に飛びかかりためらわずに抱擁した。
ペギー「え? え? 親子…?」
ミキオ「そのようだな」
なるほど、かつてダイク教授はフィールドワークのためにこの島に滞在していたと言っていたが、まさか子供まで作っていたとは。何を研究していたのやらと言いたいところだが、一気に緊張が解けたのは確かだ。
ダイク教授「ワッパーニ、長老のところに案内してくれ
んか。大事な話があるのでな」
ワッパーニ「わかった、父」
おれたちは島の中央にあるアヴァ・シマーラ族の村落に向かった。村落はあくまで原始的で日本で言うなら縄文時代といったところだろうか。先程までの一触即発の空気から一転し、楽団が何か彼らの部族に伝わるであろう歌を唄ってくれている。メインボーカルにコーラスに太鼓、様々な金管楽器と20人以上からなるビッグバンドだ。
偉大なる大巨竜
作詞:不明(日本語訳:ムーブメント・フロム・ アキラ)
作曲:不明
歌:アヴァ・シマーラ民族楽団
アヴァ アヴァーヤ アムケ アオライ
アヴァ アヴァーヤ アグレ アゴライ
ゲー ムヌフラ キルゾラ キロハ
ゲー ムヌフラ キルゾラ キロハ
アガナー ヒマムレ ナモ ヒドレ
アヴァ アヴァーヤ アヴァカ アヴァーヤ
大いなる竜 目覚めたりて 大地に君臨す
天魔の翳り 大海に淀み 潮乱れ 波果てぬ
祈り捧げよ 大巨竜 我らの島とこしえに
祈り捧げよ 大巨竜 我らの子らとこしえに
ミキオ「何とも土俗的で魂を揺さぶるメロディだ。しかしこれは何というか、前半はともかく後半の歌詞はまさに大巨竜を賛える歌ではないですか」
前半の歌詞は意味不明だが、後半の歌詞はおれの自動翻訳知覚で理解できる。この世界で広く使用される汎ガターニア言語ではなくこの民族の特有言語のようだ。
ダイク教授「その通り。この島では大巨竜という存在そのものが神格化され文化の中心になっておるのです」
木を組んで作った簡素な住居の中に彼らの指導者らしき古老が座していた。地球人なら100歳は越えているであろう枯木のような老人である。
長老「古き友よ、よく来た」
ダイク教授「長老、お久しゅうございます。ヴァン・ダイ・ダイク、南東の大陸より預言者を連れて来ました」
長老「預言者?」
ペギー「大預言者フノリー・ソーヴァの曾孫ペギー・ソーヴァなのです。北海の果てアヴァ島の大巨竜がよみがえり連合王国に大いなる災厄をもたらすというのです!」
ダイク教授「預言者はこのように申しております。長老、大巨竜について我らに教えて頂けませんか」
長老「我らアヴァ・シマーラ族は遥かなる太古、始祖アヴァ・アヴァに導かれ大巨竜とともにこの島に降りし竜の民なり」
なるほど。これは神話だが、神話には民族の出自を伝えるメッセージが隠されていることがある。日本神話における大国主命による国譲りの神話などは実に興味深い。
長老「大巨竜、島に降りてのち力尽きて死せるなり。以後我らは大巨竜の魂を安んじ奉りて暮らすものなり」
ミキオ「神話の中では遥か昔に大巨竜は死んでいるというわけか」
ダイク教授「私はかつて1年半ほどこの島で暮らしたが、竜やその死体などありはしません。こんな小さい島、竜が巨大であれば巨大なほどすぐに見つかる筈です」
なるほどもっともだ。おれの召喚魔法でも“アヴァ島の大巨竜”ではヒットしなかった。と言うことはやはり大預言者フノリー・ソーヴァの預言が外れたということなのか。おれは何となしにペギー・ソーヴァの方に冷ややかな視線をやった。
ペギー「…なんなのです? その目は」
ミキオ「いや、他意はないが…フノリー・ソーヴァの預言とはどれくらいの確率で当たるものなのかと思ってな」
ペギー「百発百中なのです! 預言とは神様から預かる神託、疑うことすら不遜なのです!」
神様と言ったっておれも神の子なんだけどな。預言者に神託を授ける神とはどんな存在なのだろう。上位次元の神であるオリンポス八十八神のひとつでは無さそうだが。してみると土地の古い精霊あたりか。どうも眉唾な気がしてきたな。ガーラとミキオⅡが何も発見できなかったら引き揚げようかな…などと考えていると急にペギーの目が赤く光り、両手を広げ空中に浮遊しだした。
ミキオ「なんだ、なんだ! そんなに怒らなくてもいいだろう!」
ダイク教授「いや、これはおそらくペギーに神託が降ったのでは」
ミキオ「え、このタイミングで?」
以前にも言ったがおれは唯物論者なので神託なんてどうせ集団ヒステリーの一種だろと思っていたが、目の前で空中浮遊されて目を光らせられてはさすがに信じるほかはない。人間には空中で静止する翼はついていないし、人間の眼球に発光器官はない。アヴァ・シマーラ族の長老や戦士たちもその神威に恐れおののきひれ伏している。
ペギー「…我はガターニアの守護祖神アール・ビル・レクス…預言者見習いペギー・ソーヴァの口を借りて再びここに託宣する」
ダイク教授「口寄せというやつですな。アール・ビル・レクスは王国に古くから伝わる土地神です」
聞いたこともない神だが、守護祖神と言うからにはこのガターニアの古い幽霊か何かか? オリンポスの正神では無さそうだ。
ペギー「終焉の時は来たれり。今より大いなる竜は目覚め連合王国に向かう。アヴァの島は波濤の藻屑と消ゆるであろう」
長老「おお…」
具体的な神託が出た。なんと今からこの島自体が海に消えるという。大巨竜とはそんなにも強大な力を持つものなのか。神託は終わり、ペギーの身体は地上に降りてぐったりとなった。長老は部族の最後を預言されて愕然としている。
ダイク教授「えらいことになりましたな」
ミキオ「こうしてはいられないな。早く大巨竜を探さなければ…」
その時、島を地震が襲った。震度7くらいか、震度3くらいでは驚きもしない日本人のおれが恐れおののくほどの大きな揺れだ。
ダイク教授「な! こ、これは…」
ペギー「じ、地震なのです〜!」
ミキオ「家が倒壊するぞ! みんな、外へ出ろ!」
おれたちは急いで長老の家から脱出した。地震はまったくおさまらず、簡素な作りのアヴァ・シマーラ族の家はあっという間に崩壊し、動物の革で出来た屋根が落ちた。
ミキオ「見ろ、あれを!」
山々の向こうにそれらよりも遥かに巨大な物が見える。大き過ぎてよくわからないが、眼がふたつ光っており、竜の首のようだ。
ペギー「だ、大巨竜なのです!!!!」
ミキオ「馬鹿な、いつの間にこんなに接近していた?!」
大巨竜「グオロアーーーーーッッ!!!!!」
咆哮する大巨竜。音圧に全身が震え鼓膜が破れそうなほどの大音量だ。まともに立っていられない。なんという威圧感か。不覚だ、おれが気づかなかったせいで教授やペギー、島民たちを危険にさらしてしまった。対応せねば…そう考えていると東の空からガーラとミキオⅡが帰ってきた。
ガーラ「わかったぞ、ミキオ!!」
ミキオⅡ「この島は大巨竜の背の上にあるんだ! いや、この島こそ大巨竜そのものだ!!」
ミキオ「なんだと?!」
上空から状況を把握した彼らの答えはあまりに意外だった。なるほど確かにこの島自体が大巨竜の巨体が海面上に露出した部分なのであればいくら島内を探しても大巨竜なぞ見つからない筈だ。それにしてもなんというスケールの大きな話だ。いったいこの竜の体長は何千mになるというのだろう。
ダイク教授「預言が本当ならば、この大巨竜は連合王国に向かっているということになります。直進だとマッハマー地方あたりが上陸地点になる」
揺れはますます大きくなり、確実に海面下の竜が目覚め蠢動しているのがわかる。このままでは島民、いや島内の生物すべてが海に振り落とされてしまう。おれは覚悟を決め、召喚士コートの胸ポケットから赤のサモンカードを取り出した。
ミキオ「エル・ビドォ・シン・レグレム、我が意に応えここに出でよ、汝、大巨竜の生命そのもの!」
だがやはり以前と同様、何の反応もない。どういうことだ、召喚魔法のどのルールに反しているというのか…考えている場合ではない、竜が倒せないのならこの島にいる多くの罪なき生命を救わなければならない。おれは青のアンチサモンカードを取り出した。
ミキオ「ガーラ! BB! お前たちにはこの海域に残り上空から大巨竜を監視して欲しい。頼めるか?」
ガーラ「心得た!」
万物分断剣「任せよ!」
ガーラは飛行モードに変形し、おれが腰から下げていたBBこと万物分断剣はベルトから外れともに天空に上昇していった。そうしている間も振動はおさまらず、おれたちは右に左に激しく揺らされた。
ミキオⅡ「オリジナル! 早くしろ、もたないぞ!」
ミキオ「わかってる! ベーア・ゼア・ガレマ・ザルド・レウ・ベアタム、我、意の侭にそこに顕現せよ、中央大陸連合王国、マギ地方ウルッシャマー村山麓部!」
おれはまず青のアンチサモンカードを使い、マギ地方ウルッシャマー村の人住まぬ山麓部に“逆召喚”した。この村はおれが拝領したが山麓部には文明が及ばず、人家が存在しないのだ。アヴァ島の島民と島に棲む生物たちを受け入れるには好都合だ。おれは続いて赤のサモンカードを取り出した。
ミキオ「この召喚におれのMPすべてを捧げる! エル・ビドォ・シン・レグレム、我が意に応えここに出でよ、汝、北方海アヴァ島に棲む両生類と爬虫類、哺乳類すべて!」