第136話 アンビシャス! 名門女子高ラーメン部(第二部)
事務所に訪ねてきた名門校・聖竜女子高の料理部、その部長は知人の女子高生巫女サラだった。農家連合とのコラボ商品を考えてほしいという依頼だったが、その時偶然にもヒッシーが食べていたインスタントラーメンに彼女らの目が止まり、その場で料理部はラーメン部と名を変えるのだった。
3日後、ラーメン部から連絡(鳩)を貰ったおれたちはコストー地方コストー市にある私立聖竜女子学校高等部の調理室兼ラーメン部部室に向かった。ここは中高一貫制であり、創立150年を迎える伝統校である。今回おれに同行したメンバーは秘書の永瀬、ラーメン好きということでヒッシー、そしてなぜか付いてきたナガーダ侯爵のバッカウケスの3人だ。
ミキオ「…もう一回聞くが、なぜお前がいる」
バッカウケス「いや、君に付いていけば女子高生と楽しくおしゃべりができると聞いたものでな」
永瀬「なんで思ってること口に出して言っちゃうんですか? バカなんですか?」
ミキオ「永瀬、一応この国の貴族だぞ」
ヒッシー「まあまあ、とりあえず試食役は多い方がいいニャ」
サラ「ほなさっそくやけど見てもろていいですか〜?」
そう言いながらサラが試作品を出してきた。この世界にはビニールは無いので紙袋に乾麺を入れている。紙袋にはこの世界の印刷技術で『異世界麺〜聖竜女子高ラーメン部プレゼンツ〜』とプリントされている。
ミキオ「おお、いい感じじゃないか」
サラ「袋のデザインは美術部に頼みました〜」
女子高生A「まず1日目は“かん水”を作ることから始めました。ミキオ先生に教えて頂いた通り、昆布を燃やしてその灰を水に溶き、上澄みをすくって作りました」
ミキオ「そう、つまりアルカリ成分だな。これが無いと中華麺にならない」
女子高生B「それを小麦粉に混ぜたら確かにむっちり、プッツリ切れる弾力ある黄色い麺になったんです。入れ過ぎると苦味が出るんで分量は何度も試しました」
女子高生C「その段階で麺に味を付けました。味噌と魚醤、それにいくつかの香辛料を合わせてあります。ここがいちばん苦心しました」
この中央大陸には醤油がない。おれが“寿司つじむら”で使っているのは西方大陸にある業者に特注して作らせた、麦麹から作ったという極めて醤油に近い発酵ソースだ。それを提供しても良かったのだが、彼女らは地元の味噌と魚醤で作ったか。
女子高生D「その麺を製麺機で圧延(圧力をかけて延ばす)してカッティングし、揚げて冷やしたら出来上がりです」
永瀬「本当にできてる!」
ヒッシー「優秀だニャ〜」
サラ「製法自体は難しくなかったんけどな〜、味が…」
バッカウケス「いや、何だか知らんが美味しそうだよ。君たちの作った物なら何でも美味しそうだ。みんな輝いてるね! 青春してる!」
永瀬「侯爵、ちょっと黙っててもらえますか」
バッカウケスも出てきた当初はおれと張り合う熱血ライバルだった筈だが、もうすっかり永瀬やザザたちにおかしい人扱いされるキャラになってしまった。ルックスもいいし地位も高いのに残念なことだ。
ミキオ「まあとにかく基本はトライアンドエラーだ。その試作品を食べてみよう」
ラーメン部の女子高生たちはてきぱきと湯を入れてラーメンを作った。
サラ「ほな試食おねがいします〜」
ズゾゾッ。試食人全員の前に丼が配膳され、皆が箸を取り麺を啜った。
ヒッシー「ニャ」
永瀬「うーん」
バッカウケス「なるほど」
ミキオ「まあ、立場上はっきり言わせて貰うが…」
全員が試食し、おれがコメントしようとした時、調理室のドアが開いた。
デリシャスM「失礼します…あっ」
ドアが開き、入室してきたのは他校の女子高生たちを引き連れた恰幅のいい女性だった。口を覆うマスクをしているが顔が大き過ぎて覆いきれていない。どう見てもおれの知っている人物に見える。
ミキオ「…マルコ、なんであんたがここに…」
恰幅のいいマスク女性はおそらくマルコ・ ダイズセン。元イセカイ☆ベリーキュートのメンバーであり三大大陸アイドルフェスの時はマックスMを名乗ってアイドルプロデューサーをやっていた女だ。あの頃もだいぶ太ったなーと思ったが、今回はもう相撲取りのように肥えている。
デリシャスM「さあ、どなたのお話でしょうかね…ワタシは流れのフードコーディネイター、デリシャスMと申します。今はこの闘将学館料理部の顧問をしていますわ」
闘将学館料理部「お邪魔致します」
頭を下げる女子高生5人。なるほど、彼女らは闘将学館の生徒なのか。確かここ聖竜女子高と並ぶ名門女子校と聞いているが。
ヒッシー「あんたどう見てもマルコだけどニャ」
デリシャスM「人違いですわ、ワタシはもうアイドル業界とは無縁の人間なので」
白々しいことを言うが、まあ例の三大大陸アイドルフェスではウチから引き抜いた新人がスキャンダルをやらかして矢面に立たされる羽目になったのでおれたちに合わせる顔がないということなのだろう。それにしてもフードコーディネイターとはまた畑違いの業種に移ったものだ。
マーガリー「はじめまして。わたくし闘将学館料理部部長のマーガリー・センヴェイです。今日は聖竜女子高ラーメン部の皆さんにお話がありまして顧問と共にこちらにお邪魔させて頂きました」
部長と名乗ったのはショートボブで眼力のある気の強そうな子だ。前髪もサイドもミリレベルで揃っており、性格の几帳面さが表れている。
マーガリー「こちらのラーメン部の部長はどなたですか?」
サラ「誰やったっけ」
女子高生A「あんたやろ!」
マーガリー「単刀直入に言いますわ。わたしたち今、水産組合さんとコラボしてインスタント食品を開発しているんです。こちらのラーメン部さんも農連さんとコラボ商品発売するんですよね?」
ミキオ「えっもう発表したのか?」
サラ「どっから漏れたんかな〜」
マーガリー「来週の光曜日と闇曜日の2日間、ハクサーン公園でお花見祭があるじゃないですか。そこで私たちと勝負しませんか? お互いのコラボ商品で屋台を出して、1杯でも多く売れたほうが勝ち。魔法配信で中継しましょう」
女子高生B「えー」
女子高生A「いやウチらそういうのはいいです。のんびりやりたいしな」
女子高生D「なー」
サラ「ええで〜」
女子高生C「えー!」
女子高生A「サラちゃん、なんで受けるんよ!」
マーガリー「さすが部長ね。根性座ってるわ。では負けた方は部を解散するということでよろしくてね?」
サラ「うん、ええよ〜」
女子高生A「サラちゃん!」
女子高生B「なんでそんな強気なんよ!」
サラはおっとりしてるように見えるがエンシェントドラゴンやケルベロスに対しても少しも怯まない武闘派巫女なのだ。こんなたかが女子高生数人に恐れる筈も無い。
ミキオ「なんだか、あっという間に話を進められてしまったが…これもあんたの策略なのか、マルコ」
デリシャスM「ワタシはデリシャスM。活動は生徒に任せてありますわ。ワタシは料理を教えるだけ。勝負を楽しみにしておりますわよ」
そう言い残してマルコ…じゃなかったデリシャスMと闘将学館料理部の面々は嵐のように去っていった。
女子高生A「えらいことになったわ」
女子高生B「ホンマや、魔法配信やて、どうしよ!」
ミキオ「彼女らが何を出すか知らんが、このままでは勝負はあやういぞ。さっき言いそこねたが、正直言ってこのラーメンはうまくない」
永瀬「うん、そうね。悪いけど物足りなかった」
ヒッシー「2口めで飽きたニャ」
バッカウケス「そうか? 僕は良かったよ。何せこの少女たちが汗を流して作った料理だからな! 汗の味すら感じられるよ! ガールズビーアンビシャス!」
永瀬「侯爵、真面目な話してるんで静かに」
サラ「あほやなあの人」
女子高生C「なー」
ミキオ「味噌と魚醤という発想は悪くない。が、コクが圧倒的に足りないんだ。サラ、この近くに肉屋はあるか?」
サラ「あー、あるで」
ミキオ「じゃそこに行って肉を取った後の鶏の骨を買ってきてくれ」
女子高生A「鶏の骨を?」
女子高生B「ニホンの人、えらいもんを食材にするんやな」
ミキオ「食材じゃない、煮込んで濾してダシだけを取るんだ。つまり鶏ガラだ。インスタントラーメンなんてジャンクフードなんだから濃い味付けになることを恐れてはいけないんだ」
女子高生A「なるほど…!」
女子高生D「ほなウチ、ひとっ走りお肉屋さん行ってきます!」
サラ「頼むで〜」
ミキオ「で、麺だな。初めてにしちゃ上出来だが、もっと細い方がスープがよく絡むだろう。圧延をもう1回増やしてみよう」
女子高生B「コーチ! ほなもう一回麺生地から作るんで見てもらえますか?」
ミキオ「もちろんだ。納得行くまで付き合うぞ」
いつの間にかコーチということになっていたが、これも流れだ。仕方がない。3ヶ月前までは東大大学院でひとりぼっちで研究に明け暮れていたおれが今や女子高生たちに囲まれて名門女子高ラーメン部のコーチ、何という人生の巡りあわせだろう。感慨に浸りつつ次回へ続く。