第134話 ミキオ対ミキオの決闘(後編)
芸能ゴシップかわら版にスキャンダル記事が載り、マスコミに詰められるおれこと辻村三樹夫。だがそれは破滅結社の錬金術師によって生み出されたホムンクルスすなわち複製人間の仕業だった。おれは3大プリンセスとともにホムンクルス研究施設に向かい、その複製人間と対決するのだった。
もうひとりのミキオ「話をつけるだと?」
ノウ博士「おい、勝手なことを言うたらかんて。ワシはおみゃーを倒すためにそいつを…」
ミキオ「2刻間(4時間)ほどしたら戻る。お前たちそれまでどこかで時間潰しててくれるか」
フレンダ「け、結構かかりますのね…」
クインシー「確か徒歩圏内に喫茶店があるわ。そこで待ってましょ」
エリーザ「ノウ博士! 2刻間したらまた戻る、それまで逃げるでないぞ!」
ノウ博士「たわけが! それはこっちのセリフだでや!」
ミキオ「じゃ行こうおれ。ついて来い」
もうひとりのミキオ「フン」
おれは青のサモンカード、アンチサモンカードを取り出してもうひとりのおれごと地球の日本、東京都小平市に“逆召喚”した。
もうひとりのミキオ「…ここは…」
ミキオ「地球の日本、つまり異世界だ。お前は初めてだろうな」
もうひとりのミキオ「おれをどこに連れて行く気だ!」
ミキオ「まあそう気張るな。とりあえずここに入るぞ」
おれは小平市内にあるコメダ珈琲店花小金井店のドアを開けて入った。もうひとりのおれはキョロキョロとして落ち着かなかったが、覚悟を決めたようにおれの対面に座った。
ミキオ「どうした、こういう店は初めてか」
もうひとりのミキオ「う、うむ。何せおれは1ヶ月前に誕生したばかりでな」
もうひとりのおれは思ったよりも早くこわばりを解き、自分の内情を吐露してくれた。なんだ、まるっきり赤ん坊と同じではないか。それならあんな小物に従っていたのも納得がいく。こいつは本質的にはおれの遺伝子情報から作られたおれと同じ人間だが、圧倒的に知識と人生経験が足りないのだ。ホムンクルスというのがどういう製法なのかは知らないが、まだ誕生して1ヶ月では文字の読み書きすらできるかどうか怪しい。
ミキオ「腹減ってないか。何か入れよう」
おれはテーブルにあるタブレットを操作した。
ミキオ「おれが注文するぞ。何せおれたちは食の好みも一緒だろうからな。えーと“アイスコーヒーでらたっぷりサイズ”、“あみ焼きチキンホットサンド”、それに食後にシロノワール、それを全部2つずつかな」
もうひとりのミキオ「手慣れているな…」
ミキオ「当たり前だ。おれはこの世界で育ったんだ。お前、おれになり替わると言ったな? 今のおれは伯爵にしてマギ地方ウルッシャマー地区及びコストー地方ヤシュロダ村の地方領主、そして連合王国議会議員、それに“寿司つじむら”の社長で最上級召喚士事務所の所長、アイドルグループ“イセカイ☆ベリーキュート”のプロデューサー、さらにシンハッタ大公国漫画省の省外顧問だぞ? 正直言って代わりがいるなら代わってもらいたいくらいだ」
もうひとりのミキオ「そんなに…」
ミキオ「いまお前がおれになり替わって、これらの仕事が全部務まるか? どうせあのノウ博士とかいうヤツに適当に丸め込まれたんだろうが、あいつはお前にちゃんとした教育も与えず戦いの駒として利用しているだけだ。あんなヤツについて行っても先はないぞ」
もうひとりのミキオ「…まあ…そうかもしれんが…」
そのタイミングで店員さんが注文した物を持ってきた。そっくり瓜ふたつで服装のコーディネートまで一緒のおれたちを見て不思議そうにしている。
店員「アイスコーヒーとホットサンド2人前になります。こちらもどうぞ」
店員さんはそう言いながらサービスの豆菓子も置いていった。本当にコメダのサンドイッチ類は何度も見てる筈なのに見るたびその大きさに驚く。
もうひとりのミキオ「い、意外と大きいな…」
ミキオ「口に入れた瞬間、お前はその美味さにもう一度驚く。熱いうちに食え」
もうひとりのミキオ「う、美味い! 鶏肉とはこんなに甘いものか!」
その後、追加注文までしてひとしきり食ったあと、おれたちは埼玉県草加市にある草加健康センターに“逆召喚”した。見た目はやや古びているが明るくて入りやすい外装だ。サウナーの聖地は日本にいくつかあるがこの店はそのうちのひとつとされる。遠赤外線+電気+加湿ボイラーの3段式超巨大サウナが目玉だ。
もうひとりのミキオ「いろいろ連れ回すな…」
ミキオ「人間、いろんなことを吹っ切ってリフレッシュするにはサウナが一番だ」
もうひとりのミキオ「吹っ切るとは何だ! おれはまだ何も決めてはいないぞ!」
ミキオ「まあ聞け。ここのサウナは30人も収容できる大型、それも室温100℃の高温でアウフグース付きだぞ」
もうひとりのミキオ「…フン、サウナというのが何なのかは知らんが言葉の響きにはなぜか興奮を禁じ得ない」
ミキオ「だろう。やはりおれ同士、波長が合う。ここの激熱サウナでびっしり汗をかいたら15℃強バイブラの水風呂でキンキンに締めて10分間の外気浴、これで馬鹿みたいに血行が流れるのだ。さあ行こう」
もうひとりのミキオ「…くっ、言葉の意味もわからんのに自然に足が向く…!」
サウナ後、湯上がり処の休憩室でつやつやタマゴ肌となったおれたちはオロポを飲みながら話し合った。おれたちの前を通り過ぎるおじさんたちがみんな興味深そうに眺めている。妙に仲のいい双子だなとでも思っているのだろうか。
ミキオ「お前はさっき、おれになり替わると言ったな?」
もうひとりのミキオ「ああ言った。それこそが俺の自己実現であり存在理由なのだ」
ミキオ「いいだろう。なりたいならなるがいい」
もうひとりのミキオ「何だと? どういうことだ」
ミキオ「さっきも言ったがおれは忙し過ぎるんだ。ガターニアに来てから4ヶ月、肩書きばかりが増えて全然体が足りてない。お前、おれになれ。ただし半分だけな。おれの仕事を半分負担して貰いたい。実はその人材を探していたんだが、おれの仕事を任せるに当たってお前以上の適任者はいない。お前はおれと同じ知能、同じ感性をもっているんだからこの提案がいかに合理的か理解できる筈だ」
もうひとりのミキオ「…ちょ、ちょっと考えさせてくれ」
ミキオ「考える必要はない。お前はおれのクローンだが教育と人生経験が足りんせいで人格的に未熟であんなつまらん小物の言いなりになっている。もうあんな男とは縁を切れ。おれが教育をつけてやる。お前は今からおれの分身、ハイエストサモナー2号、“ミキオⅡ(ツー)”だ」
もうひとりのミキオ「い、いや、その…」
おれたちミキオふたりが“逆召喚”で消えてからきっちり2刻間経過した。3人の王女は時間潰しの喫茶店でガールズトークに花咲かせていたらしいが時間に合わせて研究施設に戻ってきていた。ノウ博士は何が気に食わないのか終始フテり気味だ。
ミキオ「待たせたな」
ミキオⅡ「いろいろ準備があったものでな」
おれたちは再び“逆召喚”によってイトイガ国のノウ研究施設に帰還した。
ノウ博士「おみゃーら…何か仲良うなっとりゃーせんか?」
フレンダ「ちょっとさっきと雰囲気違いますの」
ミキオⅡはオリジナルとの区別のために眼鏡をサングラスに変え、召喚士の正装コートも白から臙脂色に変えている。時間が余ったのでさっき衣料品店で買い物してきたのだ。
ミキオ「紛らわしいのでキャラ付けした。こいつは今日からハイエストサモナー2号だ。コストー地方の領主代行とシンハッタ漫画省の省外顧問を任せることにした。コストーでは最上級召喚士事務所のシンハッタ営業所所長もやってもらう」
ミキオⅡ「ミキオⅡと呼んでくれ、よろしく」
エリーザ「意気投合しておるではないか…!」
クインシー「さっきまで戦っていた相手を仲間にするなんて、さすがミキオお兄さま♡」
ノウ博士「にゃにを言うちょるがや! おみゃーは禁断の秘術によって破滅結社が作り出した人造人間、叡智の結晶ホムンクルスだで! さっさと本物の方を叩きのめすがや!」
ミキオ「それは違うぞ、ノウ博士。こいつはもはや本物。誰かのまがい物ではなく世界で唯一無二の“ミキオⅡ”なのだ」
ミキオⅡ「そういうことだ」
ノウ博士「ふにゅふにゅふにゅにゅ…! 勝手にせい! まだハャーエストサモナーの髪の毛は残っちょるでよ、これでまた貴様のホムンクルスを作り出しちゃる!」
ミキオ「そうはいかん」
しゅっ! おれは人差し指で空中に円を描くと、その内部が漆黒の異空間に繋がった。これこそおれのマジックボックス、生きとし生けるすべてのものを凍結し永遠に保存できる無明空間なのだ。
ミキオ「お前は破滅結社案件だから魔導十指裁判にかけねばならん。それまでここに入ってろ。ミキオⅡ、足もってくれ」
ミキオⅡ「おう」
ノウ博士「にゃにをする! 離せ! 離してちょうよ!」
ミキオ・ミキオⅡ「せーの」
おれとミキオⅡはノウ博士を肩と両足を持ち上げて無明空間に投げ込んだ。
1時間後、おれたちは東京都清瀬市にあるおれの実家に来ていた。こっちは平日の19時頃である。合鍵も持っているが一応おれは玄関チャイムを鳴らし居間に向かった。
ミキオ「母さん、爺ちゃん、おれだ。入るよ」
治八郎「おっ」
由貴「三樹夫、いつも唐突に来るわね」
居間のドアを開けると母親と祖父が夕飯をとっているところだった。
ミキオ「今日はちょっと連れがいるんだよね…ミキオⅡ、入れ」
ミキオⅡ「ああ」
由貴「ひっ?!」
治八郎「なんだ、なんだ! こりゃいったい何事だ?!」
おれの後ろから入ってきたおれとそっくり同じ容貌のミキオⅡを見て箸を落とし呆然とする祖父。無理もない。ゼウスの元カノである母親はまだしもこの人は平々凡々に定年まで交番勤務を勤め上げた元警官なのだ。
ミキオ「こいつはミキオⅡと言って、話せば長くなるんだけどおれの分身なんだ。だけど本当に何も知らないヤツなんで今日から1週間ここで預かって貰えないかな、掃除でも何でもこき使っていいから」
ミキオⅡにはガターニアでおれの領地経営などの一部を任せることにしたが、いかんせんまだ知識が足りないので実家で少し生活させておれの人格形成を追体験させることにしたのだ。ここで1週間、部屋や図書館の本を読ませて実家の飯を食わせる、それでいくらか現時点のおれに近い状態になる筈だ。言わば研修期間だ。
由貴「え? え? え?」
治八郎「夢でも見てんのか、俺ァ…」
ミキオ「ま、孫が増えたと思ってよろしく頼むよ。あ、これあとで食って。おれの領地で作ってる冷凍餃子。こっち(日本)の餃子とほとんど同じ味だよ」
そう言いながらおれは事前にマギ地方ウルッシャマーの餃子屋で買ってきた餃子を差し出した。冷凍魔法で凍らせたもので、あっちでは生産が追いつかないくらいの大ヒット商品なのだ。
ミキオ「ほれ、お前からも何か言え」
ミキオⅡ「まあ、その、何だ…由貴サン、治八郎サン、よろしくお願いします」
ミキオ「いやそこは母さん爺ちゃんでいいぞ、実際に血縁上はお前の母親と祖父なんだから」
ミキオⅡ「母さん、爺ちゃん、よろしく頼む」
まだ鳩が豆鉄砲食らったような顔をしている母親と祖父を放置しておれはひとり異世界ガターニアに還った。来週迎えに来るが、それまでにいろんな本を読み、日本の空気を吸って豊かな感性を育んで欲しい。おれの複製人間が敵として立ちはだかった時はどうしようかと思ったが、こうなると強い味方を得た思いだ。竜に翼を得たる如しだ。あの名古屋弁のおっさんには感謝せねばならないかもしれない。