第132話 ミキオ対ミキオの決闘(前編)
異世界119日め。今日は魔道十指の定例会があるというのでおれは西方大陸の南ウォヌマー王国ウラッサー城に来ていた。魔導十指とはこのガターニアで最高位の魔導師10人に与えられた称号であり、その10人による最高会議のことだ。引退して“万物分断剣”に転生した“不死竜”ジョー・コクーからその座を譲られたおれもその末席に加わっている。
貴公子ナイヴァー
絢爛たるマイコスノゥ
“怪腕坊”カンダーツ
“月光卿”ナスパ
“聖賢”カグラム
鉄壁のアルゲンブリッツ
“医療神君”ニノッグス
嵐のフュードリゴ
“マスター・エクソシスト”シャルマン
“ハイエストサモナー”ミキオ
以上が魔導十指のメンバーである。今日は欠席者なく全員出席していつもの円卓に座している。
マイコスノゥ「…ということで、議長からは以上です。鉄壁のアルゲンブリッツ君は月末までにアンケートを提出するように」
ナスパ「議長、私からちょっといいかな」
本会議が終わりそうなところに“月光卿”ナスパが挙手し発言の許可を求めた。ナスパは十指きっての美形であり性別不詳だがたぶん男性だ。若く見えるが精霊と融合しており800歳近いらしい。
マイコスノゥ「どうぞ」
ナスパ「まあ、なんて言うかな…ここで言うべきことじゃないかもしれないが…ミキオはもうちょっと行動に気をつけた方がいいんじゃないかな」
ミキオ「え、おれ? 何のことだ。心当たりがないが」
ナスパ「こんなかわら版が今日売られていてね…」
そう言いながらナスパが細くて白い腕で出してきた芸能かわら版。例の週刊ブースンではなくこの西方大陸で売られている週刊シンチャオというものだ。大見出しで『熱愛!オーガ=ナーガ帝国皇太女エリーザ殿下と最上級召喚士。夜の帝都密会デート♡』と書いてあった。
ミキオ「な、な、何だこれは!」
カンダーツ「はっは、元気ば良かったい!」
フュードリゴ「お盛んだな、ミキオ!」
ミキオ「いや知らん! まったく身に覚えがない!」
シャルマン「いやちょっと待て! 実は吾輩もこんな物を持ってきていてな」
シャルマンは壮年男性のエルフだ。この人も地球人で言うと60歳くらいに見えるが実際にはナスパと同年代らしい。鷲鼻で立派な髭を生やした威厳のある男だ。そのシャルマンが出してきたのはまたも芸能かわら版だ。主に南方大陸で売られている週刊クライシスである。
シャルマン「まあ吾輩は堅いことは言わん主義なので後で個人的に警告しとこうと思っていたのだがな」
その週刊クライシスにはなんと『本紙独占!ジオエーツ連邦女王クインシー陛下がハイエストサモナーと極秘ツーショット♡』と大見出しで書かれていた。
ニノッグス「おお、今度はクインシー女王と!」
フュードリゴ「よく見ると同じ日じゃないか」
ミキオ「いや、知らん! 何かの間違いだ! 本当に何もしていない!」
カグラム「独身なんじゃから多少はええじゃろ」
マイコスノゥ「ほどほどにしておかないと後ろから刺されるわよ」
アルゲンブリッツ「王女ふたりを手玉に取るとは、なかなか隅に置けん男じゃのう!」
ミキオ「濡れ衣だ! だいたいこの日はおれは地球の日本に行っていた筈だ! なんだこの記事、写真もないのに適当なことを書きやがって!」
ナイヴァー「ともあれだ」
重い口を開いたのは十指の顔役、十指最強とも言われる貴公子ナイヴァーだ。銀髪の美形で左右の目が赤青のオッドアイである。彼もおれと同じ半神で、十指の中では若手だが100歳は越えている。
ナイヴァー「ミキオに覚えがあろうがなかろうが相手は大国ジオエーツの女王とオーガ=ナーガの皇太女。これは簡単に終わる話ではない。対応を間違えてはならんぞ」
翌日、うちの事務所の前には芸能かわら版のパパラッチたちが押し寄せていた。何しろあの記事が本当なら大帝国の皇太女と連邦の女王のふたりを二股かけていたということになるのだから記者たちが騒ぐのも無理はない。
パパラッチA「ツジムラさん、いるんでしょ! 顔出しましょうよ!」
パパラッチB「いつまでダンマリしてるつもりですか?!」
パパラッチどもの野卑な声がドアの向こうから聞こえてくる。ドアは絶え間なくノックされ、いつ蹴破られるか心配だ。
ヒッシー「えらいことになったニャ〜」
ザザ「お前もみさかい無えなー。エリーザはともかくクインシーはまだ15歳だぞ」
ミキオ「本当にやっていないんだ! 信じてくれ!」
ガーラ「わかっている。ミキオは女運は悪いが、女癖の悪い男ではない。早く身の潔白を明らかにすることだ。このまま黙っていて沈静化する連中ではないぞ」
永瀬「フレンダ王女から鳩がひっきりなしに来ています。このままだと鳩小屋がパンクしますよ」
そう言われてみればやたら鳩小屋の方がポーポーポーポーうるさい。それだけでも近所迷惑だ。おれは決意し、事務所のドアをバン!と開け記者たちの前に立った。
パパラッチC「伯爵さん、何か一言!」
ミキオ「週刊シンチャオ、週刊クライシス両紙の報道についてはまったくの事実無根だ。おれは当日異世界にいたのでふたりと会える筈が無い。後日、両紙に対し正式に抗議する。以上だ」
パパラッチD「しかしですねえ、本紙記者が目撃しとるわけですから!」
パパラッチE「オーガ=ナーガ、ジオエーツ両国に対してどう申し開きするんですか!」
ミキオ「おれはマスコミのオモチャじゃない」
これは1988年に千昌夫が芸能記者たちに向かって言った名台詞である。千昌夫はかつて演歌歌手として「北国の春」などで大ヒットを飛ばしたが、不動産投資の失敗で1000億を超える負債を抱えていたとされ、彼に対するネガティブな報道は日に日に加熱。執拗な張り付き取材が行われた結果、この名台詞が発せられたのだ。その後報道は沈静化したという。
パパラッチF「ちゃんと説明してくださいよ、伯爵さん!」
ミキオ「おれはマスコミのオモチャじゃない。男は余計なことをしゃべらない」
千昌夫と同様にそう言い切ってドアを閉めた。
ヒッシー「よく言ったニャ〜」
ミキオ「あいつらは飯の種でやってるだけだ。まともに相手する必要はない」
おれはそれで収めるつもりだったが、神棚に上げてあるBBこと万物分断剣がカタカタと震え始めた。この剣はもと魔導十指“不死竜”ジョー・コクーの魂を宿しており、普段は神棚で眠っているが時おり起きてうるさく言ってくるのだ。
万物分断剣「ミキオ! 汝はそれでいいが王女たちはどうなる! ちゃんと説明せんと王族の子女を傷物にしたことになりかねんぞ!」
いつも寝てるクセに、まったくうるさいジジイだ。だがBBの言うのももっともかも知れない。おれはハーとため息をつきながら赤のサモンカードを取り出した。
ミキオ「エル・ビドォ・シン・レグレム、我が意に応えここに出でよ、汝ら、王女フレンダ・ウィタリアン! 皇太女エリーザ・ド・ブルボニア! 女王クインシー・ウェスギウス!」
ぼひゅっ! ぼひゅっ! ぼひゅっ! カードの魔法陣から3つの炎が噴き上がり、中から3人の女が現れた。3人とも正装であり公務の最中だったらしい。
フレンダ「ミキオ!」
エリーザ「召喚士!」
クインシー「ミキオお兄さま!」
ミキオ「急に召喚してすまない。どうしてもお前たちに釈明しておかなければならん状況なようなのでな」
ミキオ「説明するですの! この女たらし!」
エリーザ「いや待たれよフレンダ殿下。私も困惑しているのだ。一昨日の夕方、召喚士が話があるというから言ってみたら他愛のない話を4〜5分しただけ。なのにこの騒ぎだ」
クインシー「クインシーも同じよ、おととい急にミキオお兄さまから鳩をもらって、行ってみたら普通に世間話されて」
ガーラ「そこをパパラッチたちに目撃されたわけか」
ミキオ「そいつはおれじゃない。おれは一昨日は日本の先輩の家でコーラを飲んでいた。フレンダや永瀬たちも一緒だ、まさか忘れたわけじゃないだろう」
フレンダ「そう言えばそうでしたの」
ヒッシー「そっくりさんがいたってことニャ?」
エリーザ「考えてみればあの日の召喚士はやや雰囲気が違った。いつものように堂々としておらず挙動不審ぎみだったような」
クインシー「ミキオお兄さま、最近髪切った?」
なんだそれは。なんで唐突にそんなことを訊いてくるのか。
ミキオ「ま、最近と言っても先月だが」
クインシー「どこの理容店? こっち? それともニホン?」
ミキオ「いや、この近くにあるいきつけの店だが。それがどうした」
クインシー「ふーん…」
クインシーが思考モードに入った。この娘は若くしてこの世界有数の軍師であり策謀家なのだ。謎は深まりつつも次回へ続く。