第131話 コーラ!神の黒い水(後編)
西方大陸にある浮遊国・カリア公国。その君主であるピースビレッズ公爵は相当なグルメで、ガターニアには存在しないコーラを飲みたいと言ってきた。おれたちは公爵を連れて大学時代の先輩であり、コーラの若大将と言われた小浦さんを訪ねるのだった。
小浦「…このおじさん、コーラ飲んだことないの?」
ピースビレッズ「おっしゃるとおり、私は金にあかせて美食の限りを尽くしたが、コーラなる飲み物はまったく知らなかった! お願いです、その神の黒い水を飲ませてください! お金はいくらかかってもいい!」
小浦「いくらかかってもって、外の自販機で130円で買えるけどねぇ」
ミキオ「先輩、このおじさんはコーラの無い国から来たのです」
小浦「そんな国あったかな? まあ、そこまでコーラを求めてくれるのは嬉しいです。じゃさっそく飲みましょう。色々な飲み方があるけど、やっぱり僕はこれ」
そう言いながら小浦先輩は厚手のガラス製ビアジョッキを冷凍庫から人数分出してきた。キンキンに冷えて霜で曇っている。
フレンダ「ひゃあ〜、氷のジョッキですの!」
小浦「これにこう」
ドリンクバーの横によくあるタイプの製氷機からガシャガシャとクラッシュアイスをジョッキに入れる先輩。この人、コーラを飲むためだけに自宅にこんなもん置いてあるのか。
フレンダ「センパイは氷属性の魔法を使いますのね」
フレンダが何か異世界モノっぽいことを言ったが、長くなるといけないのでおれはとりあえず聞いてないフリをした。
小浦「そしてこう」
氷の詰まったジョッキに冷蔵庫から出してきた2ℓペットボトルのコカコーラをとくとくと注ぎ込む先輩。泡が立ち、ぱちぱち音をたてる氷。これは絶対旨い。マズいわけがない。
フレンダ「いい音ですの〜!」
小浦「はい完成。ここまでやれば缶から直接飲むより10倍は美味しいね。できればサウナ後とか、ランニングした後の方が効きがいいんだけどね」
この先輩ならコーラを飲むためだけにそれくらいはやりそうだが、我々はそこまでのレベルではない。おれはジョッキをひとつ取り、冷えたコーラを一気に喉に流し込んだ。
ミキオ「うむ、最高」
永瀬「美味しい。部屋が暑いから余計に」
小浦「そのために室温を高くしているからね」
そうだったのか、どうりで蒸し暑いと思っていたが…
フレンダ「痛い痛い、わたくしダメ。口の中がピリピリしますの」
ミキオ「いやさすがにガターニアにも炭酸水はあるだろ」
フレンダ「あるけど、これは強すぎですの。味も薬臭くてちょっとわたくしには…」
ミキオ「お前、どこまでお嬢さん育ちだ…」
小浦「この子もコーラ飲むの初めてなの? 珍しいね。まあ初めてコーラを飲んだ大正時代の人間も薬臭くて飲めやしないと言ってたそうだからね。慣れると美味しいんだけどね」
ミキオ「なるほど。公爵はどうです、初めてのコーラは…」
おれたちがピースビレッズ公爵に視線をやると、彼は空のジョッキを持ち上げたままうつろな眼で陶然としていた。
永瀬「もう飲み干してる!」
ミキオ「公爵? 公爵!」
ピースビレッズ「…ぷはー! なんですかこれは! 一言で語れない味! あまりに複雑玄妙! でありながら清涼な後味! 後を引く! いくらでも飲みたくなる! スカッとしてさわやかな味だ! アイフィルコーク!」
公爵は往年のCMを知っているとしか思えないフレーズで絶賛した。
フレンダ「気に入られましたのね」
ミキオ「おれも子供の頃に初めて飲んだ時は衝撃だったのを覚えている。思えば飲み物の中であれほどファーストインプレッションが強烈だったのはコーラ以外にないんじゃないかな」
小浦「好評なようで結構。ではこちらも試してもらおうかな」
先輩が別なペットボトルを持ってきた。ペプシコーラだ。手間なことに先輩は新しく冷えたジョッキを用意し、先程と同様にクラッシュアイスを敷いてペプシコーラを注いだ。
小浦「さ、今度はペプシだ」
再び先輩は皆にジョッキを配った。
フレンダ「あ、わたくしのぶんは大丈夫ですの」
なんだこいつは。じゃ何しに来たんだ。
ミキオ「む、似ているがいくぶんスパイシーで甘い。コカコーラの方が万人向けだな」
永瀬「飲み比べてみると確かにペプシの方が酸味と甘味、香味が強い気がします」
おれの知り合いのムーブメント・フロム・アキラという男が小学校の時、同級生の高屋くんが「コカコーラとペプシは売ってる会社が違うだけで中身はまったく同じだ」と断言していたそうだが、あれはいったい何だったのだろう。
ピースビレッズ「こちらもうまい! 甲乙つけがたい! センパイさん、私にこのコーラのレシピを教えて下さい! 国に帰ったら作ってみたい!」
小浦「そいつは難しいね。コカコーラもペプシコーラもレシピは公開してないんだよ」
ピースビレッズ「そ、そうなのですか」
小浦「ただクラフトコーラと言って、地方などで様々なコーラが作られているからそっちを参考にしたらいいんじゃないかな。カラメルとバニラとシナモンとレモンだけでもそれっぽい感じになるよ。あとは御国にコーラの葉が自生しているかどうか探してみてください」
ピースビレッズ「ありがとうございます! 試してみます!」
小浦「さて、これにて講義終了ということで僕からのご褒美」
そう言いながら先輩はコカコーラの缶を出してきた。妙に細長くて赤色がメタリックだ。
ミキオ「先輩、これは…」
小浦「コカコーラは世界各国で販売されているが、国によって味が違うんだ。これは世界でもっとも美味しいとされているメキシコのコカコーラ。アメリカでは値段も倍ほど違う」
ミキオ「なんと」
永瀬「何が違うんですか?」
小浦「コカコーラに入っている糖分は果糖ブドウ糖液糖、これはトウモロコシから作られるものだ。一方砂糖大国であるメキシコではサトウキビから採った本物の砂糖が入っている。これはコストが全然違うから言ってみれば贅沢品だね。他にも香料の分量が他国より多いとされているが、まあレシピは非公開だから実際のところはわからない」
そう言いながら先輩はメキシカンコークを新しいジョッキに注いでくれた。
ミキオ「…む、確かに味が強烈だ。よりコーラ感が増してるような」
永瀬「美味しい! 濃厚でビビッドな感じがします」
ピースビレッズ「ぷはーっ! これが一番美味い! なんという強烈な飲み口!」
ミキオ「いやありがとうございます先輩、勉強になりました! …あ、あれ? 先輩がいない…」
ピースビレッズ「もしかしてあの方は天が遣わしたコーラの精霊だったのでは…」
フレンダ「きっとそうですの! じゃなかったらあんなに詳しい人おりませんの!」
永瀬「いやトイレ行っただけでしょ。結構飲んだから」
その後おれたちは那須塩原市のスーパーに寄り大量のコーラを買い込んでガターニアに帰った。さすがにメキシカンコークは売ってなかったが、この際だからとコカコーラとペプシを箱買いしてやった。そうなると買えば買ったで意外と飲まないもので、永瀬やザザなどはカロリーを気にして全然手にしようともしない。ゼロカロリーのやつにすれば良かったか。そんなことも忘れた頃にあのピースビレッズ公爵が事務所を訪ねてきた。
ミキオ「おお、いつぞやの…」
ピースビレッズ「ご無沙汰しております、ツジムラ伯爵! 私もあれからクラフトコーラというものを研究しまして、やっとどうにか満足のいくものができました! 試飲してもらえますか?!」
ミキオ「あー…」
みんなそうだと思うが、おれは口に入る物を試してみてくれと言われるのが結構ツラい。何が入っているのかわからないし、衛生面の問題もある。
ミキオ「また今度にしましょう。いまおれは喉が乾いていないので…」
ピースビレッズ「まあそうおっしゃらず! どうぞ、伯爵!」
強引にピースビレッズ公爵が出してきた木製の樽ジョッキには既にどす黒い液体が注がれていた。日本で飲まれているコーラと違いツーンとくる強烈なケミカル臭が漂う。ひと嗅ぎだけで口にしてはいけない飲み物だとわかる。
ミキオ「ぬぐっ! …あんたいったい何を入れた?」
ピースビレッズ「我が国にコーラの実に似た植物がありませんで、代わりにノーテンイカレカズラの葉を入れました! これは地元では未開部族が戦いの前に噛み締めて戦闘意欲を高めるものだそうです!」
そう言うピースビレッズ公爵の眼は赤く血走っている。その興奮作用のある自家製コーラ?を飲んだためだろう。
ミキオ「飲むか、こんなもの!」
ピースビレッズ「ふーっ、ふーっ、そうおっしゃらず、是非! 味は最高に美味いのです!」
この世界にコーラはまだ早かったかな、とそう思いながらおれはこの斎藤清六に似た男から逃げ惑うのだった。