第126話 悶絶!映画スーパーヒーロー大戦観賞会(第一部)
例によって今日は朝からオーガ=ナーガ帝国の皇子アルフォードとその姉・皇太女エリーザが事務所に来ている。確か姉の方は摂政宮で皇帝代行を務めていた筈だが、帝国の仕事はしているのだろうか。何だか知らないが間をあけずしょっちゅうここに来ている。今日は見知らぬ少女も一緒だ。
ミキオ「お前ら、暇なのか?」
エリーザ「何を言う! 貴重な時間を割いてここに来てるのだ!」
アルフォード「いや実は貴様にこの者を紹介したくてな」
エリーザ「ほれ、うじうじしてないで名乗らぬか」
プティ「…プティ・シリース・ド・ブルボニアです」
消え入るような声でプティと名乗ったおかっぱ髪のその子はおそらく12〜13歳、エリーザによく似ているから姉妹とすぐわかる。もじもじしていて人見知りする子のようだ。
アルフォード「プティは母親は違うが我々の末の妹でな。帝国の中学校に通っている。学校の成績は悪くないのだがこの通りなかなか物怖じする子なのだ」
そう言われたプティは異母姉エリーザの腕をがっしり掴んで隠れるようにうつむいている。中学生でこれはちょっと頼りないな。しかも皇族だろ。
ミキオ「よろしく。召喚士で伯爵のミキオだ。異世界のお菓子食べるか」
おれの東大時代の同期生で秘書の永瀬一香がほうじ茶と『源氏パイ』を持ってきた。これはおれの大好物で、こないだ日本から買ってきたものだ。
エリーザ「ほれ、ツジムラ伯爵がこう言っておるのだから貰え。珍しいニホンの菓子だぞ」
プティ「いらない。お腹すいてない」
エリーザ「すまぬな召喚士。こういう子なので父上、皇帝陛下もちょっと心配しているのだ。何せこの子はオーガ=ナーガ帝国皇位継承順位第4位、私やレズンザンドに何かあればこの子が次期皇帝になるやも知れぬからな」
アルフォード「姉上っ! 私の順番はっ!」
プティ「皇帝の座なんか継がないもんっ」
エリーザ「これっ! 何ということを!」
ミキオ「まあまあ。で、ここに連れてきた理由は何だ」
エリーザ「どうもこの子は皇族の自覚がない。学校の授業でも国史の授業だけ成績が悪い。聞けば我が帝国の英雄譚に興味がないというのだ。父上始め我々の先祖の英雄たちが帝国の礎となったというのに、嘆かわしい」
アルフォード「そこでだ、以前ルマンドン兄に希望あふれるニホンの映画とかいうやつを見せてくれたじゃないか。あれをこのプティにも見せて欲しいのだ。それも今回は英雄のたくさん出てくる物語をな」
ミキオ「英雄…英雄…つまりヒーローか」
『ベン・ハー』か、『300(スリーハンドレッド)』か、おれが考えあぐねていると横からおれの東大時代の学友で事務所の共同経営者ヒッシーが言ってきた。
ヒッシー「そういやうちらの学部でヒーロー物にやたら詳しい先輩いたよニャ」
ミキオ「ああ、いたな。じゃその先輩に頼んでみようか」
永瀬「え、その先輩って東大の?」
ヒッシー「ミスター特撮こと雷田菊 塔先輩だニャ。仮名でネットニュースのライターやってるニャ」
ミキオ「つまり仮名ライターだな」
永瀬「あっ、これ珍味回のフォーマットだ」
永瀬は何かを悟ったかのようにぽんと手を打った。
翌日。おれと永瀬、それにエリーザ、アルフォード、プティの3兄弟は青のアンチサモンカードで地球の茨城県守谷市にやってきた。先輩とは昨日既に話をつけてあり、それなら先輩の自宅で鑑賞会をやろうという話になったのだ。
雷田菊「辻村、久しぶり」
雷田菊先輩はニット帽にティアドロップタイプのサングラスを愛用しており、本人には言えないがなんかちょっと昆虫みたいに見える。大学時代からコタツで適当に書いたネットニュース記事で荒稼ぎし、実家を改築して住んでいるらしい。
ミキオ「ご無沙汰してます。こっちは大学で同期だった永瀬一香、それに外国の友人エリーザ、アルフォード、プティの3兄弟」
雷田菊「迫力のある3兄弟だねえ! タンツ・スーカン・ゲラーみたいだね。マッハバロンの」
ミキオ「いやちょっと例えがわかりませんが」
しばらくお会いしてなかったが先輩はますます色濃くなられたようだ。マッハバロンというのは1974年に放映された特撮番組のようだが、本当にこの人はそんな半世紀も前の子供番組を観ているのだろうか。不安になりつつも離れにシアタールームを作ったとのことで歩いてそちらへ向かうと、庭に2m×2mくらいの意味不明な木造の四角錐が立っていたので軽い気持ちで訊いてみた。
ミキオ「先輩、これは…」
雷田菊「ああ、このピラミッド?」
ピラミッドだったのか。それにしては小さいが。ピラミッドを自宅に作るとはどういう意図なのだろう。確かあれはファラオの墓だったと思うが。
雷田菊「僕の敬愛する石ノ森章太郎先生は生前、御自宅にピラミッドを作っていてね、それを真似させて頂いたんだよ」
永瀬「これをどう使うんですか」
雷田菊「中に入って座禅を組むんだよ。そうするとピラミッドパワーがあれして創作のエネルギーがびんびん湧いてくるんだね」
アルフォード「ピラミッドパワー…」
エリーザ「召喚士、大丈夫なのかこのセンパイ。この木造の掘っ立て小屋にそんなパワーなんか無いことは文明の遅れた異世界から来た我々でもわかるぞ」
ミキオ「しっ。石ノ森章太郎もやってたんなら仕方ないだろう。お前たち、世話になるんだからネガティブなことを言うな」
雷田菊「石ノ森章太郎先生は日本の特撮ヒーロー番組には欠かせないキーパーソンだからね。あの人がいなければ仮面ライダーもスーパー戦隊も東映不思議コメディも生まれなかった。僕はもう手塚治虫以上の神様だと思っているね」
そう言いながら雷田菊先輩はシアタールームのドアを開けて入っていった。中はそんなに広くはないが結構小ざっぱりしている。壁一面に巨大なキングダーク(※仮面ライダーXの悪役)の書割が貼られており、まるで悪の秘密結社のアジトのようだ。まだ中学生のプティなどは怖がって、というか引いている。
雷田菊「ま、楽にしてくれ」
ミキオ「先輩、今日はこの子に胸踊る英雄の映画を見せて欲しいんです」
雷田菊「ああ、英雄ね。英雄と言うのはもうヒーロー物ってことだよね。だったらこれしか無いよね」
そう言いながら先輩が指差すのは壁に設置された天井まであるDVDラックだ。仮面ライダーのテレビシリーズが初代からギーツまでずらっと並んでいる。特番や映画なども全部揃っており、まるでかつてのレンタルビデオ屋のようだ。
雷田菊「こっちはライダー、こっちは戦隊。あっちはウルトラとゴジラ。向こうのはメタルヒーローとか超星神その他かな。どれから行く? やっぱ基本中の基本、月光仮面かな?」
ミキオ「先輩、この子は初心者なので…」
月光仮面は1958年に放映されたテレビ番組で、日本初の特撮ヒーローとされる。もちろん白黒番組であり現代のいま普通に視聴するのはなかなかに労力を伴う。
雷田菊「そう? じゃまあ初心者向けということで、ヒーローがいっぱい出てくるやつにしようか」
そう言いながら先輩はラックから1本のDVDケースを取り出した。
雷田菊「『仮面ライダー×スーパー戦隊 スーパーヒーロー大戦』だ。2012年、金田治監督作品だ」
プティ「カメンライダー…」
プティがぼそっと呟いた。カラフルなDVDパッケージにちょっと興味を示しているようだ。
エリーザ「そのカネダオサムという監督は有名な映像作家なのか?」
雷田菊「いや、元々は仮面ライダーとかロボット刑事とかの中に入ってた人だね。まあそんなことはいいだろう。さっそく視聴しよう」
DVDの印刷面に落書きをしちゃダメなどの諸注意事項を簡単なアニメにしたものが流れ、本編開始となった。確か小澤亮太とかいう外はねパーマの俳優が荒野に立ってなぜか仮面ライダーたちと対峙している。
アルフォード「おお、なかなか雰囲気のある絵づくり」
エリーザ「センパイ殿、この男は」
雷田菊「この映画の主役のひとり、海賊戦隊ゴーカイジャーのゴーカイレッドことキャプテンマーベラスだ」
プティ「…かっこいいかも…」
エリーザ「つまり戦隊の人間か。戦隊もライダーもヒーローだろうになんでこんなヤクザの果し合いみたいになってるんだ」
雷田菊「まあ観ていたまえ」
永瀬「あ、この人知ってる! 中川翔子と…」
ミキオ「永瀬、中学生もいるんだから」
永瀬がゴシップ的なことを言いそうになったのでおれが制した。それにしてもこのゴーカイレッド、海賊戦隊のレッドというヒーローなのだが終始フテり気味だ。海賊だからなのだろうが青龍刀のようなものを振り回しており正義のヒーローと言うにはやや異質だ。
エリーザ「で、このアリさんみたいな連中は何だ」
ミキオ「なんてこと言うんだ、これが仮面ライダーだ。いわゆる“栄光の七人ライダー”だな。初代の1号ライダーからストロンガーまで、7人だけで世界の平和を守ってきた特別な英雄たちだ」
仮面ライダーたちは歴戦の勇者だというのにみんな今日しつらえたかのようにピッカピカの衣装だ。特に仮面ライダーV3はテッカテカの蛍光黄緑色で、まるで一般人の作ったコスプレのように見える。
エリーザ「その英雄たちがひとりの男を相手に7人でよってたかっていたぶっているようだが」
ミキオ「え」
なぜか仮面ライダーたちは変身したゴーカイレッドと戦い始めた。“栄光の七人ライダー”は世代ではないおれでもよく知っている最初の仮面ライダーたちだが、その彼らがゴーカイレッドというひとりの男を卑怯にもリンチする光景は見るに耐えない。なぜ1号ライダーあたりが「1対1でやろう」と言わなかったのか。そんなことを考えているうちになんと栄光の七人ライダーはゴーカイレッドのふるう蛮刀の餌食になってあっという間に全滅させられた。
ミキオ「え、え、え」
プティ「どうなってるの。この7人は特別な英雄じゃなかったんですか」
ミキオ「いやその…」
おれが子供の頃に憧れていた“栄光の七人ライダー”が知らないヒーローにあっさりと片付けられ、もう帰りたくなったところで次回に続く。




