第123話 オーバーラン!異世界まんが道(第三部)
日本の漫画をこよなく愛すシンハッタ大公国の君主ムーンオーカー大公に呼ばれたおれは彼の作った漫画家育成学校で講義することになり、せっかくなので漫画の神様手塚治虫を召喚した。軽い気持ちでお呼びしたが、あらためて手塚治虫の凄さを思い知るのだった。
ミキオ「さて、手塚先生はお帰りになったが、プロの漫画家というものがいかに凄いかわかってくれたと思う。ここからは実践編だ。この学校にいるからにはある程度描けているんだろう? みんなの作品を見せてもらいたい」
生徒A「じゃ僕の原稿見てもらえますか」
生徒B「私のもお願いします」
ミキオ「拝見しよう」
いくつか作品を見たが、まあ漫画文化が根付いたばかりのこの国ならまあまあというところか。下手ではないがこれは日本の高校の漫研レベルだな。手塚治虫の絵を見た後ではことさらに差が目立ってしまう。ストーリーについても目を見張るものはない。
ミキオ「なるほど。みんないい感じだ。だがやはりまだ学ばねばならないことは多いな」
ホーラ「先生、おらのも見て欲しいでがす」
遅れて持ってきたのはいかにも田舎の高校生といった感じの生徒だ。ずんぐりむっくりの坊主頭でごつごつしていてジャガイモみたいな顔、しかも相当なまってる。
ミキオ「ホーラ・イシ君か。結構上手いね、どれどれ…」
ズキュン! おれはショットガンでハートをぶち抜かれたような衝撃を受けた。絵はまだまだ荒削りだが話が抜群に面白い。SFだかファンタジーだかわからないような世界観で、たった数ページでぐっと物語世界に引き込まれた。メカのデザインセンスも抜群だ。しかしおれがこの世界に漫画を持ち込んでから1ヶ月と経っていない筈だが、それでこの吸収力は…もしかしたらこの子は鳥山明の生まれ変わりか…?
ミキオ「いたな、このガターニアにも漫画の天才が…」
生徒C「おお、やっぱりホーラだ」
生徒D「最初に世に出るのはやはりあいつか」
生徒たちはざわめいている。彼らの間でもホーラの才能は別格と認識されているようだ。
ミキオ「ムーンオーカー大公、この子はいったい?」
ムーンオーカー「ホーラ・イシ。この子は筆が早くて抜群に上手いのです。しかもこの学校で誰よりもニホンの漫画を読んで勉強している。しかしムラっ気があって完成された原稿は見たことがなかったが」
ホーラ「昨日徹夜で描いたでがす」
ミキオ「一晩でこれを?!」
ムーンオーカー「どれどれ…フゥーム、面白い…! 正直言ってニホンの漫画と較べて遜色ないように思える」
ミキオ「この子の才能は突出している。じっくり育てていけば本当にこのガターニアにおける漫画文化の先導者になるかもしれないぞ」
ムーンオーカー「いや、こうなれば国費で漫画雑誌を発行し、ホーラの連載を目玉としましょう! 作家陣はこの学校の生徒からピックアップすればいい! 私はこのシンハッタで少年ジャンプのような雑誌を刊行するのが夢だったんだ!」
生徒「おおー!!!!」
生徒たちから喝采を浴びる大公。国費で少年ジャンプとはまた。とは言えこの男はこの中規模の産業国シンハッタの君主なので予算的には実現可能だろう。
ミキオ「待て待て。彼はあまりに若いし経験が少ない。できればもっときちんと育てから試した方が…」
ムーンオーカー「伯爵、Do or do not.There is no try(やるか、やらぬかだ。やってみるなんてない)ですぞ」
ミキオ「ぐっ…」
これはスターウォーズEp.5におけるマスター・ヨーダのセリフだ。この男がどこでこの知識を仕入れたのかは知らないが、そう言われると一言もない。
ムーンオーカー「それにかのトキワ荘レジェンドの一人、イシノモリ・ショータローは16歳でデビューしたと聞きます。ユデタマゴも高校在学中にデビューした。ホーラも16歳、決して若すぎるということはない」
妙に地球のサブカルに詳しいな、この男…
ミキオ「わかった、わかった。じゃあやるがいい。おれもできる限り協力する」
永瀬「また! 安請け合いして、辻村クン!」
ムーンオーカー「今の言葉、しかと聞きましたぞ!」
我々のこんなやり取りを前にしても天才ホーラ・イシは泰然自若としている。既に大物の貫禄というところか。
翌週、シンハッタ大公国より伝書鳩を貰いおれと秘書の永瀬は再びかの国に“逆召喚”した。シンハッタ政府は新漫画雑誌発行のために“漫画省”を創設したので、おれを省外顧問として招聘したいとのこと。そして新雑誌の内容を煮詰めたいとのことだ。今度は漫画学校ではなく政務庁舎であるシンハッタ城に訪れると、既に多くのスタッフが慌ただしく動き回っていた。
ムーンオーカー「おお伯爵、よく来てくださった。こちらは先日新任された漫画大臣です」
漫画大臣「よろしくお願いします」
なんとこの国ではとうとう漫画大臣なる役職まで生まれてしまった。こうなると大公ひとりの趣味のレベルではない。度が過ぎている。
ミキオ「妙に慌ただしいな」
ムーンオーカー「なんせ我らの漫画雑誌は来月発行ということで話が固まりましたからな。しかも週刊誌ですぞ」
永瀬「えっ来月?! それも週刊誌?!?!」
ミキオ「大公、いくらなんでも無茶だ。初めての漫画雑誌を週刊でなんて、ノウハウも無いのにいきなりそんなハードスケジュールでやってたら必ずどこかに無理が出るぞ」
ムーンオーカー「いや心配御無用、創刊に当たっては我がシンハッタの役人から担当者100人を選出し盤石の体制で臨みます。創刊号の表紙で巻頭カラーを飾るのは天才ホーラ・イシの『ソラの大空』です、しかも5週連続で増量80ページ! これは話題を呼びますぞ!」
そう言うムーンオーカーの双眸は血走り、冷静さを失っている。漫画の狂気に蝕まれかけているかのようだ。おれは彼の肩を持ってがくがくと揺さぶった。
ミキオ「大公、落ち着け! 漫画家は使い捨てではない! デビューしたばかりのホーラ君にそんな無茶をやらせたらすぐに潰れてしまうぞ!」
おれが大きい声で諌めると大公は少し落ち着いたようだ。
ムーンオーカー「し、しかし、他の作品が弱いので…」
ミキオ「任せておけ。そのためにおれが来たんだ」
おれたちは談話室に移動し、お茶が出たところでようやくムーンオーカーは冷静さを取り戻し、馬面ながら人間らしい表情となった。
ムーンオーカー「失礼しました、先週から漫画省の設立と新漫画雑誌の準備で睡眠もあまり取れず、錯乱しまして…」
ミキオ「経験もないのにいきなり週刊漫画雑誌創刊なんて無茶を言い出すからだ。ホーラ・イシは確かに天才だがものには限度というものがある。彼が潰れたら雑誌ごと潰れるぞ」
ムーンオーカー「しかし、ナガイゴーは週刊少年誌5誌同時連載をしていたと聞きましたぞ」
ミキオ「なんでも知ってるな。確かに永井豪というレジェンドは少年ジャンプで『ハレンチ学園』、少年チャンピオンで『あばしり一家』、少年マガジンで『オモライくん』、少年サンデーで『ケダマン』、少年キングで『スポコンくん』という5作品を同時連載するという偉業を成し遂げた唯一の漫画家だ。しかしそれは石川賢、蛭田充はじめダイナミックプロの有能なスタッフのバックアップがあってはじめて成し得たこと。16歳のホーラ君ひとりに週刊誌連載、それもカラーで5週連続80ページなんてできるわけがない。やらせたいなら彼が指揮を取って漫画を分業できる体制を作ってからだ」
ムーンオーカー「漫画というのは大変なものなのですな…」
ミキオ「何を今更。悪いことは言わん。ホーラ・イシの連載は毎週20ページ。そしてアシスタントを最低3人は付ける。この程度が限界だ。漫画家は大事にしないと漫画文化自体が根付かないぞ」
ムーンオーカー「40ページは欲しいのですがねえ…」
ミキオ「他の連載陣が弱いと言っていたな」
漫画大臣「は、既にいくつか決定しています」
ミキオ「見せてくれ」
漫画大臣は次々に連載漫画の表紙を並べだした。もう各漫画のタイトルも入っている。ホーラ・イシの『ソラの大空』の他は
『逢闘狼』
『おいらテッペン!』
『ひとでなしBALLAD』
『ブッたれ!悪童』
『マブダチ爆走派』
の5本だ。
ミキオ「うーん? ちょっと偏りすぎてないか?」
ムーンオーカー「ヤンキー漫画を描きたいという生徒が多くて…」
これはダメだな。ガターニアの少年ジャンプを作りたいと言っていたのにこれじゃ往年の少年チャンピオンだ。そもそもこのシンハッタにヤンキー文化なんか無かろうに、連載6作品中5作品がヤンキー漫画じゃ読者が付いて来ない。『ブッたれ』ってどういう意味なんだ。
ミキオ「大公、漫画家の描きたいものを描かせてどうする。読者が読みたいものを描かせるんだ。商業誌と同人誌は違う」
ムーンオーカー「な、なるほど」
ミキオ「まあいい。あれからおれもいろいろ考えて知り合いに当たってみたんだが、身近に意外な才能を発見した。まずはこれ」
おれがマジックボックスから取り出した原稿は『異世界かまきり夫婦』という漫画の原稿だ。絵はヘタクソだが妙に味わいがある。
ムーンオーカー「ほう、ギャグ漫画ですか」
ミキオ「おれと同じ日本からの転生者のヒッシーという男に試しに描かせたらなかなかの出来でな。彼の夫婦生活をエッセイ風に描いている」
漫画大臣「…面白い! 奥さんのキャラクターが立っている。何かというと鬼みたいに怒り狂うところがいい」
ムーンオーカー「ははは、ちと誇張し過ぎじゃないか? これじゃこの旦那はいつか殺されかねんな」
ミキオ「漫画学校の生徒なんて気取った絵を描く連中ばっかりでなかなかギャグ漫画は描かないだろう。素人同然だがまあ箸休めということで入れてみてはどうか」
ムーンオーカー「いいですな、頂きましょう!」
ミキオ「そしてこれ」
次におれが取り出した原稿は『KIN×DAN』という漫画だ。プロ並みというほどでもないが繊細な線で耽美に描かれている。
ムーンオーカー「これは…少女漫画? いや、男性同士の恋愛漫画のようですが…」
ミキオ「おれがプロデュースしているアイドルグループ、“イセカイ☆ベリーキュート”の2期生ジャコ・ギブンが絵が上手いということで描いて貰ったらこれもなかなか玄人はだしでな。日本ではBL漫画というジャンルになる」
漫画大臣「…むう、線は細いが内容は結構骨太だ」
ムーンオーカー「面白い。グイグイ引き込まれるぞ。しかしこれはちょっと過激だな」
ミキオ「まあこれは実験だな。この世界で初めての漫画雑誌だし、何がウケるかわからないからいろんな作品を試してみたい。現役アイドルの連載漫画ということで話題性もあると思う」
ムーンオーカー「いやさすがです。これも頂きましょう。いやぁ充実してきましたな」
ミキオ「ヤンキー漫画は1本にして、それ以外はスポーツ物とラブコメと格闘バトル物とグルメ漫画にして貰おう。なに、描いてるうちにすぐ慣れる。あとは広告と読者投稿コーナーを入れれば埋まる」
ムーンオーカー「いけそうだな、漫画大臣!」
漫画大臣「これは売れますよ!」