第122話 オーバーラン!異世界まんが道(第二部)
日本の漫画をこよなく愛すシンハッタ大公国君主ムーンオーカー大公に呼ばれたおれは彼の作った漫画家育成学校で講義することになった。だがそこには態度の悪い生徒が待ち構えており、おれにつまらない因縁をつけてくるのだった。
イジミー「フッ、何がニホン人だ。オレに転生者の指導なんざぁ必要ないね」
後方でそう悪態をついたのは長髪で目つきの悪い男子生徒だ。なんだ、この学校にもこんなハネっ返りがいたのか。
生徒F「おいやめろって、イジミー」
生徒G「そうだよ。お前態度悪いぞ」
イジミー「転生者の先生、この際ハッキリ言わせて頂くが、このオレ、イジミー・ノコーエンは既にかのテヅカオサムよりも絵が上手いと自負してるんでね。アンタなんかに教わることはこれっぽっちも無いってわけだ」
これは聞き捨てならないな。おれはいいが手塚治虫を舐められて黙ってはいられない。
ミキオ「ふむ、なかなかの鼻息だな。じゃあ君の絵を見せてもらおうか」
イジミー「おうとも、見せてやるよ。オレは漫画界に革命を起こすんだ。20年後にこの学校はオレの銅像をテヅカオサムのより上に置くことになるぜ」
つかつかとおれの前に来て自分の原稿を手渡すイジミーとかいう生徒。彼の絵は何というか、みっちり描き込んではあるが80年代成人向け漫画誌の劣化版みたいな生硬な絵で正直魅力を感じない。これで漫画界に革命とは呆れる。これは日本では40年前に通った道だ。
ミキオ「なるほど。君は手塚治虫よりも上手いと言ったな? いいだろう。漫画のことを教わるのにこれ以上の人物はいまい。エル・ビドォ・シン・レグレム、我が意に応えここに出でよ、汝、手塚治虫!」
生徒「おおーっ!!」
おれの取り出した赤のサモンカードから紫色の炎が噴き出し、やがてひとの姿が現れた。誰あろう近代漫画の創始者にして不世出の偉人、手塚治虫である。手塚先生はダブルのスーツにベレー帽、黒縁眼鏡といういつものスタイルでお出になられた。問答無用の大漫画家で、巨大変身ヒーローも合体ロボもBLもケモ耳も異種間恋愛も全部この人から始まったのだ。
ミキオ「私ごときの召喚魔法によくぞお応え下さいました」
ムーンオーカー「よ、ようこそ弊校へ!」
おれとムーンオーカー大公は腰を90°曲げて深々と挨拶した。おれの召喚魔法は本来なら自分と同等もしくは格上の神格は召喚できないのだが、漫画の神様である手塚先生は生徒たちの漫画愛に免じて特別に天界からお越し下さったのだろう。手塚先生のオーラは半端なものではなく、誇張とか比喩でなく実際に後光が差している。
手塚治虫「ここは異世界の漫画学校ですね。ウン、素晴らしい」
生徒A「あ、あれがテヅカオサム…」
生徒B「なんという存在感…」
生徒たちは手塚先生の放つ黄金のオーラに圧倒されてたじろぐばかりだ。無理もないが、時間がもったいない。
ミキオ「どうした諸君、手塚先生が地上に降りてくださるのはたった5分だけだぞ。こんな機会は滅多にない。諸君の思いのたけをぶつけたらどうだ」
生徒「うおー!!!」
生徒たちから歓声があがり、一斉に手が挙がった。
生徒C「先生! 女性キャラの描き方を教えてください!」
手塚治虫「はいはい、女性キャラはね、こう…」
手塚先生はまさしく神のスピードで黒板にササッとキャラを描いた。これは“ばるぼら”の主人公ばるぼらだ。芸術家にとりつく不思議な女を題材にした作品で、2019年に二階堂ふみ主演で映画化された。しかし何も全裸を描かなくても…。
ムーンオーカー「あっあっ、そんな、いきなりハダカを」
手塚治虫「いいですか、胸はどんなに大きく描いても良い。お尻もなるたけ大きく。こんなポーズを描くと色っぽいです」
そう言いながら次はサラサラと流麗なタッチで“ふしぎなメルモ”の大人メルモを描く手塚先生。またも全裸。しかし何というセクシーなラインか。凡百の萌え絵師が何千人かかってもかなわない美しい流線だ。先生は次々と“やけっぱちのマリア”のマリア、“三つ目がとおる”の和登千代子、“奇子”の天外奇子をなんの躊躇もなくサラサラと描いていく。しかも全キャラ全裸。恐るべし漫画の神。フルスロットルの手塚治虫とはこんなにも凄まじいものか。黒板に白墨で描いているというのに生命が宿っているかのようだ。さっきのはねっ返りのイジミーは唖然としている。
ミキオ「こ、この黒板、絶対に消すなよ! 取り外してこの国の重要文化財、いや国宝にしろ!」
ムーンオーカー「はっはい!」
おれも思わず声を荒げ、この国の君主にタメ口で命令してしまったがこれは仕方ないだろう。黒板に大書された手塚治虫自身の手による手塚ヒロイン大集合、しかも全裸。こんなものを仮に現代の日本でオークションに出したらどんな値段が付くかわからない。
手塚治虫「女性の体を描くのにあまり直線を使うのはソンです。カーブの線を練習すること。わかりますね?」
生徒「はい!」
車座に座ってる生徒たちを眺め、ニコニコと笑う手塚先生。手塚治虫から直接漫画の授業を受けられるなんて現代の日本の漫画家たちに聞かせたらどれだけ羨ましがるだろうか。
手塚治虫「まるであの頃のトキワ荘に来たみたいですね。『人を信じよ、しかし、その百倍も自らを信じよ』これが君たちに贈る言葉です。漫画をよろしくお願いします」
そう言い残し、手塚治虫はタイムアップとなり再び天に還っていった。生徒たちもその存在に大いに感じ入り、万雷の拍手で先生を送り出した。漫画の神様というものはこんなにも圧倒的な存在感を持つものなのか。再び平身低頭し手塚先生にお別れのご挨拶をするおれとムーンオーカー大公。正直おれはゼウスに会った時よりも畏縮していた。
イジミー「こ、こ、これがテヅカオサム…」
手塚治虫の力量を目の当たりにし失禁せんばかりにガクガクと震えているのはさっき悪態をついたハネッ返りの男子生徒だ。彼にとってもいい薬になったろう。といったところで次回へ続く。