第120話 エルフにプロポーズ!異世界男前祭(後編)
知人のバッカウケス侯爵が事務所に来訪し、おれの領地の神殿で買った護符を持っていたのにフラレたから責任を取れと理不尽なことを言ってきたが、フラレた相手はなんとうちの事務員ザザの叔母。おれは流れで仕方なくバッカウケスの男修行を手伝うことになった。
ぶおうっ! 紫色の炎を揺らめかせ登場したのは戦後日本を代表するスーパースター、石原裕次郎である。今回はおれが以前観た映画のイメージに従い人気絶頂の時代、1957年頃から召喚された。つまり後に結婚するまき子夫人(北原三枝)と共演し続々とヒット作を産み出していた23歳くらいの頃ということになる。顔もふっくらして現代風の美男子という感じではないが、数値化できないオーラが溢れ出ている。身長178cmですらりと脚長く、はにかんだ笑顔から八重歯がのぞいている。
裕次郎「おや、ここはどこだい?」
ミキオ「おれがお呼びしました。ようこそ異世界ガターニアへ」
裕次郎「へっ、昨夜の酒が残ってやがるみたいだぜ。異世界のお兄さんがたが俺になんの用だい?」
裕次郎はそう言うとタバコを取り出し、火を点けてプカーとふかした。そう言えば彼はヘビースモーカーだったと聞いたことがある。もっとも昭和の男たちは吸わない方が珍しいくらいみんな当たり前に吸っていた。
ザザ「ゲホッ、こ、こいつ変な煙を吐き出しやがるぞ! 臭っせ!」
会議室の窓を開けて換気するザザ。そう言えばこのガターニアには喫煙という文化が無いのだった。おれも久しぶりにタバコの匂いを嗅いだ。裕次郎は大スターらしく平気な顔でぷかぷか吸っている。
永瀬「誰だっけ? 石原良純の叔父さん?」
ミキオ「そう」
残念ながらZ世代の間では石原裕次郎より石原良純の方が知名度が高いらしい。まあかく言うおれもZ世代なのだが。ちなみに裕次郎がこの年齢の頃には兄・石原慎太郎長男の石原伸晃は生まれているが次男の良純はまだ生まれていない。
ミキオ「裕次郎さん、このモテないダメ人間に真の男というものを教えて欲しいんです」
バッカウケス「ええい、ダメ人間まで言うな!」
裕次郎「面倒くせえなあ、野郎の相手なんかしてられねえぜ。それよりそちらのマブいお姉さんがた、ちょいと遊びに行かないかい?」
若い頃の裕次郎は遊び人で結構ヤンチャだったと聞いたことがある。まあでも大スターなのに気取らない性格だとも言える。『マブい』とは今は滅んだ言葉だが美人とか可愛いとかいう意味だ。
永瀬「いやその、仕事中ですので…」
ザザ「今までの男前とは違うタイプだな!」
裕次郎「つれねえなぁ。この石原裕次郎が誘ってんだぜ? …おっ、いいのがあるじゃんか」
この会議室はかつておれたちがプロデュースしたイセカイ☆ベリーキュートのレッスン場でもあったので楽器類が置いてある。裕次郎はドラムセットに近づくと、軽妙な仕草でスティックを回転させドラムを叩きながら歌い始めた。
裕次郎「おいらはドラマー、やくざなドラマー…♪」
この時代の裕次郎は『海の野郎ども』、『鷲と鷹』、『俺は待ってるぜ』など立て続けに主演映画をヒットさせていた頃で、この歌も同年の映画『嵐を呼ぶ男』で使用された楽曲だ。たぶん今その撮影時期だったのだろう。裕次郎のドラムは小慣れており軽快かつ力強い。
裕次郎「この野郎、かかってこい! 最初はジャブだ、ほら右パンチ、おっと左アッパー!…」
裕次郎の歌は見た目に反して惚れ惚れするような美声だ。後に『夜霧よ今夜もありがとう』や『ブランデーグラス』などのメガヒット曲を何枚もリリースしており、昭和のバーでは裕次郎の曲と言えば定番だった(らしい)。
バッカウケス「お、おお…」
ザザ「かっけえ…!」
永瀬「男の子って感じだね…」
若い頃の裕次郎は八重歯が出ていたりと端正な顔立ちとは言い難いが、内面からのあふれる魅力と子犬のような笑顔で実に可愛らしい。それに加えこの時代の彼は何をしでかすかわからない危うさもある。
裕次郎「この石原裕次郎に男を指南して欲しいとは、無謀な奴だぜ。男ってのはな、旨い酒を飲んで、いいタバコを吸って、マブい女を抱いて、友と語り時には喧嘩もする、これしか無いだろう!」
裕次郎の語る男節は現代の価値観とはまったくアジャストしないが、昭和の男たちはこういう無頼を良しとしてきたのだ。今の若者は飲酒も喫煙もそれほどしないし不特定多数の女性と寝ることを美徳としない。友達もそんなに作らないし、もちろん殴りあうなんてことは絶対にしない。日本の若者はたった半世紀でまるで異次元の人種くらいに違ってしまった。
裕次郎「ほれ、お前さんも叩いてみな」
バッカウケスにドラムスティックを投げ渡す裕次郎。もちろんバッカウケスはドラムなんて触ったこともないのであたふたしていたが、こんな大スターに言われたら仕方ないので素直にぽこちゃか叩き始めた。
裕次郎「駄目だなぁ、まるでなっちゃいねえ。お前さんの憎い奴の顔を思い浮かべてみな。ドラムをそいつだと思って叩くんだ。なんでもいいぜ、お前さんも男の看板掲げて生きてりゃあぶん殴りてえ奴の一人やふたりいるだろう」
バッカウケス「…ふ、ふんっ!」
言われたバッカウケスは俄然がむしゃらに叩き始めた。めちゃくちゃなリズムだがさっきよりも力強さは感じる。
裕次郎「なかなか良くなってきたな。いいか、人の悪口は絶対口にするな。人にしてあげたことは、すぐ忘れろ。人にしてもらったことは、絶対忘れるな。これでお前さんもいっぱしの男になれるぜ」
うまそうにタバコをふかしながら裕次郎はそう言い、バッカウケスの肩をぽんと叩いてタイムアップで消えていった。男、男とこの多様性の時代にやたら性別を主張してなかなかに違和感があるが、昭和とはそういう時代だったのだ。石原裕次郎はこのあと石原プロモーションを設立、社長となり『太平洋ひとりぼっち』や『黒部の太陽』などの映画、『太陽にほえろ!』『西部警察』などのテレビ番組をヒットさせ大成功するも52歳にて天に召されることになる。
ザザ「しびれるな! イチカ!」
永瀬「うん、わたし石原裕次郎に恋したかも!」
さすが青春真っ盛りの裕次郎、たった5分で初対面の女子ふたりをメロメロにしてしまった。おそらく当時の日本人女性はみんなそんな感じだったのだろう。
ミキオ「さてお前の男修行も佳境だな。次はいよいよ加山雄三さんと高倉健さんを…」
バッカウケス「…こ、こ、ここら辺で勘弁してくれ。ニホンの男前たちはどうしてこうも強烈で濃厚で圧倒的なのだ…!」
遂に泣き言が出たが、まあ無理はない。おれだって藤岡弘、と千葉真一と石原裕次郎に立て続けに出てこられたらそのオーラだけで疲労困憊してしまうだろう。
ミキオ「わかった、まあ今までの御三方でだいぶ鍛えられただろう。じゃあいよいよ本番前のリハーサルだ」
バッカウケス「…リハーサル? 」
ミキオ「いやこのまま青のカードでサワーネ・ダーゴンの前に連れて行ってもいいが、万全を期して本番前にテストしておいた方がいいだろう?」
バッカウケス「そうか、確かにそうだな。で、リハーサルとやらはどうやって」
ミキオ「それなんだが、ザザに頼みがある」
ザザ「あたしに? なんだ?」
ミキオ「お前、サワーネ・ダーゴンの姪なんだろう。顔も似ているよな? お前、サワーネ・ダーゴン役になってバッカウケスの告白のリハーサル相手になってくれないか。サワーネ風のメイクをしてサワーネ風の衣装を着てくれればいい」
ザザ「えーっ? あたしが?」
バッカウケス「お願いします!」
ザザ「いやそりゃいいけどよう。実家に行きゃあ叔母さんの着てた服とか髪飾りがあるな」
ミキオ「よし。じゃあ青のカードでザザの実家まで取りに行こう。バッカウケス、お前はその間に永瀬たちと攻略法を練習しといてくれ。30分後にここに集合だ」
バッカウケス「う、うむ!」
こうしておれとザザの二人は連合王国シローネ地方アジェカータ村にあるザザの実家にサワーネ・ダーゴンに仮装するための衣装とアクセサリーを取りに行った。
ミキオ「待たせたな、準備できたか?」
30分後、おれたちが逆召喚によって王都フルマティの最上級召喚士事務所に戻り、2階会議室のドアを開けると、コチコチに緊張したバッカウケスが座っていた。後ろには秘書の永瀬や事務所共同経営者のヒッシー、書生の人造魔人ガーラが控えており、どうやら彼らに厳しい特訓を受けたらしい。
バッカウケス「うむ…こうなれば僕も男、フジオカヒロシから学んだ男の心意気、チバシンイチから学んだたくましい肉体、そしてイシハラユージローから学んだ女性を落とすテクニックで必ずサワーネ・ダーゴンをものにしてみせる! そのためにはまず予行練習だ!」
おお、バッカウケスの瞳に炎が宿っている。どうやら日本の昭和時代から名だたる男前たちをわざわざお呼びしたのも無駄ではなかったらしい。
ミキオ「その意気や良し。じゃザザ、出てきてくれ。サワーネ・ダーゴンになりきって頼むぞ」
がちゃり。会議室のドアノブを回してサワーネに仮装したザザが登場した。いつものギャルっぽいボリュームのあるざんばら赤髪から腰まであるストレートのプラチナブロンドに、ノースリーブのトップスと緑色のスパッツから白を基調とした膝丈のワンピースに変わっており、サワーネ・ダーゴンに似ているかどうかは知らないが普段のザザとはまったく違った清楚な印象になっている。なるほど、これならエルフの族長代理としての威厳も感じられ、身内にこんなことを言うのも何だがなかなかの美人に仕上がった。
ガーラ「化けたな…」
ヒッシー「ザザにゃん、お姫様みたいだニャ!」
永瀬「綺麗よ、ザザ」
ザザ「そ、そうか?」
照れながらもすっかりサワーネ・ダーゴンになりきったうちの事務員ザザを呆然と見つめるバッカウケス。おお、この反応はかなりサワーネ・ダーゴンに似せられたようだ。良かった良かっ…
バッカウケス「ざ、ザザさん! 僕と結婚してください!!」
そう言いながらザザの手を取りがしっと握るバッカウケス。顔は紅潮し目は血走り鼻息荒い。
ザザ「ひっ!」
ミキオ「早い早い。いきなり告白するやつがあるか。それじゃムードもへったくれもないだろ。それにお前、相手はザザさんじゃなくてサワーネさんと呼べ」
バッカウケス「いや! もう僕はサワーネ・ダーゴンはどうでも良くなった! ザザさんの方が美しい! ザザさんがいい!」
全員「は? 」
ザザ「お前、サワーネ叔母さん一筋じゃなかったのかよ!」
ガーラ「君! 節度がないぞ!」
永瀬「この人本当にダメだね」
ヒッシー「バッカウケスくん…そういうとこだニャ」
バッカウケス「何と言われようが結構! 貴女はまるできらめくダイヤモンドだ! ザザさん、僕と結婚を前提に付き合ってください。終生変わらぬ愛を誓う!」
握ったザザの手を離さないバッカウケス。だがザザはその手を振り払う。
ザザ「返事はもちろんノーだ、バカ! こんなひょこひょこ好きな相手変えるヤツ、信用できるか! 女を何だと思ってんだ!」
バッカウケス「いや、僕はここに至って真実の愛に目覚めたのだ! 僕の切なる気持ちをわかって頂きたい!!」
ザザ「うっせ! こっち来んな!」
逃げ回るザザを追いかけ回すバッカウケス。藤岡弘、、千葉真一、石原裕次郎という超一流の男たちの薫陶を受けてもなおこの男はこんなにダメなのか。おれは呆れ果てた。やれやれ、今日はまったく時間を無駄にした。