第118話 エルフにプロポーズ!異世界男前祭(前編)
異世界114日め。今日は事務所に旧知のバッカウケス・クリアンベイカー侯爵が来ている。彼は若くして連合王国ナガーダ地方の領主で王国議会議員、宰相の座を狙う熱血青年貴族なのだ。なぜかやたらおれにライバル心を燃やす男だが、今日はやや勢いが弱いように見える。
バッカウケス「ふん、なかなか小綺麗な事務所だ。悪どく稼いでいるようだな」
ミキオ「そんな益体もないことを言いに来たわけでもあるまい。今日は何の用だ?」
腹を探るのが面倒くさいのでおれははっきり言ってやった。
バッカウケス「これ、君の名前で出しているんだろう?」
バッカウケスはそう言ってバシン!とテーブルの上に小さな金属板を叩きつけた。これはアミュレットと言ってこっちの世界で売られているお守り札なのだ。
ミキオ「アミュレット? おれの名前で??」
バッカウケス「とほけても無駄だぞ。確かに君は大邪神からこの国を救った英雄だが、こうもアコギな真似をされてはな」
こいつは一体なにを言っているのか、アミュレットを手に取って見てみるとガターニア文字で「ヤシュロダ神殿」と彫られていた。ヤシュロダ神殿はツジムラ伯爵領コストー地方ヤシュロダ村に存在する歴史ある神社である。
ミキオ「これが何か? 確かにヤシュロダ神殿はおれの領地にあるが」
バッカウケス「ハイエストサモナー特製、恋愛成就アミュレットとして売り出されているのだ!」
あっ、あの神官のジジイ! 確かにこの神社を縁結びの神様にしたら参拝客増えるぞとアドバイスしたのはおれだが、まさかおれの名前を出してアミュレットを売っているとは。よくよく見ればしっかりとおれを模したメガネのキャラクターが描かれている。なんだこれは。後で抗議してやる。
バッカウケス「僕とて無論完全に信じていたわけじゃない。だがいくらなんでも買ったその日にフラレるのはおかしい。こうして名前を出して商売している以上、君に責任を取ってもらいたい!」
ザザ「フラレたのか…」
永瀬「フラレたみたいね…」
話を聞くともなく聞いていた事務所の女子たちがざわつき始めた。この二人、年頃のせいか色恋事には特に敏感なのだ。
ミキオ「まあ、何を言ってるのかよくわからんがお前が最近フラレたのはよくわかった。聞いてやるから詳しく話してみろ」
バッカウケス「…くっ、また上から目線で…」
悔しそうにそう言いながらバッカウケスは居住まいを正し、おれに向き直った。
バッカウケス「先週のことだ。僕はシローネ地方の商工会の会議でエルフの族長の代理として来ていた族長の娘と出逢った。とんでもなく美しい女性で、一瞬で恋に堕ちた。その名もサワーネ・ダーゴン」
バッカウケスがその名を言った途端に聞いていた事務員のザザが椅子からずり落ちた。
ザザ「あたしの叔母さんじゃねーか!」
バッカウケス「うむ、聞いて僕も驚いた」
ヒッシー「て言うかザザにゃん、族長の親戚だったのニャ」
ミキオ「説明しろザザ。その叔母さんてのは何者だ」
ザザ「あたしの父親の妹、サワーネ叔母さんてのは47歳で独身。と言っても長命族のエルフとしてはまだ若者だけどな。真面目で気位の高いすげえ美人だ。お前みたいな若造のおぼっちゃんなんかハナも引っ掛けないだろうな」
バッカウケス「む、むう…」
頭を抱え、髪を掻きむしるバッカウケス。
バッカウケス「ツジムラ伯爵! アミュレットの責任を取って貰おう! 僕の恋愛を成就させてくれ!」
ミキオ「いやそれはいくら何でも理屈がおかしい」
バッカウケス「真剣なんだ、伯爵! うんと言うまで僕はここを動かないぞ!」
なんとまあ独りよがりで迷惑な男だ。子供か。
ガーラ「今時珍しい熱血漢じゃないか。ミキオ、聞いてやったらどうだ」
うちの事務所の書生として置いている古代の人造魔人ガーラが余計な口を挟んでくる。こいつは古代文明が生み出したロボットだから古いタイプの男には感じ入るところがあるのか。
ミキオ「まったく、どうしておれの周りはこんな面倒くさいやつばかりなのか…とりあえず、ここじゃ何だ。二階の会議室に移動しよう。手の空いてる者は来てくれ」
おれたちは事務所の二階にある大きめの会議室に移動した。かつてはデビュー前のイセカイ☆ベリーキュートがダンスレッスンに利用した部屋だ。
バッカウケス「なるほど、二階にはこんな部屋もあるのか」
永瀬「その美人の叔母さんはどういう人がタイプなの?」
ザザ「うーん、やっぱりイケメンが好きなイメージあるな」
ミキオ「そういう意味ではバッカウケスもいい線いってるんじゃないのか?」
ザザ「いや、こいつじゃ軽いな。顔やスタイルはちょっといいかも知れねーが男の色気がない。ムンムンと匂い立つような男のフェロモンが出てねーんだよ」
バッカウケス「ぬぐぐっ…ハッキリ言ってくれる…」
言われたバッカウケスは新田たつおの漫画のような顔で小鼻を開き下唇を噛み締めている。なるほど確かにこいつには男の色気というものを微塵も感じない。
ミキオ「男の色気とは不思議なものだ。女の色気なら谷間や生脚を出せばいいわけだが男の色気はそうは行かない。内面からにじみ出るものなのだ」
バッカウケス「じゃあどうすればいいのだ!」
ミキオ「まあ落ち着け。バッカウケスが男としての魅力に欠けるというなら異世界の男前を呼んで何が足りないかを伝授してもらおう」
おれはコートの胸ポケットから魔法召喚用の“神々の装具”赤のサモンカードを取り出した。
ザザ「お、久々の有名人召喚だな」
ミキオ「男前といったらこの人。藤岡弘、さん。『、』までがフルネームだ。エル・ビドォ・シン・レグレム、我が意に応えここに出でよ、汝、藤岡弘、!」
魔法陣から紫色の炎が噴き上がり、中から若い頃の藤岡弘、さんが出現した。容姿から見て『仮面ライダー』後期、25歳くらいの頃だろう。身長180cmですらりと脚長く、ボリュームのある長髪で髭の剃りあとも濃く、革ジャンの下の筋肉も均整が取れ、男臭さ満開、まさしく匂い立つようないい男だ。主演作『仮面ライダー』は視聴率30%を取るオバケ番組であり、そのあと『特捜最前線』で大人のドラマでも主演となり俳優として大成功、ハリウッド映画『SFソードキル』の主役を務め日本人として初めて全米映画俳優連合のメンバーとなった、ザ・俳優。往年のキャッチフレーズを借りて言えば『役者バカ』だ。
ザザ「かっちょええ!」
永瀬「昭和のイケメンだ…」
藤岡「あっはっはっは、いやぁ参ったねぇ。ここはどこだい?」
声も低くて渋い。とても25歳とは思えない貫禄だ。
ミキオ「藤岡さん、異世界ガターニアへようこそ。このモテない男に真の男というものを教えて欲しいんです」
バッカウケス「モテないは余計だ!」
藤岡「いやぁ参ったねぇ。なら及ばずながら申し上げるが…人生にはリハーサルもアンコールもない。死ぬまでが青春。心臓がとまって死ぬまでが地上の旅であり冒険なんだ。そういうことなんだねぇ」
バッカウケス「な、なるほど。このハンサムガイに言われると説得力があるような…!」
藤岡さんの名言だけでバッカウケスはたじろぎ、二歩下がった。なんという強烈な存在感。あまりの昭和イケメンぶりに永瀬はちょっと引いているがザザは素直に目が♡になっている。
藤岡「じゃせっかくだからコーヒーを淹れてあげようか。僕のコーヒーは特別製だからねぇ」
藤岡さんは後に『藤岡、珈琲』という有機栽培豆を監修するほどコーヒーへのこだわりは強い。屋内の会議室だというのに持参のガスランプを取り出し、小ぶりのヤカンを火にかけるとその中に粗挽きにしたコーヒー豆をばさばさと入れ、何故かナイフでかき混ぜてからカップに並々と注ぎ、そのコーヒーを手持ちのバケツに捨てた。
全員「あっ」
藤岡「最初の1杯は捨てるんだねぇ」
なぜ捨てるのかという説明がないまま藤岡さんはあらためてカップにコーヒーを注ぎ、部屋中がコーヒーの薫りに包まれた。
藤岡「さ、君も飲みたまえ。この香り、ワイルドコーヒーそのものなんだねぇ」
バッカウケスは衛生面を気にしてか、カップを受け取るのに躊躇していたがおれが折角だから頂きなさいと促すとおとなしく受け取った。藤岡さんは自分のカップに向かって片手を立てて感謝の意を示した。
藤岡「いやぁ今日も美味しくなってくれてありがとう。美味しいコーヒーに感謝だ」
さすが男・藤岡弘、。コーヒーに感謝するという発想が既にかっこいい。さっそくバッカウケスも真似してコーヒーに謝意を述べている。
永瀬「この人って若い頃からこんな感じだったんだっけ?」
ミキオ「しっ。藤岡さんに失礼だろ」
藤岡「あっはっはっは、いやぁ参ったねぇ。そろそろいいかな? 僕はこのあと『日本沈没(1973年、東宝映画)』の撮影があるんでね。じゃ君、がんばりたまえよ。人生とは挑戦、冒険の連続。だから発見することも多いんだねぇ」
そう言い残して藤岡さんは消えていった。召喚魔法のタイムリミットは5分間なのだ。召喚した人の人生の時間を借りるわけで、たとえ5分間と言えど来て頂いて有り難いし申し訳ない。おれも召喚士稼業が身についてからはそういう考え方になってきた。
バッカウケス「こっこここれが異世界の男前か…!」
バッカウケスは藤岡さんのあまりの男前ぶりに圧倒され、手に持つコーヒーカップがカチャカチャと震え中身が盛大にこぼれていた。
ミキオ「お前ごときではとても藤岡さんの足元にも及ばないが、彼のコーヒーを飲んで真の男前というものの片鱗に触れることはできたろう。いい勉強になったな」
ザザ「いい男だったな、イチカ!」
永瀬「そお? いろいろ濃すぎじゃない?」
藤岡式コーヒーの鮮烈な薫りを会議室に残しつつ、バッカウケスの男修行は次回へ続く。