第117話 ロシアVSハイエストサモナー(第四部・完結編)
たまの里帰りで東京に来たおれは、串田総理大臣から直々にロシアの対日工作機関“ヴイイ”の始末を頼まれ、千葉にある陸自の別班分署で情報を得ていた。だが既にこの建物はヴイイの特殊部隊に包囲されており、指揮官であるアパッシュ教授から日本を狙った最新型コロナウイルスの存在が明かされた。ワクチンを受け取りロシアに付くか、敵対するか、おれは判断を迫られていた。
巌おじ、冬馬静音刑事、別班関東分署チーム、ヴイイ特殊部隊、その全員が見つめるなか、おれはつかつかとアパッシュの元に歩み寄って行った。
アパッシュ「クヒヒヒヒ、賢明な選択をしたようだね。ようこそロシアへ! Добро пожаловать в Россию!」
握手を求め右手を差し出すアパッシュ。だがおれはゼウスから与えられた神の膂力でその右手を思いっきり握り締めてやった。
バギバギバギッ!
アパッシュ「あひいいいっ!!!」
アパッシュは怪鳥の鳴き声のような悲鳴を発した。凄い音がしたのでおそらく粉砕骨折してるだろう。おれは暴力は嫌いだが、そのくらい腹が立ったのだから仕方がない。
アパッシュ「…何をする! 今の説明を聞いていたのかね! どういう状況かわかっていないのか?」
潰れた右手をおさえながら焦るアパッシュ教授に対峙しつつおれは胸のポケットから赤のサモンカードを取り出した。
ミキオ「エル・ビドォ・シン・レグレム…我が意に応えここに出でよ、汝、日本にいるCOVID-X14ウイルス感染者全員のCOVID-X14ウイルスすべて!」
ぶおおおうっ!!!! サモンカードの魔法陣から巨大な紫色の炎が噴き上がり、空中にアドバルーンのような超巨大な光球が出現した。これがいま日本に巣食っているパンデミック直前のCOVID-X14ウイルスすべてなのだ。危なかった。もう少しタイミングが遅れていたら日本人全員が感染していただろう。
アパッシュ「な…な…な…?!!?」
ミキオ「マジックボックスオープン」
おれは人差し指で空中に巨大な円を描き、ウイルスのすべてをその円の中に入れた。日本国内では既に10万人ほど感染していたようで、おれのMPは大量召喚により消費し一気に3分の1以下になった。
ミキオ「この内部は無明空間という特殊な空間になっている。ここには時間が存在しないためウイルスの活動は停止する。おれが解放しなければ未来永劫この空間から出てこれない。これでこの日本にはお前の作った新型コロナウイルスの感染者はいなくなった」
アパッシュ「…ふ、く、ふぬっ!」
ミキオ「お前の野望はこれで潰えたが、日本国全体を危機に陥れようとしたお前をこのままにしておくわけにはいかない。外交特権とやらで逃がす筈も無い」
アパッシュ「お、覚えておれ!」
浅ましくも走って逃げ出すアパッシュ。この最上級召喚士から人間の脚力で逃げおおせようというのか。大学の教授だというのになぜこんな理に合わない行動を取るのか理解しがたい。
巌「三樹夫、あいつは始末していいぞ。入国記録がないから密入国してきたペルソナ・ノン・グラータ(好ましからざる人物)だ。外交特権には当たらない」
おれは再びサモンカードを取り出して召喚呪文を詠唱した。
ミキオ「エル・ビドォ・シン・レグレム、我が意に応えここに出でよ、汝、アパッシュことグレゴリー・レフチェンコ」
アパッシュ「ふ、ふぬっ!!」
カードの魔法陣から紫色の炎とともにアパッシュが出現する。
ミキオ「今の召喚で返還先を『不明』と入力しておいた。5分後に召喚魔法が切れたら返還先不明となり、お前はこの宇宙が終焉するまで時空の狭間をあてもなく彷徨うことになるだろう」
アパッシュ「ぐ、ぐぬぬ…」
観念したのだろうか、がくりと項垂れて座り込んだアパッシュから視線を外しおれはその背後のヴイイ隊員たちに向き直った。
ミキオ「ヴイイ隊員の君たちにも恨みは無いが、アパッシュの元で殺人術を学んだ君たちをこのまま放置はしておけない。エル・ビドォ・シン・レグレム、ここに出でよ、日本にいるすべてのヴイイ隊員の闘志、勇気そして兵士としてのスキル!」
再び紫炎が燃え上がり、中から大小いくつもの光球が浮き上がってきた。これは隊員たちの闘志や勇気、それに兵士としてのスキルを具象化したものなのだ。おれは迷わずそれらをすべてマジックボックスに捨てた。
ミキオ「我ながら甘い裁定だとは思うが、これでもう君たちは兵士やスパイとしては役に立たないわけだ。これからは穏やかに生きてくれ。解散!」
ヴイイ隊員A「Убегать(逃げろ)!」
ヴイイ隊員B「Это монстр(化物だ)!」
闘志や勇気を失い、小学生のように恐怖心を剥き出しにしたヴイイ隊員たちがすべて退散した頃、召喚魔法のタイムアップとなったアパッシュ教授の体が透明化し、やがて消えていった。返還先不明の身となってこれからは時空の狭間を亡霊のように彷徨うことになるだろう。これまで何人の人間を殺めてきたのかわからないアパッシュへの断罪としては妥当だと思う。
ミキオ「鵺のみんな、おつかれさま。予告通り19時までに終わらせたぞ。1時間余ったけどな」
山形隊長「恐れ入った。本当に君という男には敬服した。君さえ日本にいれば本当の意味での戦後が終わるな」
この山形という隊長はなかなかだな、ひとが帰ろうかと言うタイミングで剣呑なことを言う。
ミキオ「まあそういうのは責任もって日本人がやってくれ。おれはもうこっちの人間じゃない」
巌「さて、と…まだ時間がある、官邸へ行って総理に報告でもしてくるか?」
ミキオ「いや、もう遅いし、それは明日巌おじがやっといてよ。それよりさ、腹減ったから実家に行かない? 母さんに焼きうどん作ってもらおう」
巌「出た、姉貴の焼きうどん。ソース味なのに刻み海苔がかかってるんだよな。じゃその前に神保町のたい焼き屋に寄ってくれ。土産にしよう」
冬馬「あっあの!」
おれたちが別班と別れ、アンチサモンカードを取り出して逆召喚で清瀬の実家に転移しようとしたその時に背後から冬馬刑事に呼び止められた。
巌「おーすまんすまん。静音、任務も終わったし今日はこれで直帰でいいぞ。おれはこいつに送ってもらうから」
冬馬「あの、三樹夫さん、なんなんですか? 凄くないですか?! 総理大臣を手玉にとって、新型コロナウイルスから日本を救って、ロシアの対日工作機関をあっさりと壊滅させて、なのに焼きうどん食べたいとか普通の顔して言っちゃって、何が何だかわたしもう頭がパンクしそうで…明日から普通に日常生活やってく自信がないです!」
ミキオ「うーん…」
巌「三樹夫、何か言ってやれ」
巌おじ、それに空中の妖精クロロンはなぜかニヤニヤしている。
ミキオ「おれはたまたま神の子として生まれただけだ。神の子には神の子の、君には君のやるべきことがある。明日もちゃんと出勤しなよ」
冬馬「か、かっこいい…!」
背後に冬馬刑事からの恋の視線を浴びながらおれと巌おじは清瀬市の実家に逆召喚していった。