第115話 ロシアVSハイエストサモナー(第二部)
たまの里帰りでおれが東京に来ると、立ち寄った牛丼屋の店内で私服警官たちに囲まれ任意同行させられた。向かった先はなんと首相官邸。おれはそこで串田総理大臣から直々にロシアの対日工作機関“ヴイイ”の始末を頼まれるのだった。
おれと巌おじが官邸をでると、既に迎えの車が来ていた。黒のハイエースだ。運転席から降りてきてビシッと敬礼してきたのは紺のスカートスーツの若い女性だ。おそらくおれと同年代、茶髪のショートカットで目付きが鋭い。
冬馬「警視庁公安部の冬馬静音警部補です。どうぞお乗り下さい」
巌「俺の部下だ。大きな声じゃ言えないがこいつも内調(内閣調査室=日本の諜報機関)に出向しててな」
なるほどそれっぽい雰囲気だ。慣れてくるとわかるが、諜報員てのはどいつもこいつも野生動物みたいな眼をしている。
ミキオ「どこまで行くの」
冬馬「千葉の柏ですが…」
ミキオ「ここから車で1時間以上か。時間の無駄だな。逆召喚で行こう」
冬馬「え?」
巌「…そ、そっか、お前そんな事もできるんだったな…」
ミキオ「細かい番地教えて」
おれが逆召喚の呪文を詠唱し、冬馬刑事から渡された住所のメモを読み上げると、青のアンチサモンカードから黄色い炎が噴き上がり、とどこおりなく目的の場所に転移した。
冬馬「え? あ? え?」
巌「うお、これもう柏なのか、とんでもねえな」
冬馬刑事は逆召喚魔法が信じられないのか、辺りをキョロキョロ見渡している。転移した場所は柏といってもごく田舎、水田があるような土地だ。巌おじは少し歩いて『澤田工務店』という看板のある古びた建物に向かって行き、入り口の前でためらわずにそっと警察手帳を出して扉の取っ手に当てると、電子ロックが認証し解錠した。この古い引き戸の扉にそんなメカニズムが内蔵されているのか。
巌「入るぞ」
部屋の中は事務所兼作業員の休憩室といった感じか。畳の小上がりにいる作業服を着た男4人と、デスクでパソコンを使っている事務の女性ひとりが一斉にこっちを見た。どう見ても格好は土木関係者そのものだが、眼光だけが異常に鋭い。
巌「内閣調査室、辻村巌警視正だ」
えっ巌おじって警視正なのか。確か上から4番目、まあまあ大きい警察署の署長クラスじゃなかったか。相当出世してるな。
冬馬「同じく、冬馬静音警部補です」
ミキオ「一般市民の辻村三樹夫だ」
おれが名乗った瞬間に彼らの眼は一斉におれに向けられた。
隊員A「ツジムラミキオ?!」
隊員B「例の“ハイエストサモナー”か」
その二つ名を知っているということはスパイ業界の人間か。なるほど一見土木作業員さんにしか見えないが、こうして見ると目付きが諜報員そのものだ。彼らからしたら警視正なんていう上級職よりもハイエストサモナーの方が興味があるらしい。
山形隊長「光栄だ、よく来てくれた。ここは陸上自衛隊情報部別班関東分署、通称“鵺”だ。私は隊長の山形。階級は一佐だ」
おお、別班か。実在するとは聞いていたが本当にあるんだな。すると彼らは自衛官で諜報員というわけか。よく偽装したものだ。山形と名乗った隊長はおそらく50代、グレーヘアでがっしりした体格のひときわ眼光鋭い人物だ。一佐とは佐官のトップだからこれより上は将軍しかいない。陸自がいかに重要視している部隊かわかる。しかしこっちはこっちで鵺とは。敵対する組織同士が正体不明の幻獣を名乗ってるわけか。
巌「よろしく。さっそくだがロシアの対日工作機関ヴイイの情報が欲しい。何しろ時間がなくてな、うちの甥っ子が夕方までに終わらせたいと言ってる」
山形隊長「終わらせるとは?」
ミキオ「ヴイイを壊滅させるということだ」
一斉に爆笑する隊員たち。
隊員A「あり得ねえ! 俺たちが何年追ってると思ってんだ」
隊員B「隊長、いくら何でもそいつぁ俺たちに対する侮辱ですぜ」
隊員C「ハイエストサモナーだか何だか知らねえが、たった1日でヴイイを壊滅させられたら俺たちの立つ瀬がねえ」
まあ普通はそういう反応になるだろうな。しかし仮にも自衛官だというのに野卑な連中だな。おれは黙って懐から赤のサモンカードを取り出した。
ミキオ「ここに銃はあるんだよな?」
山形隊長「? もちろんだ」
ミキオ「じゃとりあえずいま日本にいるヴイイのメンバーのうち名前がわかってる者をひとり挙げてくれ」
隊員たちが何を始めるんだという顔で見ている。
女性隊員「ひとりを、と言われたらこの男だろうね。我々がいちばん手を焼いているアレクセイ・ブリャーコフ駐在武官。仲間を何人もやられてる」
おれはタブレットの画像を見せられた。なるほど、凶悪そうな顔をしている。
ミキオ「詠唱略、ここに出でよ、アレクセイ・ブリャーコフ」
巌「おっおい!!」
おれのカードの魔法陣から紫色の炎が噴き上がり、中から金髪坊主頭の30代くらいのロシア軍人が出現した。
ブリャーコフ「Что?(何だ?) Что случилось?(何が起きた??)」
さすがは自衛隊別班、おれの召喚魔法に驚愕しつつもすぐにブリャーコフに銃口を突きつけ、後ろ手に手錠をかけて拘束した。
巌「いきなり呼ぶな、お前!」
山形隊長「こ、これは…」
いきなり召喚されて虚が来ていたブリャーコフだが、日本語話者ばかりなのでここが日本政府の諜報機関だと気付いたのだろう、威儀を繕って日本語で抗議し始めた。
ブリャーコフ「ここはどこダ! 私はロシア政府から正式に任命された正規の駐在武官ダゾ! 外交ルートを通じて抗議スル! 早く私を解放しなサイ!」
ミキオ「こいつに何人もの仲間のエージェントがやられてるんだよな?」
隊員A「あ、ああ」
ミキオ「じゃ遠慮はいらないな。詠唱略、ここに出でよ、こいつの記憶30年分」
赤のサモンカードから紫色の炎が噴き上がり、中から光球が出現した。これはブリャーコフの記憶30年分を具象化したものなのだ。人生分の記憶を召喚されたブリャーコフは一瞬で顔の険が取れ、体躯はそのままに赤子のように純真無垢な表情となった。おれは迷わずマジックボックスを開き、そこに光球を投げ捨てた。
ブリャーコフ「ばぶー」
ミキオ「過去30年間の記憶を失い、こいつは幼児期の人格に逆戻りした。ロシア大使館に送りつけて人生やり直して貰おう」
隊員たちは唖然としている。まあおれの最上級召喚魔法を地球人が目の当たりにすればそうなるだろう。
山形隊長「…こ、これがハイエストサモナー…!」
冬馬「…でも、こんなことが可能なら『ヴイイ関係者全員の命を』と言えばいいのでは…」
サラッと恐ろしいことを言うなこの女刑事は。内調も仲間をヴイイにやられているからこんな殺伐とした物言いになるのか。
ミキオ「まあそれも可能だがおれは死神ではない。殺人はなるべく避けたい。それに関係者と言っても機関への関わり方にはグラデーションがあるだろう。関係者全員なんて言ったら大使館員全員の命を奪うことになりそうだ」
巌「そうだな。いきなり外交官が大量に死んだら間違いなく外交問題になる。要はヴイイが機能しなくなりゃあいいんだ」
ミキオ「なら頭を潰せばいい。指揮系統が崩壊すれば組織は成り立たなくなる」
山形「ふむ、ヴイイの最高指揮官はサバロフ副大使ともヤコブレフ領事とも言われている」
巌「ダメだ! そのクラスの外交官をやっちまったらいろいろ腹を探られる」
冬馬「ではどうすれば…」
その時、おれのこめかみ辺りに軽い電撃のようなものが走った。これはおれの神与特性のひとつ、危機察知センサーでありおれへの危機を知らせるアラートなのだ。おれはおれの横に浮かんでいる空中の妖精に尋ねた。
ミキオ「妖精、何が起きた」
冬馬「え?」
クロロン「ここから500m、60人の特殊部隊が近付いてるね。全員コートの中は銃器で武装してるよ」
ミキオ「60人だと? 」
巌「三樹夫、誰と会話している?」
妖精クロロンはこの宇宙のことをなんでもよく知っている便利な検索エンジンだが、おれ以外には見えないのだ。おれの脳にインストールされた神のアプリみたいなものかもしれない。
ミキオ「みんな、よく聞いてくれ。この建物目指して特殊部隊が近付いてる。60人だそうだ」
冬馬「特殊部隊?!」
巌「ち、ここに三樹夫が入るところを見られたか」
隊員A「60人て、1個小隊規模じゃねえか!」
女性隊員「間違いないよ! カメラでも確認できる。外国人だ」
“鵺”の女性隊員がモニターを見ながら言う。
巌「ヴイイだろうな。どうやらここは常時監視されていたらしい。田舎とは言え白昼堂々特殊部隊を送り込むとは大胆な」
冬馬「もうなりふり構わず三樹夫さんを攫いたいってことですか」
山形隊長「総員、戦闘態勢! 野郎ども、気合を入れろ! 命をかけてこのハイエストサモナーを守るぞ!!」
隊員たち「おう!」