第114話 ロシアVSハイエストサモナー(第一部)
異世界113日め。今日は休日の光曜日ということで朝からおれと、うちの事務所の共同経営者ヒッシーこと菱川悠平、それに秘書の永瀬一香の日本人組3人で日本の東京、西武池袋線清瀬駅前に“逆召喚”で来ていた。二人とも異世界ガターニアに来て2ヶ月以上経っており、そろそろ日本が恋しかろうというわけで1日だけ里帰りしてもらうことにしたのだ。
ヒッシー「久しぶりの日本だニャ~」
永瀬「うわ! LINEの未読こんなに溜まってる!」
永瀬はさっそく携帯をチェックしている。ガターニアじゃ使えないんだからさっさと解約してしまえばいいのに。
ミキオ「じゃ19時になったらおれは王都フルマティに戻ってふたりを召喚するから、それまで自由時間てことで」
ヒッシー「わかったニャ」
永瀬「おつかれさま」
駅前でふたりを見送り、おれは思案した。さてどうしようかな。まずはどこかで朝食、そして買い出しして終わったら実家だ。母さんに連絡しとかなきゃな…などと考えつつ、近くの牛丼屋に入った。おれは券売機にクレカを読み込ませ“豚汁朝定食”の食券を買った。それも“選べる小鉢”は納豆だ。異世界ガターニアではおれがもたらした寿司や餃子があるが、どうも納豆だけは作れない。あの世界に納豆菌が存在しないのかもしれない。久しぶりに納豆が食える気持ちでテンション爆上がりだ。わずか500円でこの高揚感、おれはなんと安上がりな男だろう。うきうきしながらトレイを受け取り、席について喜んで納豆をかき混ぜていると、入り口から表情を強張らせたスーツ姿の男たちがどかどかと店内に入り、真っ直ぐにおれのテーブルにやってきた。
刑事A「辻村三樹夫さんですね。ちょっとご同行願います」
警察手帳を提示する先頭の男。私服だが警察官らしい。なんだなんだ、おれが何をしたと言うんだ。店内にいた客のサラリーマンたちは全員唖然としておれを見ている。
ミキオ「行く気はない。飯の邪魔しないでくれ」
刑事A「食事は後で提供しますので、どうか」
頼んでる立場なのに私服警官たちはまったく頭を下げない。まるで犯罪者扱いだ。警察官という人種はどうしてこうも高圧的なのか。
ミキオ「任意同行なんかに従う義務はない。店の迷惑になるからさっさと消えてくれ」
おれは納豆を白飯にかけ、その箸を振って私服警官たちを追い払う仕草をした。
刑事B「辻村さん、ご自身の立場わかってますか? 1分1秒でも早く移動しないと貴方に大変な危険が及ぶ可能性があるんですよ」
ミキオ「あのなぁ…」
わけのわからん因縁をつけられ飯の邪魔をされた怒りでおれは立ち上がり、私服警官たちを睨みつけた。この地球でどこの誰が神の子であるおれに危険をおよぼせるというのか。このまま神与特性のキングコングのような膂力で刑事たちを薙ぎ払ってしまおうか、いやそうなると公務執行妨害か、さすがに手配犯にはなりたくないな、どうしたものか…と3秒ほど考えていると、入り口からよく知った顔が入ってきた。おれの母親の弟つまり叔父でどうやら内閣調査室にいるらしい警察官の巌おじこと辻村巌だ。
巌「三樹夫、ごめんごめん! 飯の途中で悪いが、ちょっと同行してくれ! お前らも威嚇するな!」
一触即発の牛丼屋の店内で並み居る私服警官たちを叱りながら巌おじはこっちに向かってきた。どうやら巌おじは彼らにそんなことを言える立場らしい。出世したんだなぁ。
ミキオ「巌おじがそう言うなら別に行ってもいいんだけどさ。この人たちの態度がね」
そう言われて憮然とする私服警官たち。
巌「いや、わかるわかる! わかるがこいつらは職務上仕方がないんだ! とりあえず飯はあとで奢るから、な!」
おれはなだめられて強引にパトカーに乗せられ、回転灯を点けた状態で移動させられた。さすがに手錠は無かったが何か犯罪者になった気分で非常に不愉快だ。飯も食い損ねたし。
パトカーがどこに行くのかと思っていたがなんと永田町の首相官邸にまで連れて来られた。まさかとは思ったが本当に5階の内閣総理大臣執務室に通された。ええ、首相がおれになんの用だ? 戸惑いながらも巌おじに促され室内に入ると、当たり前だが普通に首相が座っていた。現在の日本国内閣総理大臣・串田國男氏である。横には確か官房長官のおじさんも立っている。
総理「辻村三樹夫君、よく来てくれました」
なんと串田総理は立ち上がり、深々とおれに頭を下げた。ガターニアでは王国の伯爵かもしれないが日本では大学院を辞めた無職の若者でしかないおれに。
ミキオ「ちょっと状況が飲み込めないのだが…」
官房長官「ま、ま、追って説明しますので、まずはおかけください」
おれが高そうな革張りのソファーに座るとすぐにお茶とうな重が出てきた。妙に待遇がいいが、納豆飯の方が良かったな。そう思ったが空腹が限界に達していたのでおれはうな重に箸をつけた。首相官邸で総理大臣の前でうな重を食べているこの光景、インスタにあげたらバズりそうだな。
巌「食いながら聞いてくれ。さすがに自覚はあると思うが、お前はこの世界の軍事バランスをたった一人で変える存在だ」
その通りだ。おれの召喚能力をもってすれば今この場に敵対国の大統領でも国家主席でも召喚することができる。この召喚能力にはガターニアではいくつかの制限(相手が魔法障壁を張っている場合など)があるが、魔導師の存在しないここ地球ではほぼ無制限だ。面倒なら相手の心臓だけ部分召喚すれば独裁者の排除完了だ。また敵対国の兵士全員の知性を奪えば軍隊自体を無力化することができる。逆召喚を使えば地球上のどの軍事施設にも入り込めるし、マジックボックスを使えば核ミサイルでも大陸間弾道ミサイルでも何万本も収納し無効化できる。巌おじに言われるまでもなくその程度の自覚はある。
ミキオ「それが何か? まさか、日本がおれを軍事利用したいと?」
おれはうな重を食いながら串田首相を睨みつけた。
総理「いや、滅相もない! 我が国は憲法にて自衛以外の戦力の放棄を謳っておりますので」
この首相、ダメだなぁ。君を軍事利用したい、くらい言った方が逆に信頼できるのに。支持率が低いわけだ。
巌「ハイエストサモナー辻村三樹夫の存在は今や例の“林鵬リポート”によって世界中のインテリジェンス(諜報機関)に知られている。噂ではロシアの対日工作機関VEE通称“ヴイイ”がお前を狙っているという話だ。お前ひとりいれば軍隊も核兵器も使わずに世界の覇権を握ることができるからな
林鵬はかつておれが倒した中国のエージェントだ。能力を奪って放免してやったがおれの情報をダークウェヴで販売しやがったのだ。ヴイイという機関は初めて聞いたが、その名前はゲゲゲの鬼太郎にも登場する東スラブ地方の妖怪のことだ。吸血鬼であるとも土の精霊であるとも言われる。
官房長官「“ヴイイ”は近年非常に活発化しています。日本国内に秘密警察を設置しているという話もある。なので君のお母上やおじい様にはこっそりとSPを付けています。人質に取られたら大変なのでね」
ミキオ「だから牛丼屋の券売機からおれのカード使用情報を入手し、おれを捜索したのか」
官房長官「い、いや! そんなことは!」
やってるに決まってる。でなけりゃタイミングが良すぎる。今後はクレカは使えないな。おれはそう考えながらうな重をたいらげ、空の重箱に箸を置いた。
ミキオ「ごちそうさま。要するにだ、その対日工作機関を始末して欲しいと、こういうわけだな」
総理「いや、まあ、その…」
官房長官「いま日本にいるスパイのほとんどは表向き外交特権というもので守られている外交官です。ウィーン条約によって外交官やその家族らが派遣先の国内法に違反しても逮捕はできないことになっています。外交官を逮捕したり処刑したりすれば戦争事由になる」
ミキオ「日本はスパイに荒らされまくりなのにこっちからは何もできないとは。日本は素晴らしい国だが、こういうところはまるでダメだな」
巌「三樹夫、言葉が過ぎるぞ」
ミキオ「まあ、だから日本政府は表だっては動けないってことだろ。よくわかった。母さんと爺ちゃんを守ってもらっているのも事実のようだし、おれも家族や友人らが住むこの国を荒らされたくないという気持ちはある。その“ヴイイ”とかいう工作機関、おれが叩き潰そう」
総理「おお、やってくれますか!」
ミキオ「ただし条件がある。あんたの任期の間、あらゆる税金を1円たりとも増税しないこと。その条件が守れるならやろう」
総理「そ、それは…」
官房長官「辻村君、我々とて増税したくてしてるわけじゃないんだ、増大する社会保障費や安全保障費を鑑みて…」
ミキオ「できないならこのまま帰る。そんなに無理強いをしてるわけでもないと思うがな」
総理「…わかりました、約束しましょう。私の任期中、いかなる税金と言えど1円も増税いたしますまい」
官房長官「よろしいんですか、総理?!」
総理「これまでロシアに費やしてきた膨大な安全保障費のことを考えれば安いものです」
ミキオ「結構だ。おれは19時に予定があるからそれまでに終わらせよう」
官房長官「い、1日でロシアの対日工作機関を壊滅させるというのですか…」
総理「恐ろしい、と同時に頼もしい。君が日本人で良かった」
戦慄しつつ安堵する串田首相。横にいる巌おじがおれを肘で小突いて小声で言ってきた。
巌「増税の件な、よく言ったぞ」