第109話 下剋上!異世界アイドル戦国時代(第一部)
異世界105日め。今日は朝から芸能事務所クロッサープロの社長であるクロッサー・チャマーメ氏がうちの事務所に来ている。氏は我々がこっちの世界でプロデュースしたアイドル“イセカイ☆ベリーキュート”のマネージャーであり、そのイセキューが大ブレイクした今も社長兼マネージャーとして現場に出ているのだ。
ミキオ「久しぶりだ。イセキューのセカンドシングルも好調なようで」
クロッサー「いやいや! イセキューがここまで売れたのもミキオ先生、ヒッシー先生のおかげです! 3rd.シングルの際にもよろしくお願い致します!」
ヒッシー「対バンライブの時は大変だったニャ〜」
2ヶ月ほど前、イセキュー元メンバーのマルコがイセキュー憎しで父親の広告代理店社長にねだって作ってもらった“黄金令嬢”という変なアイドルグループと対バンライブをやる羽目になったことがあった。ヒッシーはそのことを言っているのだ。
クロッサー「先生方、ご存知ありませんか。今は黄金令嬢どころじゃないですよ。イセキューが爆売れしたために後追いのアイドルグループが乱立してるんです。今やこのガターニアは“アイドル戦国時代”に突入したんですよ」
おお、おれが大邪神と戦ったりプリキュア鑑賞会をやってる間にそんなことになっていたのか。
ヒッシー「へー、そうなんだニャ」
ミキオ「まあシーン全体の盛り上がりは悪いことじゃない。日本でもAKB48が社会現象になった頃は似たようなアイドルグループが乱立していたからな」
ヒッシー「2010年頃はももいろクローバー、アイドリング!!!、フェアリーズ、さくら学院、PASSPO☆、東京女子流、いろんなアイドルが群雄割拠していたニャ」
クロッサー「ここガターニアにも既にいくつかのアイドルグループが参戦しています。まず西方大陸にはあの大スター、トッツィー・オブラーゲ氏がプロデュースする“まつぼっくり”」
ヒッシー「ダッサいネーミングだニャ」
ミキオ「あのオッサンらしい」
クロッサー「そして南方大陸にはなんと、クインシー女王が自らプロデュースする“マジェスティーQ”」
ヒッシー「おー、ちょっとカッコイイ」
ミキオ「あの女、そんなことを…」
クロッサー「さらにこの中央大陸には人気急上昇の“ゆめ味シトロン”や謎のプロデューサー、マックスM氏による“PGG”などがあります。いずれも既に多くのファンを掴んでおり、まさに群雄割拠」
ヒッシー「おおー」
クロッサー「そんなわけでですね、今週末の光曜日に三大大陸アイドル大集合フェスというものが開催されるんです。イセキューはもとより、今挙げたグループも全て参戦するとのことです。こうなると我らがイセカイ☆ベリーキュートも安泰ではありませんよ!」
ミキオ「話はわかった。クロッサー氏、イセキュー2期生オーディションの件はどこまで進んでるんだっけ」
クロッサー「書類審査がようやく終わったところです」
ミキオ「じゃそれを今週中に面接審査して決めて、そのフェスで研究生としてお披露目しよう」
クロッサー「え! そそそそれは、あまりに時間が…」
ミキオ「だから早急にやろう。大丈夫、ステージでは顔見せするだけだからレッスンは必要ない」
ヒッシー「三大大陸アイドルフェス、2期生発表という大花火をぶち上げるには格好の舞台だニャ。やる価値はあるニャ」
クロッサー「わ、わかりました。さすがは両先生、一気呵成ですね。ではこれからすぐに応募者に鳩を飛ばしまして明日にでも弊社会議室で面接審査としましょう。両先生、臨席お願いしますよ」
ミキオ「ああ」
ヒッシー「よろしくだニャ」
話がまとまるとクロッサー氏はカバンに書類を詰めて慌ただしく帰っていった。秘書の永瀬はこれでまた明日の予定が狂っちゃうじゃないという顔をしている。おれも明日はアイドルオーディションの審査員か、人生初の経験だな。楽しみだ。
翌日、おれたちは王都内にあるクロッサープロ所有のレッスンスタジオに来ていた。ここで我らがアイドル“イセカイ☆ベリーキュート”の第2期メンバーの最終オーディションを行なうのだ。審査員はおれ、大学時代の同期生で召喚士事務所の共同経営者であるヒッシーこと菱川悠平、イセキューのシングル曲を全て手掛けた天才作曲家ジューゼン・ナッス先生、イセキューのリーダーであるチズルの4人だ。
ミキオ「1期生の時はルックスとコネで選んだようだが、今回はガチで総合力の高い子を取って行こう」
ヒッシー「コネで取ったのは大失敗だったからニャ〜」
ナッス「はは、いろんなことがありましたね」
ジューゼン・ナッス先生、細身で枝みたいな体型だが実にダンディーで物腰柔らかい。若い頃はバンドのキーボード奏者で出役だったらしいが今も男の色気がある。
クロッサー「応募者は1500人余り、うち書類審査と1次選考を通過したのは32人です。先生方とチズルにはこの全員を審査して4〜5人に絞って頂きます。では1番の方、入ってください」
スタジオのドアが開き、若い女性が入ってくる。アイドルというには年齢がやや上な気がするが、妙にスタイルがいい。本人もそこを売りにしているのか胸元がざっくり開いて体の線を強調した服を着ている。
キーラ「1番、キーラ・カーン。22歳。スワロウ国ヨシュダ出身。アピールポイントはこのプロポーションです!」
確かに凄いスタイルだ。日本ならそこそこのグラビアアイドルになれそうだぞ。何せグラビアアイドルならそんなに可愛くなくても、いやむしろそんなに可愛くない方がスタイルの良さが際立っていいみたいな風潮すらあるからな。
ヒッシー「厳しい世界だと思うけど、やってく自身はあるニャ?」
キーラ「はい! わたし枕とか全然大丈夫なんで」
あっこれはダメだな。後で絶対面倒事起こすタイプだ。やる気が変な方向に空回りしてる。横にいるイセキューリーダーのチズルなどは露骨に嫌そうな顔をしていた。
ナッス「君、若いのにそんな悪い言葉使わない方がいいよ」
キーラ「いやでもわたし全然そういうの行けますんで! お酒の席も好きなんでいつでも呼んでくださいね! これ連絡先です!」
キーラとかいう子はそう言いながら住所が書かれた伝書鳩用の名刺を次々におれたちのテーブルに置いていった。
ミキオ「はい、はい、ありがとう。もう大丈夫です。結果は後でお知らせするんで楽屋で待っててください」
1番のやる気空回りの子は退出した。何だあれは。本気であんなことを思っているのか。そうでなくてもこのガターニアは瓦版屋のパパラッチがうるさい世界なのに、枕で仕事取ってくる奴なんてトラブルの種になるだけだ。当然ながらおれは採点表にバツを付けた。他の審査員も同様のようだ。1番からこれでは先が思いやられるな…と内心不安になりつつ、次回へ続く。