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第107話 異世界がっかり観光名所(前編)

 異世界96日め。今日は朝から女子高生が事務所に来ている。おれが領主を務めるコストー地方ヤシュロダ村の村長の娘で巫女のサラ・ダホップだ。事前に連絡(鳩)があったのでわざわざ日本から銀座コージーコーナーの銀座プリンを買って用意しておいた。


サラ「ここの事務所お客けーへんな〜。ミキオ先生暇なん〜?」


ミキオ「全然暇じゃない。この時間はお前が来るって言うから空けといたんだ。大した用がないならプリン食って帰れ」


 どうもこいつとは波長が合わない。独特のペースで生きている子だ。


サラ「用事ありますよ〜。うちのお爺ちゃんが村の観光資源が無いから、観光客が来るようご領主さんに相談しといでて言うて〜」


ミキオ「ヤシュロダ村の観光資源、か」


 思えばヤシュロダ村を領地として知行してもらって以来、おれはまだあの村に足を踏み入れていない。仕事の依頼というより領主として何かせねばな。しばし考えていると、横から秘書の永瀬一香が助言してきた。


永瀬「同じツジムラ伯爵領のマギ地方ウルッシャマー村は伯爵が日本から伝えた餃子が大人気です。最近は冷凍魔法による冷凍餃子のおとりよせがウケているとか」


サラ「それや〜、うちらもそういうのがいいです〜」


ミキオ「なるほど、じゃやっぱ食い物かな」


 おれが思案していると事務所のドアが音をたてて開き、そのドアよりでかい身長2m超えの大女が入ってきた。アマゾネスのガギ・ノッターニャだ。


ガギ「オッス! 元気か召喚士の旦那! これ土産だ、食ってくんな!」


 そう言いながらガギがデスクの上に置いたのは手足を縛られた河童だった。嘴に猿ぐつわを嵌められて声は出せないがまだ生きているようだ。こっちに向けた悲しげな目には涙を浮かべている。


ガギ「旦那は海鮮が好きだって聞いたから持ってきたんだ、旨そうだろ? 鮮度がいいから刺し身もいけるぜ!」


ヒッシー「ひ、ひいっ!!」


永瀬「無理無理無理無理無理!!!!」


ミキオ「お前なぁ、これを海鮮とは言わないぞ!」


永瀬「こ、この子を食べるんですか!?」


ザザ「以前こいつに連れられてアマゾネスの村に行った時は弁当持参かって言われたんだぜ」


永瀬「うーん…」


ヒッシー「永瀬にゃんが失神したニャ!」


サラ「蛮族やなぁ〜」


ミキオ「とにかくみんな一旦落ち着こう。全員座れ。コーヒー飲もう」


 秘書の永瀬がぶっ倒れたのでおれが人数分のスティックコーヒーを淹れた。可哀想な河童はマジックボックスに片付けた。おれがあとで責任持って元の住処に戻しておく。河童食がアマゾネスの文化だと言われても知らん。


ガギ「うめえ、プリンうめえ!」


ミキオ「…で、ガギ、要件は」


ガギ「おう、族長が言うんだよ。これからの時代は狩って食ってばかりじゃダメだ、アマゾネス集落にも観光客を入れて観光収入を得なきゃならねえってな。だから召喚士のセンセんとこ行って異世界ではその辺どうなってるのか聞いてこいって」


 ガギが生まれたガモ国にあるアマゾネス集落は最近新しい族長が就いたのだが、この新族長がちゃんとした教育を受けた開明的な人物なのだ。このまま原始的な狩猟採集生活を続けていても種族の繁栄は無いと判断したのだろう。


サラ「ほんならうちと同じやなぁ〜」


ガギ「あん? お前も観光の相談に来たのか」


 このふたりはかつて異世界漫才大賞で“野蛮清楚”というコンビ名で優勝しており旧知の仲だ。


ミキオ「話はわかった。連合王国コストー地方ヤシュロダ村とガモ国アマゾネス集落、まとめて面倒みよう。要はお前たちふたり連れて日本の観光地を見学してくればいいわけだ。その上で各自何かを吸収し、村に持ち帰ればいい」


ガギ「おう、頼むぜ」


サラ「お世話になります〜」


永瀬「伯爵、わたしが日本の観光名所をリストアップしましょうか? 以前は外資系企業で旅行先リサーチの仕事もしてましたんで」


 いや、いま『外資系企業』って情報入れてくる必要あったか? この女はどうしてこう小刻みにマウント入れてくるのか。


ミキオ「日本の観光名所なら既におれの頭の中に入ってるから大丈夫だ。おれは母子家庭で家族旅行する余裕なかったし、なまじ天才だったせいで高校大学大学院と勉強ばっかりしてたからな。観光旅行には憧れがあったんだ」


永瀬「そうですか」


ミキオ「よし、そうと決まれば行こう。永瀬も来てくれ」


永瀬「ええ…大丈夫かな…食べられたりしないよね…」


ガギ「大丈夫だ! ウチの部族は人肉は食わねーから」


 じゃ他の部族は食うのかと思ったが、まあそれは黙っておこう。


ミキオ「ベーア・ゼア・ガレマ・ザルド・レウ・ベアタム、我ら4人、意の侭にそこに顕現せよ、北海道札幌市中央区、時計台!」




 おれと秘書の永瀬、巫女のサラ、アマゾネスのガギの4人は日本の札幌市の市街地に“逆召喚”した。観光名所として知ってはいるがおれは北海道自体初めてだ。日本はもう5月にもなろうかというのに寒風が吹き、まだ道端に雪が残っている。地方都市にヒョウ柄ビキニアーマーを装備した2m超えのアマゾネスは非常に目立ち、通行人たちがじろじろ見ている。


ミキオ「日本の観光名所と言えばこれ、日本が誇る“札幌の時計台”だ。正式名称を旧札幌農学校演武場といい、北海道大学の前身となった札幌農学校の施設とのことだ」


サラ「…時計台、どこにあるん?」


ガギ「そんなもんねーぞ」


ミキオ「いや、そんな筈はない。ちゃんと指定して逆召喚したんだから…おかしいな、どこだ?」


 おれはあたりを見渡してみたがそれらしき建物はない。そんな馬鹿な。来たことはなくても写真は何度も見たことがあるし、かつて“時計台ラーメン”というラーメン屋にも行ったことがあるからビジュアルは知ってるぞ。


永瀬「あの…伯爵…目の前にある建物がそうです」


ミキオ「え?」


 永瀬が指差す方向を見ると確かにMNビルと札幌商工会議所ビルに挟まれた普通の2階建ての白い洋風館の上に時計が付いているが、さすがにアレのわけはないだろう。永瀬が冗談を言うとは珍しい。ちょうど道を歩いている札幌市民らしき高齢のご婦人がいたのでおれは呼び止めてみた。


ミキオ「すまない、おれたちは時計台を見に来たのだが、どこにあるのだろう」


おばちゃん「目の前にあるべさ」


 地元のご婦人はMNビルと札幌商工会議所ビルに挟まれた白い2階建ての建物を指差した。


ミキオ「え、これが? …この普通の時計の付いた普通の建物が世に名の知られた札幌の時計台なのか? 本当に?」


永瀬「本当です…」


ミキオ「え、いや、その…マジか…想定してたイメージの5分の1くらいの大きさしかないぞ」


ガギ「これが観光名所だってか? アマゾネス村の族長屋敷の方がでけぇぜ」


サラ「これをうちの村に建てても誰も観光にはけーへんやろな〜」


おばちゃん「なんだべ! おめぇたちアンチか!」


 地元のご婦人が表情を変えて怒り出した。


ミキオ「いやすいません、そんなつもりは」


永瀬「あのですね、時計台ってのは確かに見た目はあんまりアレなんですけど、北海道開拓の歴史の象徴で、なおかつ名門北海道大学ゆかりの歴史があって地元の人たちに愛されてるんです」


サラ「そーなんや〜」


ガギ「いや、うちらそれ知らねえからよ」


 地元のご婦人の顔が厳しいままなのでおれたちはそそくさと退散した。





永瀬「伯爵、今のはダメ。地元のおばさんに喧嘩売ってる感じでしたよ」


ミキオ「いや、そんなつもりはない。あまりにおれの中のイメージと違ったんでちょっとパニクっただけだ。なんかもっと札幌市内のビルの中に巨大な時計台がデーンと構えてるものかと…」


サラ「地元の人が大事にしてるんはようわかったけど、ほんまにあの時計を見に観光客が来てんの〜?」


ガギ「よっぽどニホンて他に見るもんねえんだな」


ミキオ「そんなことはない! 日本の観光地はまだいっぱいある! 次行くぞ!」


 何も知らんくせにアマゾネスが日本をディスりだしたのでおれは次の観光名所に向かうための青のアンチサモンカードを取り出した。次は度肝抜いてやる! と思いつつ次回へ続く。

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