第106話 限界! 劇場版プリキュア鑑賞会(後編)
変な掲示板に影響され夢と希望を失ったカッシャーザ国王太子ルマンドン。その姉弟のエリーザ、アルフォードは彼を救うため夢と希望にあふれた映画を観せて欲しいと召喚士事務所に依頼してきた。おれは大学時代の先輩“プリキュア軍曹”こと鰤木谷さんを彼らに紹介するのだった。
おれたちが鰤木谷先輩のシアタールームで観ていた『映画 プリキュアオールスターズDX3 未来にとどけ! 世界をつなぐ☆虹色の花』ではプリキュアたちが敵に敗れて変身を解除されるという悲愴なシーンに突入していた。もう一回だけ変身できるが、それには妖精たちと別れなければならないということだ。21人のプリキュアたちとその妖精が抱き合っておんおん泣いており、なかなか辛気臭い。何も全員泣かなくてもいいのに。
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響「ほんの少しだけど、わたしたちにはまだ前に進む力が残ってる! わたしたちで、ううん、わたしたちが何とかしないと!」
ゆり「…そうね、わたしたちにはまだ出来ることがあるわ」
えりか「そうだよ、前に進まなきゃ!」
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そうこうしてるうちに泣いていたプリキュアたちは立ち直り、妖精たちとの別れとブラックホールとの戦いを決意し立ち上がった。
アルフォード「どうしたのだルマンドン兄」
ルマンドン「いや、なぜか急に涙が溢れ出てきて…あきらめない力こそが強さなんだなぁって…」
ルマンドンがぐすぐす泣いている。意外とこの男、内面は乙女なのかもしれない。26歳の男の心をここまで揺さぶるとは、効果絶大じゃないか。
鰤木谷「君、見どころあるね! さあここからだよ、盛り上がっちゃうよ!」
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ハミィ「みんなー! ミラクルライトを使ってプリキュアに力を貸して欲しいニャー!」
妖精「プリキュアに力を!」
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鰤木谷「来たよ来たよ! さあミラクルライト振って! 思いっきり! プリキュアに力を! プリキュアに力をっっ!」
先輩が大木のようなごつい腕でなんちゃらライトを振っている。恥ずかしいが仕方ないのでおれたちも付き合った。
ミキオ「プリキュアに力をー(棒)」
永瀬・エリーザ・アルフォード「プリキュアに力をー(棒)」
ルマンドン「ぷ、プリキュアに、力をー!」
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プリキュア全員「力が…あふれてくる! みんな、ありがとうっ!」
キュアブラック「何があっても、私たちの心は暗闇に飲み込まれたりしない!」
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2回目の変身シーンはさすがに省略され一瞬で光に包まれ戦闘フォームへとチェンジした。先輩によるとキュアレインボーという劇場版限定の強化フォームとのことだが、まあよく見ればフリルが増えているかな…程度にしか見えない。
ここからまた各プリキュアたちの長い長い必殺技のバンクシーンが始まった。おれが観ていた90年代ロボットアニメでもそうだったが、変身や必殺技のバンクシーンというのは毎週使うため作画に手間をかけるのだが、画面が派手になる反面“尺稼ぎ”と思われかねない諸刃の剣だ。この映画でも必殺技のバンクは全員分がっつりフルサイズで使用された。好きな人間には大歓迎のワクワク展開だろうが、何しろ技名を叫んでドカンドカン発射して…を繰り返してるだけなので興味ない人間からしたら非常に飽きる場面だ。
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キュアブラック「みなぎる勇気!」
キュアホワイト「あふれる希望!」
シャイニールミナス「光り輝く絆と共に!」
ブラック・ホワイト「エキストリーム!」
シャイニールミナス「ルミナリオー!」
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ルマンドン「おお! なんという美しさ、力強さ! これがプリキュアのパワーか!」
アルフォード「技を1個出すのにこんな詩の朗読会みたいなことをやるんだな」
エリーザ「多いな! あと何組分あるんだ」
プリキュアたちの連続攻撃によってブラックホールは消滅し、世界に平和が戻った。妖精も普通に帰ってきた。映画は既にエンディングに差し掛かり、スタッフロールが流れている。
ルマンドン「良かった…本当に良かった…」
男泣きのルマンドン。どうやら彼にプリキュアを見せた効果はあったようだ。エリーザとアルフォードは初めて体験する長編ジャパニーズアニメの迫力に圧倒されたのかぐったりしてテーブルに伏せったり手を床について天井を仰いだりしている。永瀬は飽きたらしくスマホで星座占いをやっている。
鰤木谷「いやぁ何度見ても最高だね。というわけでこれで終わりだけど、どうだった? まずは率直な感想を聞こう」
ミキオ「何せ情報量が多過ぎて…全員の変身前と変身後の名前、人間関係、妖精との関係性、アイテム名、必殺技まで全部把握してたら脳の記憶容量相当食われそうだなと思いました」
永瀬「みんな可愛くて綺麗ですけど、ちょっと初見ではキャラクターの判別が難しかったです。人間もやっとなのに妖精は本当に見分けがつかない…」
エリーザ「全員脳に響くキンキン声で耳が疲れた」
アルフォード「色の洪水で目が疲れた」
ルマンドン「か、感動しましたっ! 美しくて、凛々しくて、そして強くて! 彼女らを見ていたら自分は何をやってたんだろうって思わされます! 勇気を貰いました!」
鰤木谷「君、いい感性持ってるね! じゃあ次の作品行こうか。“プリキュアオールスターズF”と言って、これは総勢77人のプリキュアが登場するんだ」
永瀬「え、今の人数の3倍強?!」
エリーザ「立ちくらみが…」
ミキオ「せ、先輩! 我々ちょっとその、時間がないんで」
ルマンドン「なら僕だけ居残って観ていたい。いいですか」
鰤木谷「もちろんだよ。オールスターズFの次は全編歌番組のような“プリキュアオールスターズ 春のカーニバル♪”とか、ミュージカルに挑戦した“プリキュアオールスターズ みんなで歌う♪奇跡の魔法!”を観よう。幻のプリキュア・キュアエコーが登場するオールスターズNew Stage3部作も素晴らしい。もちろんテレビシリーズも全部あるぞ」
ルマンドン「お願いしますっ!」
アルフォード「おお、ルマンドン兄のこんなに燃えている目を見るのは初めてだ」
ミキオ「あ、じゃあ我々はこれで…来週また迎えに来ます」
目論見通りプリキュアにハマった、いやハマり過ぎたかもしれない王太子ルマンドンを置いて我々はガターニアに還った。プリキュアも素晴らしい作品だとは思うが、不慣れな我々には劇場版のオールスターズは味が濃厚すぎる。神に与えられた肉体を持つおれでさえ何かやたら疲れた。
1週間後、再び松本市に来た我々が目にしたのは背筋も伸びてすっかり明るくなったルマンドン王太子だった。首からカードコミューンという初代プリキュアの変身アイテムをぶら下げ、まるでプリキュアたちのように目の中に星がキラキラ輝いている。
ルマンドン「よう! 久しぶり、姉上にアルフ!」
アルフォード「お。おう、兄上…」
エリーザ「臭いな、貴様風呂には入っていたのか?」
ルマンドン「いやぁそんな暇なかったよ姉上! 何しろほとんど寝ずにプリキュアを観ていたからね! テレビシリーズは初代の無印から“ひろがるスカイ”の最終回まで、映画も円盤が発売されてるのは全部観た! オトナプリキュアは怖くてまだ観れてないけどね!」
エリーザ「そ、そうですか…」
オトナプリキュアとは何なのか、なんでそれを観るのが怖いのかさっぱりわからないが、見ればルマンドンは来た時よりも痩せている。おそらくほとんど食事も摂らずプリキュアに熱中していたのだろう。おれたちが呆れているとルマンドンと鰤木谷先輩はやおらポーズを取って名乗り始めた。
鰤木谷「光の使者、キュアブラック!」
ルマンドン「光の使者、キュアホワイト!」
鰤木谷・ルマンドン「ふたりはプリキュア!」
ルマンドン「闇の力のしもべ達よ!」
鰤木谷「とっととおうちに帰りなさい!」
ミキオ「…」
おれたちの前で初代プリキュアの名乗りシークエンスを行うふたり。この完成度、きっと何度も練習したのだろう。ものすごい共感性羞恥の波がおれたちを襲うが、本人たちは満足げだ。
ルマンドン「…おお! ばっちり決まりましたね! センパイ!」
鰤木谷「卒業だなルマンドン、おめでとう!」
熱い握手を交わす両人。まあ、これが変な陰鬱系アニメにハマったとかなら大変だが、夢と希望にあふれたプリキュアなら問題ないだろう。もしかしたら彼は意外といい王様になるかもしれない。おれたちは鰤木谷先輩に重ね重ねの礼を言い、体臭におうルマンドンを連れて遥かなるガターニアに還った。