第105話 限界! 劇場版プリキュア鑑賞会(中編)
変な掲示板に影響され夢と希望を失ったカッシャーザ国王太子ルマンドン。その姉弟のエリーザ、アルフォードは彼を救うため夢と希望にあふれた映画を観せて欲しいと召喚士事務所に依頼してきた。おれは大学時代の先輩“プリキュア軍曹”こと鰤木谷さんを彼らに紹介するのだった。
意外と言っては何だが鰤木谷先輩のシアタールームは結構小綺麗だった。200インチのプロジェクターとスピーカーが設置され、壁には防音用の吸音材が貼られており本格的な作りだ。部屋中にプリキュアシリーズのポスターが貼ってありカラフル過ぎて目がチカチカする。
鰤木谷「プリキュアシリーズというのは2004年に放映された『ふたりはプリキュア』から始まった東映アニメーション制作の女児向けのオリジナル作品だ。前作『明日のナージャ』は商業面で苦戦したため玩具展開を前面に押し出した痛快アクション娯楽作品となっている。原作は東堂いづみとなっているがこれは個人名ではなく、東映アニメーションの版権管理用の名義だ」
ミキオ「なるほど、東堂いづみという漫画家の原作をアニメ化したわけではないということですね」
鰤木谷「そういうことだね。東映動画大泉スタジオを略した名称とのことだ。プリキュアシリーズのプロトタイプとも言える『おジャ魔女どれみ』から使われだした名称だ」
エリーザ「質問いいか」
鰤木谷「どうぞ」
エリーザ「センパイ殿はいいトシした大人の男なのになんで女児向けアニメを観ているのだ?」
エリーザの悪気はないが歯に衣着せぬ発言にシアタールームはシーンとなったが、鰤木谷先輩は何事もなかったかのように涼しい顔で返した。
鰤木谷「うーん、ちょっとその辺は外国の方にはなかなか難しい感覚かもしれない。日本には新海誠とか細田守みたいな素晴らしいアニメ監督がいっぱいいるんで、大人も普通に映画館でアニメを観たりするんだよね」
エリーザ「なるほど」
永瀬「さすがにプリキュアはちっちゃい子がいる人しか行かないんじゃ…」
ミキオ「永瀬、いいから」
永瀬が言わなくていいことを言ったのでおれが制した。なんでこの女はことさらに波風を立てようとするのだ。
ルマンドン「…いや、でもこの絵は綺麗です。カラフルで心が華やぎます…」
お、ルマンドンが初めて前向きな発言をした。この男にプリキュアを観せるという作戦は意外と的を得ていたのかもしれない。
鰤木谷「君、いいね。センスあるよ。じゃあ基本中の基本、テレビシリーズから行こう。最初の無印『ふたりはプリキュア』が全49話、続編の『ふたりはプリキュアMax Heart』が全47話あるからまずはこの2作品をぶっ通しで観ようか」
ミキオ「先輩、ちょっと今日は時間が無いんで」
30分アニメをその本数ぶっ通しで観たらまる2日以上かかることになるじゃないか。睡眠とトイレ休憩無しで。
鰤木谷「そう? じゃあとりあえずオススメの劇場版いこうか」
鰤木谷先輩はメタルラックから1つのブルーレイケースを取り出した。
鰤木谷「初級者向けということで最初はこの『映画 プリキュアオールスターズDX3 未来にとどけ! 世界をつなぐ☆虹色の花』だ。オールスターズ3部作最後の作品で、登場プリキュア全員に声優がついたのはこれが最後だね」
鰤木谷先輩がブルーレイディスクをセットし、映像がスクリーンに投射された。おれもプリキュアを観るのは初めてだが、なるほど絵が美しい。カラフルでよく動き、CGなどの効果も素晴らしい。
アルフォード「この2つ結びの釣り目の女の子が主人公なのか」
鰤木谷「ああこの映画には主人公とか無いから。強いて言うならキュアメロディとキュアブロッサムが中心だけど、まあオールスターズの場合は全員が主役だね」
エリーザ「全員?」
鰤木谷「『ふたりはプリキュア』からキュアブラック、キュアホワイト。『ふたりはプリキュアMaxHeart』からシャイニールミナス。『ふたりはプリキュアSplash Star』からキュアブルーム、キュアイーグレット。『Yes!プリキュア5』からキュアドリーム、キュアルージュ、キュアレモネード、キュアミント、キュアアクア。『Yes! プリキュア5GoGo!』からミルキィローズ。それに『フレッシュプリキュア!』からキュアピーチ、キュアベリー、キュアパイン、キュアパッション。『ハートキャッチプリキュア!』からキュアブロッサム、キュアマリン、キュアサンシャイン、キュアムーンライト。『スイートプリキュア♪』からキュアメロディ、キュアリズムの21人だな」
エリーザ「ラップバトルか?」
ミキオ「淀み無く言うところが怖い。落語の『寿限無』のようだ」
鰤木谷「これら7作品、21人のプリキュアが世界観を超えて結集し、ブラックホールという強大な敵に立ち向かう。まあストーリーはあって無いようなもんなんでそんなに深く考えなくていい。しょせん幼児が観るアニメだしね」
ミキオ「先輩、プリキュア好きじゃないんですか」
鰤木谷「ああそうそう、これ渡すの忘れてた」
鰤木谷先輩はそう言いながらピンク色のオモチャのようなLEDライトを全員に配った。
永瀬「やだっ! いやらしい! 何配ってるんですか!」
鰤木谷「違う違う、そういうんじゃないから。ミラクルライトだよ。これは基本的に映画館に来てくれた中学生以下の子供にしか渡されないものでね、集めるのに苦労したよ」
永瀬「あ、そうなんですか…」
ミキオ「何と間違えたんだ永瀬は」
なぜか永瀬は顔を赤らめている。
アルフォード「これで何をしろと」
鰤木谷「上映中にこれを振ってプリキュアを応援するんだ。作中で妖精から指示があるからそれまでは振り回さないように」
エリーザ「しかしセンパイ殿、映画の中の絵は既に描き終わってるんだからこれを振って応援したところで何の影響もないのでは」
鰤木谷「いいんだよ縁起物なんだから。キュアラブリーみたいな髪型の君、色々うるさいよ」
縁起物というのがよくわからないが、そうこう言ってる間にメインっぽいプリキュアの女の子二人が偶然出逢い、敵が現れてなし崩し的に他のプリキュアらしき女の子も全員登場した。
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つぼみ「アナタたちの思い通りにはさせません! 皆さん、プリキュアに変身です!」
響・奏「ええーっ? みんなでプリキュアに変身?」
えりか「ほらあんたたちも行くよ!」
妖精「みんなプリキュアに変身です〜!」
なぎさ・ほのか「デュアルオーロラウェーイブ!」
ひかり「ルミナス・シャイニング・ストリーム!」
咲・舞「デュアル・スピリチュアル・パワー!」
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ミキオ「変身したな」
21人全員の変身&名乗りシーンだけで3分32秒。作画が美麗でBGMも良いので見ていられるが、なかなかのエクストリームムービーだ。これを見てる女児はよく飽きないもんだ。水戸黄門で言ったら21人の黄門様が印籠出して控えおろうと言うシーンを21人分延々とやってるようなものだ。
アルフォード「色と音の洪水だな、酔いそうだ…」
エリーザ「キャラ名がまったく覚えられん。これ初見で予備知識無しだと何が何だか全然わからんぞ」
永瀬「何も全員分の名乗りシーンをフルサイズで入れなくても…」
アルフォード「はじけるレモンの香り※という食器洗浄剤のキャッチコピーのような言葉は戦いとどう関係があるのだ」
※キュアレモネードの名乗りセリフ
ミキオ「知らん。おれに訊くな」
長い長い変身&名乗りシーンが終わり、敵の自己紹介タイムとなる。どうやらこれまでのシリーズに登場した悪役たちをブラックホールという怪物が復活させたらしい。悪役たちはプリズムフラワーというアイテムを奪うことが目的なんだとプリキュアたちに長々と親切に説明してくれる。
ミキオ「わかりやすいですな」
鰤木谷「幼児の観る映画だからね」
敵の魔女によって21人のプリキュアたちは3つの世界に分断されるが、これが何故か衣装がピンクのプリキュア、青のプリキュア、黄色のプリキュアに綺麗に分けられる。魔女は整理整頓好きなのか? そしてプリキュアたちは3つの世界で長い長いバトルを始める。
エリーザ「なるほど、いま初めてわかった。プリキュアとはいわゆる変身ヒーロー物なんだな」
アルフォード「え! こんなヒラヒラした派手な衣装であの敵と戦うのか? てっきりこれから踊るのかと思っていた」
ミキオ「踊るか。どんなアニメだ」
鰤木谷「プリキュアというのは基本的に普通の中学生の女の子が妖精の力で変身した姿だ。だから普通の生活が最優先だが、敵が現れたらこうして果敢に戦うんだね」
ミキオ「女の子のアニメだから魔法とか謎ビームで戦うのかと思ったが、思いっきり肉弾戦なんだな。基本的にパンチキック体当たりだ。決まる時のバキッとかドスッみたいな効果音もちゃんと痛々しい」
鰤木谷「のちに魔法使いのプリキュアも出てくるけどね」
悪役たちの声は速水奨、檜山修之などおれがよく観ていた90年代ロボットアニメでヒーロー役を務めていた声優の方々で、それだけでも嬉しい気分になる。3つの世界で勝利し、分断されていたプリキュアたちは再会、集結し本来のパートナーたちと一緒に戦い始める。それぞれのプリキュアチームが各番組の主題歌をBGMに戦うという、ファンにとっては激アツ、興味ない人間にはやたら長くて同じような展開が続き、永瀬などは結構ダレて携帯をいじり始めた。
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キュアホワイト「プリキュアの美しき魂が!」
キュアブラック「邪悪な心を、打ち砕く!」
ブラック&ホワイト「プリキュア・マーブルスクリュー・マックスーっ!」
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鰤木谷「いやぁ盛り上がるねえ、何度見てもいいシーンだ。永瀬ちゃんは子供の頃は何キュア世代なんだっけ? やっぱりファイブ? フレッシュ?」
永瀬「あ、わたしは『きらりんレボリューション』派だったんで…」
鰤木谷先輩が紙コップに注いでいたウーロン茶がだぼだぼ溢れていた。
永瀬「すっすいません! でもたまにプリキュアも観てました!」
同時期のライバル番組の名前を出されて先輩がショックを受けている頃、映画のプリキュアたちはとうとう出現したラスボス、おはスタの山ちゃんこと山寺宏一が声優を務める強敵ブラックホールに敗れ、ついに変身解除してしまった。
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なぎさ「あり得ない!」
舞「そんな、プリキュアの力が…!」
つぼみ「変身が解けるなんて…!」
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ルマンドン「ああっ、なぎさたちが…!」
既にキャラ名を覚えてしまっているルマンドン、痛風の発作が出たときのような悲痛な表情を浮かべている。このままプリキュアたちは闇の力の前に屈してしまうのか、そしていまいちこのバイブスにノッていないエリーザ、アルフォード、永瀬の3人の心の置きどころは。様々な想いが交錯しつつ次回へ続く。