第104話 限界! 劇場版プリキュア鑑賞会(前編)
異世界88日め。大邪神大戦から1週間が経ち、復興もようやく目処がついてきた。犠牲者のうち名前がわかる者はほとんどブラックカードことハイエストサモンカードの過去時間召喚で蘇生させたが、中に邪神教団初代教祖も混じっていたのでこいつはすぐに地下牢送りにした。騎士団によって尋問されるとのことだが恐らくこいつがこの大乱の元凶なのだろう。容赦なく裁いて欲しい。
ケンチオン宮殿はじめフルマティ、ヴァンディーの両都市は壊滅状態だったがこれもブラックカードでできる限り復旧させた。おかげでおれのMPは毎日空っぽ状態でほとほと疲れ果てたが、国王などは大変感謝し王位を禅譲するとまで言ってきた。まあ王なんてまっぴら御免なので陞爵で勘弁して貰ったが。
そんなわけでやっと王国議会が再開し、戦災特別法案は次々に可決した。議会を終えておれが事務所に出勤すると、客が来ていると秘書の永瀬一香に告げられた。
永瀬「お疲れ様ですツジムラ伯爵、お客様がお待ちです」
ミキオ「いやまだおれ子爵だから」
永瀬「でももう決定しましたので」
ヒッシー「国を救った英雄なんで大公でもおかしくないと国王さんは言ってたニャ」
ミキオ「嫌だよ大公なんて。爵位のいちばん上、ほとんど王族だぞ。そんなスピード出世しても誰かの恨みを買うだけ。領地なんてこれ以上いらん」
ザザ「くれるってもん貰っときゃいいのに。お前は欲がねーな」
ガーラ「おれも爵位をもらったぞ! いちばん下の騎士爵だがな!」
事務所の書生ガーラの胸には新たに連合王国の騎士章が付いている。今回の大邪神退治の功績でガーラまで爵位を得たらしい。無法な魔導師狩りをやっていた人造魔人のガーラが爵位とは、ずいぶん評価されたものだ。
エリーザ「召喚士、話が長いぞ! 我々を放置するな!」
ミキオ「ああ、すまんすまん、客ってお前らか」
エリーザ「まったくオーガ=ナーガ帝国もナメられたものだ…まあそんな傍若無人なところも貴様の魅力だがな…」
アルフォード「姉上! 弟の前でデレないでくれ」
事務所に来ていたのはオーガ=ナーガ帝国のバカ姉弟、皇太女エリーザと皇子アルフォードだ。そして端にもうひとり、見知らぬ暗い男がいる。
ミキオ「で、こちらの方は」
アルフォード「紹介しよう。私の兄でエリーザ姉上の弟、カッシャーザ国王太子ルマンドン殿下だ」
ルマンドン「どうも…」
ミキオ「ん? お前らの兄弟なのにカッシャーザ国の王太子なのか?」
アルフォード「ルマンドン兄は我々の伯父で子供のいないカッシャーザ国王タイチャー8世の養子になられたのだ」
カッシャーザ王タイチャー8世と言えばかつて異世界ワースト映画祭の時に会ったことがある。いいトシしてこじらせまくった爺さんだったが、あそこに養子に行ったのか。しかしこのルマンドンという男、エリーザやアルフォードのような華のある美男美女と違って猫背でやせ細ってなんともパッとしない男だ。身長はそこそこ高いが目がどんよりしてて魅力がない。コミ症なのかおれと一切視線を合わせようとしないし。
エリーザ「ほらルマンドン、自分の口から話せ」
ルマンドン「いや…まあ、興味なかったら無視してくれていいんですけど…私ね、どうもこの世界に夢や希望が持てなくて…」
ミキオ「夢? 希望?」
急に何を言い出すのだこの男は。
アルフォード「ルマンドン兄は最近ずっとこの調子なのだ」
ルマンドン「だって、ダメでしょうもうこの世界…掲示板見てるとわかりますよ。終わりですよこの世界」
ミキオ「掲示板?」
ザザ「知らねえのかよ。市場とか馬車乗り場とかに設置してある連絡用の黒板があんだろ、アレだよ」
ああ、リアルな掲示板の話か。まあこの異世界ガターニアにはネットなんか無いんだからそりゃそうか。
アルフォード「最近、どこの掲示板でも“掲示板荒らし”が横行しているのだ。旅芸人や吟遊詩人など有名人の誹謗中傷や、陰謀論めいた退廃的なことが書き込まれたりしている」
まるで5ちゃん、ガルちゃん、ヤフコメだな。このガターニアでもそんなつまらないことに明け暮れている連中がいるのか。何かガッカリだな。
ミキオ「しかし王太子、あんた将来は王になる身だろう。そんなくだらない掲示板の書き込みなんかにとらわれていてどうする。むしろ国民に夢や希望を与える立場なんじゃないのか」
ルマンドン「何とでも言ってくださいよ。僕なんかもう生きてる価値が無いってことですよ…」
なんだこの男は。会話しててもちっとも楽しくない。うちの秘書の永瀬一香や事務員のザザなどは他人事なのに横で見ていてイライラしているのがわかる。
アルフォード「で、だな。いつかミキオがタイチャー国王に映画を見せてくれたことがあったろう。まああの時はワースト映画祭になってしまったが、ニホンにはもっと夢や希望の詰まった映画もあるんだろう?」
ミキオ「もちろんだ」
アルフォード「ならば是非ルマンドン兄にそういう映画を観せて欲しいのだ。いつまでもこんなままだとタイチャー王に見放されて廃嫡も有り得る」
ルマンドン「まあどうでもいいけどね…」
ミキオ「夢や希望の詰まった映画ねえ」
確かに良い映画には人間の人生を変える力がある。『ロッキー』がいいか『スターウォーズEp.4』がいいか『英国王のスピーチ』がいいか、おれが脳内のデータベースをフル回転させてリストアップしようとしていると、秘書の永瀬が横から提言してきた。
永瀬「伯爵、それならもういっそアニメでもお見せしたらいいんじゃないですか?」
ミキオ「アニメね…しかしおれは最近のアニメは知らないんだよな。絶対無敵ライジンオーとか炎の勇者ファイバードとかの90年代ロボットアニメはよく観てたけど」
ヒッシー「ミキティその頃生まれてないニャ」
永瀬「多分こういう方は実写映画よりアニメの方が親和性がある気がします」
サラッと偏見入ってないか、この秘書。
ヒッシー「そういやうちらの学部でアニメにやたら詳しい先輩いたよニャ」
ミキオ「ああ、いたな。じゃその先輩に頼んでみようか」
永瀬「え、東大の先輩? もしかしてあの、めちゃくちゃプリキュア好きな人?」
ミキオ「多分その人だ」
ヒッシー「“プリキュア軍曹”こと鰤木谷力也さんだニャ。長野でブリキ屋さんをやってるニャ」
永瀬「あっ、今回は珍味回なんだね」
永瀬は何かを悟ったような顔でこくこくと何度も頷いた。
翌日。おれと永瀬、それにエリーザ、ルマンドン、アルフォードの3兄弟は青のアンチサモンカードで地球の長野県松本市にやってきた。先輩とは昨日既に話をつけてあり、それなら先輩の自宅でアニメの鑑賞会をやろうという話になったのだ。
鰤木谷「おお辻村、久しぶり」
ミキオ「ご無沙汰してます」
この先輩は東大を出たのに実家に戻って家業のブリキ屋(鈑金屋)さんを継いでいる。短い髪を垂直に立たせてサイドを刈り上げたポルナレフみたいな髪型で、身長はおれと同じくらいだが筋骨隆々、こっちはまだ4月なのにタンクトップ1枚に太めの迷彩カーゴパンツという変な人だ。知らなかったら絶対に東大卒のアニメオタクとは思わないだろう。
ミキオ「紹介します。大学で同期だった永瀬一香、それに外国の友人エリーザ、ルマンドン、アルフォードの3兄弟」
鰤木谷「具体的な国名を言わない理由がわからないが、鰤木谷です、よろしく」
永瀬「で、今日は彼らにアニメを紹介して下さるということですが」
鰤木谷「ああ、夢と希望のアニメということだったね。ならもうプリキュアしかないよね」
永瀬「確認ですけどジブリとかディズニーではないんですね」
鰤木谷「いやいや(笑)、いい大人が集まってジブリとかディズニーアニメ観てたら変でしょ」
永瀬「いや、ちょっとその辺の線引きは先輩の価値観なので」
ミキオ「永瀬、お世話になるんだから口答えするんじゃない」
鰤木谷「うちには僕が作ったシアタールームがあるんだ。そこで観よう。プリティでキュアキュア〜♪」
しばらく会ってなかったが先輩は一段と『濃く』なっている。こういう人に冷静にツッコんではいけないのだが、永瀬にはその辺りの配慮がない。一抹の不安もありつつ、おれたちは鈑金屋さん兼先輩の自宅に入っていった。大丈夫。大邪神にも勝ったおれだ。何とかなる。自分に言い聞かせながら次回に続く。