第2話 成長する島
リュックのサイドポケットの底には、一枚の紙が入っていた。
『フジワラ島の宝物の場所』
悪ふざけとしか考えられないタイトルがついた地図で、島と海だけが描かれていた。
もちろん、宝物のありかを示す印など何もない。
捨ててしまおうかと思ったが、紙は何かに使えるかもしれないと思って、またサイドポケットにしまった。
『パンの木の種』の袋の裏を読んでみる。
パンの実の栄養価表
栄養価表の最下段に、奇妙な備考が書いてあった。
《* パンの木は、土があるところでしたら1日で大きくなり、パンの実を毎日3個成らせます》
《** パンの実は、かならず煮るか焼いて食してください。パンの実のでんぷんがα化していないため、消化不良で腹痛を起こすことがあります。》
「ええっ? 1日で成木になってパンの実を1日に3個成らせる?」
パンの実の栄養価を見てみると、孤島で飢え死にせずに生きていくだけの栄養価はあるようだ。
だが、生では食べれないみたいだ。調理をしなければならないと書いてある。
どう調理するかは、実際にパンの実を収穫した時に考えるとして
今度は、『バナナの木の種-10粒』の袋の裏を読んでみる。
バナナの栄養価表
栄養価表の最下段の備考を読む。
* バナナの木は、土があるところでしたら1日で大きくなり、バナナの房を成らせます。
* バナナの実は、果皮が黄色、または「シュガースポット」とよばれる茶色の斑点が現れると完熟して食べごろになります。
最後に、『ココヤシの木の種』の袋の裏を読んでみる。
ココナッツの栄養価表
こちらの備考も似たようなものだった。
《ココヤシの木は、土があるところでしたら1日で大きくなり、ココナッツの実を毎日3個成らせます》
「これも1日で成木になってココナッツの実を1日に3個成らせるっていうのかよ?」
栄養価の表の下には、《ココナッツの実は、カリウム・マグネシウムなどのミネラル類が豊富です。また、中鎖脂肪酸や食物繊維も多く含まれています》と書いてあった。
とくに、生存に不可欠な水分は1個に250mlも含まれている。
半信半疑で、バナナの木の種とパンの木の種とココヤシの木の種を3粒ずつ植えてみることにする。
波打ち際から2メートルのところに植えることにした。土はけっこう柔らかくふかふかしていて、手で簡単に掘れた。種を植える間隔は1メートルにして、そぞれれの木の種の距離は5メートルほどおいて植えた。
スナック菓子もチョコレート菓子も食べたら喉が渇くだろうから我慢して、ミネラルウォーターを開けて少し飲み、太陽を背にして、しばらく状況を考える。
S山の山中で低体温症で死んだと思っていたのに、こんな奇妙な島にいる。
そして、1日で成木になるという、バナナの木とパンの木とココヤシの木の種を見つけた。
「おかしいだろ?誰がどう考えてもおかしいだろ!」
キヨヒラは声に出してから、まだ種を植えてない『万物進化の種』の袋を見た。
『パンの木の種』の袋や『ココヤシの木の種』 の袋の表には、それぞれバナナの木とバナナの実、パンの木とパンの実、ココヤシの木とココナッツの実の写真が載っていたが、『万物進化の種』の袋には白く太い幹みたいなのが下に描かれており、そこから大きな枝が左右に分かれていて、その大きな枝はさらに細かく分かれているが、幹の部分は白色だが、それから先の枝分かれしている部分は線だけで色はついてなかった。
さらに系統樹には進化の途中で生まれるはずの植物や動物の種の図もなければ種の名前もなかった。
生命の進化・系統樹については、高校で習っていた。
それによると、「プロゲノート」とか「コモノート」とか呼ばれている全生物の「最後」の共通祖先から、2つの大きな枝に分かれた。
一つは真正細菌で、グラム陽性菌(納豆菌の仲間)、グラム陰性菌(大腸菌の仲間)、シアノバクテリアなどを含むグループで、もう一つの大きな枝は古細菌と真核生物に分かれた。真核生物は動物、植物、カビや原生動物(ゾウリムシ、ミドリムシ等)を含み、古細菌は、メタン菌、硫黄依存好熱菌、高度好塩菌などを含む。
人類は、真核生物の進化の究極というわけだ。少なくとも現時点では。
人類の祖先と言われるアウストラロピテクスは、約400万年前に何かがきっかけとなってアフリカで生まれたが、もし、人類が未知のビールスや核戦争、あるいは気候の急変で滅亡しても、イルカだか、サルだか、カラスだかが、すぐに知能を発達させ、人類の跡を継ぐだろう。
「いやいや、そんなことはどうでもいい。
問題は、本当にこの種は、系統樹にあるような生物を生み出すのかということだ!」
「そんなことは、あり得ねえよ!」
大声で言うと、キヨヒラは『万物進化の種』の袋を投げ捨て、マンガ週刊誌を読みはじめた。
だが、空腹に耐えきれずスナック菓子を食べ、空腹を忘れるために睡眠改善薬『D』をまた2錠飲んだ。
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無人島1日目の図
ザ――
ザザ――
ザ――
ザザ―――
島に到着してから2日目。
波の打ち寄せる音で目が覚めた。
眠い目をこすりながら半身を起こす。
太陽の光が、緑の木の葉の間から差している。
「木があると助かるな... えっつ?!」
反射的に立ち上がった。
陽が昇る方向には、三本の木があった。
青々とした葉を茂らせ、サッカーボールほどの大きさの丸い実を成らせている。
実は黄色っぽい色をしているので、もう熟れているのだろう。
「じゃあ...」
キヨヒラは北側を見た。
10メートルほどのところに、バナナの木が三本生えていて、その大きな葉の陰にバナナの房が成っている。
西側を見ると、やはり10メートルほどのところに、ココヤシの木があり、ココナッツの実がたわわに実っていた。
キヨヒラはココヤシの木の下に駆け寄った。
数えると、一本の木に3個ずつ、全部で9個の実が成っていた。
ちょうど喉が渇いていたところだ。
スニーカーを脱ぐと、するすると登り、とりあえずココナッツの実を3個ひねって落とす。
「あとは... スイスアーミーナイフの錐で穴をあけて飲むだけだな。それにしても、信じられない。よく一晩でこれだけ伸びて実をつけた...」
“ものだ”と言おうとして、波打ち際を見て絶句した。
ココヤシの木は、波打ち際から10メートルほどのところに生えていたからだ!
キヨヒラは、落としたココナッツの実を拾いもせずに、波打ち際まで走って行った。
そして、後ろをふり向いた。バナナの木とパンの木が、それぞれ20メートルほど向こうに見えている。
昨日、植えた時は、バナナの木の種とココナッツの種とパンの木の種は、それぞれ5メートルほどの距離を開けて植えたはずなのに...
植えた間隔というか、距離が倍になっている?
「島が大きくなった?」
3本のココヤシの木は、波打ち際から2メートルのところに植えたのに、今日は波打ち際から10メートルのところに生えている。
バナナの木のところへ走って行って、それからパンの木の生えているところにも走って行く。
やはり、パンの木も波打ち際から10メートルのところに生えていた。
キヨヒラは、歩数で島の大きさを測ってみた。
端から端まで35メートルほどあった。
つまり―
昨日は直径が10メートルしかなかった島が、今日は35メートルほどに広くなっているのだ。
無人島2日目の大きさ
「マジかよ... 島が一晩で3倍半に大きくなるなんて... それに一晩で大きくなって実を成らせる木とか... ここは異世界なのかよ?!」
最後に自分が言った言葉に自分自身で驚いた。
だが、こんな奇妙な世界設定は、異世界小説とか異世界ファンタジーマンガの中でしか起こらないということを知っていた。
「と、とにかく、ココナッツの水を飲むことにしよう」
落としたココナッツの実にスイス・アーミーナイフの錐で穴を開ける。
ココナッツの水は、少しとろんとしていて甘く、飲みやすい。
一個のココナッツの水を飲み干すと、空になったココナッツの実を地面に置いて、バナナの木まで行った。
房のバナナはもう黄色になっている。ためしに一本房からもぎ取って皮をむいて食べてみる。
少し渋味があるが、食べれないことはない。甘さももう一つだが、これで一応食べ物の心配はせずにすみそうだ。
“あとは、あのパンの実の調理法だな...”
サッカーボールほどの大きさのパンの実を見ながら、どうやって調理しようかと考えていた。
“そうだ。種がこんな速さで成長し実をつけ、島が一晩で3倍にもなるくらいなんだ。
もしかしたら、本当に宝物がどこかに埋まっているかも?”
リュックのサイドポケットを開け、地図を出した。
見ると明らかに地図に載っている島の大きさが大きくなっていた。
島の東には、「パンの木」、「西にはココヤシの木」、そして北には「バナナの木」が三本ずつ描かれていた。そして― パンの木の間に赤いX印が描かれていて、「宝箱」と筆記体で書かれていた。
地図を片手にキヨヒラは、パンの木のところへ走った。
地図では、一番右端と真ん中のパンの木の間に宝物があることになっている。
両手を使って、パンの木の間を必死に掘る。
ガサっ
何かに手先が当たった。
何か紙で包まれたものが埋まっている。
包装している紙は油を塗ったようだ。おそらく防水、耐水、防錆の役目があるのだろう。
あとで利用できるかも知れないので、紙を破らないように包みの周辺を掘って、包みを取り出した。
細い紐で縛られた包みは、二つあり、一つの包装紙を破ってみると、 柄とフタの付いた直径15センチほどの鉄なべだった。
フタを開けてみると、小さな紐付き布製の袋と巻いた麻紐が入っていた。
『火打ち石セット』と袋に書かれていて、紐を緩めて中身を見ると、火打ち石と火打ち金が入っていた。
麻紐は、5メートルほどあった。底には、『火の起こし方』と書かれたマニュアルが入っていた。
もう一つの細長く少々重い包みを開けると―
中には刃渡り45センチほどの山刀と折り畳みナイフが入っていた。
折り畳みナイフ
「げっ!これは完全に銃刀法違反じゃないか?」
鞘から山刀を抜いてみる。
陽の光を浴びて白く輝く山刀は不気味なほど美しかった。
折り畳みナイフは、開くと刃渡り10センチのナイフで使いやすそうな形状だ。
料理― といっても、いつ料理が出来るのか皆目見当もつかないが。
そして、火打ち石セット。
ためにし、『火の起こし方』マニュアルを読んでみる。
火の起こし方マニュアル
「いや、火の起こすったって、燃やすものないだろ?」
マニュアルをまた鍋に入れ、地面に置いていた地図をリュックにしまおうと手に取ると地図の下に何か書かれているのに気づいた。
「『万物進化の種』を早く植えること」
不思議なことに、島は一晩で三倍に成長しました。
それに、誰のしわざかわかりませんが、栄養価の高いフルーツの種がありました。
そして、『万物進化の種』は、なぜだかを早く植えないといけないようです?