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マダラな鳩と蒸気の空  作者: 楠井飾人
Episode I:ブレッド・オア・ブラッドの赤い旗
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第41話-NON STOP TRAIN×DEAD OR ALIVE①

 既にサザンギャレット第二商業区の雑多な街並みからは遠ざかり、列車はテューア交易港のあるオリバット・ファーロン第一労働区と郊外の境界にまで差し掛かっていた。


 広大な緑地と未整備の大地が広がる長閑(のどか)な風景へと、力強く風を切って進む蒸気機関車は、その威風堂々とした姿態(したい)で龍の雄たけびに似た汽笛を鳴らしている。


 「さて……どうしたものかね? 俺としては目の前のお宝を逃す手はないんだが……」

 「……」


 その車両の一つで、蛇に似た視線をルースへと向けるジェジフ。


 吟味するように全身を這う視線。幾度となく感じた欲望の視線である。ルースは一瞬、怯えたように視線を潜めるが、恐怖で沈黙する彼を守るように、一つの影がジェジフへ襲い掛かった。


 アスマである。


 「おいおいっ? 随分焦ってるじゃないか! そんなに知られちゃ不味いものだったのか!? その小僧の正体は!!」

 「口を閉じろっ、クソ野郎!!」


 攻撃をバックステップで掻い潜り、窓を破って屋根の上へと登ったジェジフ。


 「舐めやがって……っ! ——っな!?」


 後を追おうとアスマは窓に向かおうとするも、その追撃を阻むかのように、轟音が鳴る。屋根がいきなり崩壊したのだ。瓦礫と共に舞った砂煙の向こうから覗いて来たのは、大きな影。


 ギルバートである。


 「……さっきのは効いたぞ、オルダント人」

 「おいおい。タフだなァ、テメェ?」


 感情の起伏に乏しい仏頂面のままではあるものの、僅かに寄せられた眉間にできたシワが、彼の怒りを露わにしている。アスマは深追いせず、バーリー兄弟の邪悪な視線から守るように、ルースの前に立つ。


 「……本当に腹が立つ奴だなァ、テメェら? ウチの冒険者だ。気持ち悪ィ目で見てんじゃねェよ」

 「お目付け役はお前か? オルダント人。なら、さぞや心中穏やかじゃないだろう? なにせ無限の資源だ(・・・・・・)! 世界中の権力者たちが喉から全身が出てしまうくらい欲しがってる聖骸がっ、そこの小僧からは無限に採集できる! その手足をっ、内臓をっ、脳髄をっ、髪の毛の一本であろうとっ! 欲しがる奴は、それこそ無限にいるだろうぜっ? そりゃあ、隠すぜ……」


 バレちまったら(・・・・・・・)世界中から狙われる(・・・・・・・・・)ものな(・・・)? ——と、ジェジフは言葉を続けた。


 「……」


 その言葉の意味を十二分に理解しているルースは、唇を強く噛んだ。


 ——彼の言う通り、ゲニウスの力を欲しがる者は星の数以上にいるだろう。


 測り知れない程の力を秘めた精霊資源。聖骸。


 それが無限に採集する事が出来るのが、無限に再生するゲニウスの肉体である。


 火を起こし、水を起こし、土壌を作り、雷さえ落とす事ができる精霊。それを内包した精霊資源。その万能の力を、己が欲望の為に欲するのは、何も権力者だけではない。


 ハンス達のような社会を脅す銃口としての力を欲する反社会運動の活動家を始めとした、あらゆる社会階級の人間たちが、その力を欲している。


 枯れた大地を蘇らせる為に、聖骸の力を欲する農民だっているだろう。


 カラカラの砂漠では、水を欲した者達が飲み水を欲するかもしれない。


 何か大きな復讐を遂げる為に、聖骸の力を求める者だっているはずだ。


 この資本主義社会の原理で例えるのであれば、聖骸は多種多様な客層の需要に応える万能の商品といったところである。しかし、圧倒的に供給が足りていないからこそ、そこに価値が生まれる。


 その価値に眼をつけた商人やブルジョワ達だって、きっと聖骸が手に入ると分かれば、人権(・・)という言葉さえ無視して、ルースを人ではなく、物として見るだろう。


 だからこそ、バレてはいけなかったのに——。


 「——ス……ルース!」

 「っ」


 聞き慣れた声によって思考が遮られる。


 ハっとしたルースは、脂汗を滲ませながら顔を上げた。


 するとそこには、心配と申し訳なさが入り交じったような表情で自分を見るキキの顔があった。「……しっかりしなさいっ!」という彼女の言葉を聞き、ルースは頭を振る。


 心配させまいと、笑顔を作って答えた。


 「……すいません。もう大丈夫です!」

 「うん。ならOK!」


 今はやるべきことをやる。気を引き締め直した二人は、腑抜けた表情をキリリと変えると、視線をアスマ達の方へと向けた。


 「……すいません、マスター。しくじりました……」

 「あァ、いいよ……今回のクエストにオマエを連れて来たのはオレだからな……気にすんな。今はあの野郎に一泡吹かせる事だけに集中しろ。——行けるな? ルース、キキ?」

 「当たり前でしょっ」

 「はい。問題ありませんっ」

 「良し。いい返事だっ。——つー訳だ……あのバカ兄弟二人を取っちめる。もうちょい踏ん張れよ?」


 臨戦態勢を整えた三人を見て、ジェジフが面倒そうに溜息を吐く。


 「……はぁ~、流石に今この状況でゲニウス狩りは無理か」

 「いいのか? アレは相当なお宝だぞ、兄者。見逃す手などあるまい」

 「別に今じゃなくてもいいさ? 未来の財宝より、目先の大金だ。今は聖骸の運び屋に徹する。お前は時間を稼げ、ギルバート。細工は(・・・)済ませてんだろ(・・・・・・・)?」

 「当然だ。だが、それほど長くは持たんぞ」

 「オーケー。20秒も稼げば十分だ」


 じゃあ、後は頼んだぜ? と言い残し、ジェジフは踵を返す。


 「っ! 待ちやがれ!」というアスマの言葉を尻目に、先頭車両の車掌室へと駆けて行く。


 三人はその後を追おうと屋根伝いではなく、車両の中を移動するも、ブォン! と空を切って屋根へと叩きつけられたメイスによって阻まれる。メイスで空いた大穴から降りて来たギルバート・バーリーが、三人の前に立ちはだかった。


 「……何を企ンでやがる、テメェら?」

 「すぐに分かる」

 「そう……かよ!」


 先陣を切ったのはアスマだった。


 横薙ぎの一撃をスライディングで躱した彼女は、仰向けのような態勢のままギルバートの懐に入り込むと、そのまま両手を突き上体を起こし上げ、飛び跳ねるようにしてその巨体へと蹴りを入れた。


 しかし、先ほどの攻防でかなり見切られたのか、彼の蹴りは、上手く衝撃を逃したギルバートを一歩後ろに下げただけだった。「ちっ」と舌打ちをしたアスマは、すぐさま飛んで来たメイスの振り下ろしを避け、距離を取った。


 ギルバートはその小さな影を視線で追うも、後方から迫るルースのサーベルにはしっかりと意識を向けていた。


 鋭く喉元へと迫った切っ先の突きを、メイスで受け流したギルバート。


 前方のアスマと後方のルース——そして、さらに後方から自分を狙うキキのリボルビングライフルの銃口に意識を割きながら、ギルバートは棍のようにメイスを振り回しながら右へ左へと攻撃を受け流す。


 アスマの大剣による重い一撃、意識の隙を突いたルースの斬撃、そして死角から急所のみを的確に狙って来るキキの銃撃。攻撃ではなく防御に徹しているとはいえ、その全てを無呼吸運動のように捌き切るギルバートは、敵とはいえ天晴の一言に尽きる腕前である。


 「がっ……ぁ……っ!」

 「……デカブツのくせして良く動きやがる——が、ここまでだ」


 しかし、さしものギルバートも限界が来たのか、永遠にも思えた十数秒の攻防の末、ついにアスマ渾身の一撃によってギルバートが膝を着く。


 顎に入ったアッパーカット。脳震盪でも起こしたのか、未だ立ち上がる事の出来ないギルバートに対し、突き上げた左拳を戻したアスマは、大剣の切っ先を突き付ける。


 「抵抗すんなよ? 大人しくしてりゃァ、テメェのお兄ちゃんと仲良く一緒に牢獄に送ってやるからよ」

 「……生憎だが、我々が牢獄に送られる前に、貴様らが送られる場所がある」

 「……あァん? そりゃどういう——」


 その言葉の先が紡がれることは無かった。


 突如として三人の耳朶を打ったのは、前方から聞こえて来た、プシュゥ、プシュゥッ、という一際大きくなったボイラー室の排気音である。


 しかし、排気筒から漏れるような少し甲高い排気音ではなく、行き場を失くした蒸気がボイラーの隙間から急速に漏れ出ているような、不安のを搔き立てるような不協和音である。


 「「「……っ!?」」」


 その音が聞こえたと同時に急加速を始めた蒸気機関車。


 凄まじいスピードにより、一瞬だけ傾く車体。唐突の事態にバランスを崩した三人は、短い悲鳴を上げながら慣性に従って転がる。ケガをしないよう、その場に伏せた。


 「ヤバいヤバいっ、脱線する脱線する~……!?」

 「……ちょっ、落ち着いて下さいってキキさん……! 暴れないで下さい……!」

 「っつ……何だっ、いきなり!? 運転士は何やってるンだ……!」


 錯乱状態の叫び声が響く中、何とかバランスを戻した車体。三人は落ち着きを取り戻すが、そこでギルバートの姿が見えない事に気が付く。


 「……っ! どこ行きやがったっ、アイツ……!」


 「あそこです!」と、前方車両に繋がるドアを指差したルース。力任せに破壊されたそのドアの向こう側には——一瞬の隙を見て逃げだしたのだろう——牽引車両の方へと走って行くギルバートの後ろ姿だった。


 その後ろを追いかけた先にあったのは、大量の青い排気蒸気を吐き出す煙突と、赤熱したボイラー。


 そのボイラーの前に立つジェジフと目が合ったアスマとエマは、見せびらかすように人差し指の欠けた(・・・・・・・・)聖骸をプラプラと振る彼の姿を見て事情を察した。


 「……アイツ等っ、ボイラーに聖骸入れやがったなっ! ボイラーがオーバーヒートを起こしてる……! このままじゃ脱線するぞ……!」

 「「っ!」」


 叫ぶや否や、牽引車両へと急ぐ三人。


 下卑た笑みを浮かべたまま、何故か一行を待ち伏せていたバーリー兄弟は、三人が到着すると口を開いた。


 「大変な事になっちまったなぁ~? このままじゃ脱線するのは時間の問題だ。乗客はどうなることやら……」

 「ジェジフ……っ! テメェ……っ!」

 「怒るなよ。まだ俺たちからの贈り物はまだ終わってないんだからさ?」

 「……っ!」


 芝居がかった身振り手振りで話すジェジフが、目配せでギルバートに合図をした時だった。嫌な予感を感じたエマが双剣を構えて飛び掛かるも、一瞬遅い。


 手に持ったメイスを牽引車両の前方へと思いっ切り投げつけたギルバート。


 綺麗な回転を描きながら飛んで行ったメイスは、線路の道中にあった分岐器(ポイント)のレバーを衝突する。それによってレールの進路方向が変わった。


 「伏せろ!! オマエ等!!」


 次の瞬間、進路方向に向かって急カーブした暴走機関車。


 アスマの忠告を聞き、咄嗟に反応したルース達はその場に伏せた。


 ギギィィィイイィィ……ッ! と、線路と車輪が嫌な音を立てながら激しい火花を散らせる。一瞬、車体がフワリと浮かぶも、カーブが緩やかな事が幸いしたのか、列車は何とかカーブを曲がり切る。


 「俺たちからのプレゼントだ。存分に受け取ってくれ!」

 「っ! 待ちやがれ! ジェジフぅぅぅ!!」


 そう言い捨てたジェジフとギルバートは次の瞬間、水路へ向けて飛び降りた。


 アスマが二人を捕まえようと駆け寄るも、バーリー兄弟の姿はその努力を嘲笑うように、すぐに見えなくなった。バシャァン! と、着水音が響き渡る。


 「クソ!」と、アスマは床に拳を叩きつけた。


 「「「……」」」


 ——聖骸を持ち去られただけでなく、まんまとバーリー兄弟を逃してしまった。


 その事実が重く圧し掛かり、三人の間に嫌な沈黙が広がる。


 「キキさん……」

 「……? 何よ……?」


 その時だった。ルースが何かに気付いたように、ゆっくりと顔を上げる。


 「……この先って、たしか……列車の車両基地がありませんでしたか……?」

 「え……っ?」


 その言葉に眼を丸くしたキキ。アスマも、同じような表情で線路の先へと視線を向けるも、見える範囲では線路はずっと続いている。


 しかし——三人は見た。


 線路の脇に立っていた一つの立て看板。追い抜きざまに見た『SLOW DOWN BEYOND THIS IS THE ROLLING STOCK BASE/スピードお登勢 この先は車両基地』の文字を。


 「……最悪の置き土産だわ」


 キキの一言に共感したように、嫌な沈黙が三人に広がる。


 ——列車が車両基地に突っ込むまで、約15分。


 死へのカウントダウンは、既に始まっていた。

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