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マダラな鳩と蒸気の空  作者: 楠井飾人
Episode I:ブレッド・オア・ブラッドの赤い旗
33/49

子鳩たちの巣立ち④

 場所はアポン=エイヴォン第二商業区の中央通りから、路面機関車で三〇分ほど揺られた場所にあるウーファー街である。


 キュステブルク中央街区とアポン=エイヴォン第二商業区、二つの地区の境界線上を流れる四番水路に掛かったタワーブリッジ——ウェストテルフォード橋を、キキとルースは歩いていた。


 娯楽施設が多く建ち並ぶウーファー街のあちらこちらからは多くの雑踏や楽しそうな話声が聞こえて来る。しかしながら、遠巻きに聞こえる雑音の発生源足る人々は周囲には見当たらない。


 人気のない沈黙が根を下ろした周囲には、帳を降ろした夜の暗さを照らすガス灯の明かりも相まって、ロマンチックな空気感が漂っている。


 正しく、恋人たち逢瀬には持って来いと言わんばかりのシチュエーション——。


 気まずさと気恥ずかしさで、これから告白でもされるのだろうか、と若干そわそわした様子でルースは目を伏せていた。


 「……」

 「……」


 何だか落ち着かない——それが、ルースの噓偽りのない感想だった。


 キキと出会ってから既に三年。それなりに彼女とは仲が良く、気の置けない距離感と言っても差支えの無い関係である。が、しかし——それは仲間として、だ。


 こんな夜の時間、こんな場所へ散歩を誘うなど、少しだけ期待してしまうのは男として当然の心情だろう。


 「……アンタ、さっきから何でそわそわしてるの? 何か変な勘違いしてない?」

 「え?」


 が、しかし。少し呆れたような目つきで自分を見る先輩の姿を見て、すぐに自分の早とちりであったことをルースは理解した。


◆◇——◆◇——◆◇——◆◇——◆◇


 「……」

 「あっははははは! あの状況から、私がアンタが期待してたようなこという訳ないじゃないのよ……!」

 「……そんな笑わなくたっていいじゃないスかぁー……」

 「ごめんごめん……っ、おかしくって、つい……ね?」


 一分後。誤解を解いたキキは、ルースの浮ついた勘違いを腹を抱えて笑っていた。


 ルースはと言えば、失礼な先輩の態度に唇を尖らせながらも、恥ずかし過ぎる勘違いをしてしまった事を、内心でこれでもかと悶えていた。


 そんな内心を誤魔化すように「ごほん!」と、わざとらしく咳払いを一つ。話題を切り替える為に、ルースは口を開いた。


 「それで? どうしたんですか、いきなり? ……まぁ、さっきアンセイムの冒険者と話してた内容に関係してるのは、何となく分かりますけど」

 「……、……あ~、うん……まぁ、そんなとこ。何て言うか、こう……ちょっと、聞きたい事があって、ね?」


 頬をポリポリと掻きながらバツが悪そうに愛想笑いを浮かべるキキは、歯切れの悪い言葉でそう言うと、少しだけ寂し気に表情を曇らせる。


 手すりに頬杖を突きルースに背中を見せると、ポツリと呟いた。


 「アンタ、さ……もしかして辞めちゃうの? 冒険者……」


 普段のキキとは似ても似つかない姿だった。


 いつもの大胆不敵な態度はなりを潜めている。繕ってはいるものの、『寂しい』という内心の感情が見え隠れする彼女の後ろ姿は、まるで知らない場所に置いて行かれた子供のようだった。


 「……さっき、聞いちゃったのよ。もう無いんでしょ? 冒険者続ける理由」


 拗ねたような二の句を聞いてルースは理解した。あぁ、そういう事か、と。


 「もしかして……それ聞く為に連れ出したんですか? 俺、てっきり……キキさんの方が冒険者辞めるから、その相談でもされると思ったんスけど……」

 「……それもあるけど、その前に聞いておきたかったのよ。何やかんや三年も相棒やってきたんだから……気になるし、それに寂しいじゃない」

 「……、……そ、そっスか」


 そう言って振り向いたキキは、少しだけ怒ったように、責めるように——いや、拗ねたように唇を尖らせながらそう言った。普段は天邪鬼な面がある彼女だが、今のこの時ばかりは、どうやら違うらしい。


 ハッキリと告げられた『寂しい』という言葉に、何だかルースは気恥ずかしくて視線を逸らす。本人が自覚してこういう態度を取っているのかは分からないが、こうも本音を言葉にされると言われた側としては照れ臭いものがあるものだ。


 「どうなのよ」


 返答に困りルースが少し黙っていると、急かしたようにキキが言う。振り向くと、先ほどよりも不安気な歪められた表情のキキが、震える瞳孔でこちらを見ていた。


 『辞めないで欲しい』——そんな言葉が透けて見えるキキの顔を見た瞬間、気付けばルースは口を開いていた。


 「辞めませんよ」


 ——三年前、ルースがキキに助けられてから色々な事があったように思える。


 今でも脳裏に焼きついている遠い過去の日の光景。リベルタス市であまり見られない雪の日に出会いには、キキと自分の姿が写っている。


 頼りないガス灯の明かり、淡雪の夜。


 少し水っぽい雪がしんしんと降りしきる光景の中で、襤褸切れに身を包んだ自分に、青い瞳を勝気に開いたキキが優し気に手を差し伸べてくれている。


 そう。あの日から全てが始まった。


 「……ジャンさんに言われて気付きました。復讐の為になった冒険者でしたけど、いつの間にかこの仕事が好きになってたみたいです。まだ続けたいって思える位に」


 『小僧。貴様はどうしたいのだ(・・・・・・・)? 悩んでいるという事実そのものがその問いに対する答えのハズだ』——ジャンの言葉が脳裏を過る。


 その問いに対する答えがこれだ。


 きっと、そう思えたのはあの時キキに救ってもらったからなのだろう。


 今日までの三年間は、充実した冒険者ライフだったとは口が裂けても言えない。だが、キキの相棒として冒険をした向こう見ずな日々は、まるで両親から聞いていた【GLORIA】で過ごした日々のように、心躍るものだった。


 冒険者を続けたい——いや、このギルドの一員でいたいと、自分が思っているは、自分が冒険者というものにロマン以外の充足を見出したからなのだろう。


 「……俺、三年前にキキさんに会えてホントに良かったですよ。まぁ、毎日貧乏ライフですけど……それなりに楽しい毎日を送れてるのは、キキさんのおかげですから……」


 ありがとうございます、と。ルースは小さく笑みを浮かべながらそう言った。


 「……、フフ。何か告白みたいね? もしかしてアンタ、本当に私の事そういう目で見てたりするの?」

 「……んなぁ!?」


 が、しかし。一拍の間を置いてキキから返って来たのは、そんな言葉だった。


 ニヤニヤとからかうような笑みを浮かべながら、赤くなったルースの顔を下からのぞき込んで来る先輩の態度に、「ち、違いますって!」とルースは反射的に否定する。


 「人がせっかく素直に感謝してんのに、何なんスかその返し……!」

 「あら? あんな早とちりするような奴、いくら疑われても仕方がないと思うけど?」

 「あぁ、もうこの話は終わりです! とっとと本題に戻りましょう!」


 顔を真っ赤にして慌てふためく後輩の姿が可笑しかったのか、ケラケラとキキが涙目になって笑う。そんな彼女をぐぬぬと責めるように睨みつけながら、ルースは無理矢理に話をぶった切る。


 「……肝心のキキさんはどうなんですか?」

 「何が? 私はアンタみたいに早とちりなんてしないわよ?」

 「……そっちじゃないっスよ! もうその話からは離れて下さい! 冒険者を辞めるのか辞めないのかの話の方です!」

 「はいはい、分かってるわよ~」


 最後に一度だけルースをからかったキキは、目尻に溜まった涙を拭う。


 「えーとね……うん。私もね……冒険者続けるわ」


 そして、どこか吹っ切れたような表情でそう言った。


 「せっかく忠告してくれたあのチビには少し申し訳ないけど、私やっぱり、冒険者好きだから……『終わりの世代』の冒険者として、冒険者の行く末を見届けるつもり。アンタに相談して良かったわ……私も踏ん切りがついた」


 だから——と、言葉を区切ったキキ。


 そのままルースの顔を真っ直ぐと見て、彼女は少し茶目っ気のある笑顔を作った。


 「これからもよろしくね、相棒?」


 何時の日だったかと同じように。


 真っ直ぐと差し出されたその手のひらをルースは握り返した。


 「……はい。これからもよろしくおねがいします、相棒!」


 強く拳を握り合った二人は、最後にお互いの顔を見て笑い合うそして再びアポン=エイヴォン第二商業区——自分達が帰るべき我が家足る【RASCAL HAUNT】へと向けて歩き出した。


 強く踏み出したその一歩は、決意に満ちている。


 まるで宝探しに出かける少年たちのように純粋な姿は、何時の日か多くの者が憧れを抱いた冒険者の理想像そのものだった。


 そう。彼らは今日この日、その宝を探しに冒険の一歩目を踏み始めたのだ。


 「ルース、帰りに何か奢ってよ。私お腹空いたわー」

 「いいですよ? 何がいいですか?」

 「えぇ、いいの!? 何よ太っ腹じゃなぁ~い! じゃあ、露店行きましょっ、露店! ここに来る途中、気になる店があったのよ~!」

 「ちょっ、引っ張らないで下さいって……!」


 夜が更けていく。


 人気のないウェストテルフォード橋は、逢瀬の場を求めた恋人たちが、ちらほらと見え始めた。


 ロマンチックな空気感を漂わせる彼らとは対照的に、子供染みた——というより、まんま子供達が纏う空気感のそれを醸し出す二人の表情は、激動の一日を送ったにしては明るい。


 夜空の真ん中に居座る満月は、そんな彼らを照らすスポットライトの役割でも担っているのか、見計らったように、薄っすらとした雲の奥から顔を出した。


 季節は春の初め。


 十二ある暦月の内の四番目、芽吹きを司る女神プロセルピナの見守る月。


 ——とある二人の子供たちが、その芽吹きの祝福を受けた日の出来事であった。

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