第18話‐DANGEROUS SPEEED④・中編
※今回は一話で掲載すると少し長すぎるので、前中後編にします。
背中合わせで後ろに立った人物は、敬愛すべき先輩冒険者である。
自分と同じくかなり苦戦しているのだろう。後ろ目で見ると、ルースと差して変わらない程に、ボロボロの姿で立つキキの背中があった。
「……状況はどうです?」
「腕も弾も足りてるわ……でも、手数が足りないわね。あっち二丁拳銃なんだもの……私もあと一丁、拳銃が欲しいところよ。……そっちは?」
「一言でいうと最悪ですね……腕も手数も武器も足りません。淆原種相手じゃ接近戦は圧倒的不利。遠距離主体で戦おうにも、俺の銃の口径じゃ弾かれる。……最低限、せめてアイツに効く武器が欲しいところです。バケモンですよ、アイツ」
互いの戦況を確認し合うように話し合うと、余裕の笑みを浮かべるジャンとミーシャの姿が視界に入る。
勝利を確信しているのだろう。まるで『負け犬に話す時間くらいは与えてやるか』——なんて、内心が透けて見える態度で呑気にリロードをしている。
腹の立つその態度に内心で苛立ちを溜めつつ——しかし二人は、ニヤリ、と。
冒険者らしく快活な笑みを浮かべた。
「……そう——じゃあ決まりね?」
「みたいっスね?」
余計な言葉なんて必要ないと言わんばかりに、少ない会話で互いの真意を悟った彼等は、自らの銃へと手を掛ける。
ルースはホルスターに仕舞った回転式拳銃を、キキはその手に持った上下二連式の回転式小銃を、敵に向かって歩き出した相棒の背中へと放り投げた。
その放り投げられた銃をキャッチし、銃の交換を終えた二人は、それぞれの武器を構えて互いの敵を睨めつける。
「——作戦会議は終了かッ? だとしたら随分と杜撰な計画だなッ!」
「やってることが子供のそれ。若いを通り越して幼い」
「杜撰で結構。結果出せば全部チャラっスよ」
「幼さの塊みたいな見た目の奴が言うセリフじゃないんじゃないの? それ」
互いにメンチと啖呵を切り合い、周囲の空気感を火薬の匂いで充満させて行く。
張り詰めて行く空気の中、戦いの再演を告げるように一番最初に行動を起こしたのは——ルースだった。
「フンッ! 破れかぶれかッ、小僧ッ!」
「——そう見えるのかよっ!?」
鼻で笑ったジャンの言葉通り、ルースの第一手は破天荒なものだった。
思いっ切り振り被られた腕。一直線にジャンの喉元へと投げられたのは、サーベルである。
唯一の対抗手段であった武器を手放せば、最早ルースに勝ち目など無い。
一見、奇策に思えるその戦法も、ジャンにとっては下の下の愚策だ。
しかし、次の瞬間——バァン! と、一発の銃弾が鳴り響く。
ルースがキキから渡された上下二連式のリボルビングライフルである。その弾丸の射線が撃ち抜いたのは、彼が投げたサーベル、その柄の底。
「ッ!?」
それによって起きたのは、弾丸に押されて加速したサーベルの弾丸である。予想外の攻撃に一瞬だけジャンの表情が驚きに染まった——が。
「下らんッ! 奇策に奇策を重ねたところでどうにかなると思ったか……ッ!」
当たり前のようにサーベルの刃先を白刃取り、ポイと投げ捨てると……いつの間にか場所を移動していたルースが、手を振り上げてこちらを見ていた。
どうやら時間稼ぎが目的だったらしい。
「ほらっ、こっち来いよ犬っころ! ビーフジャーキーはここにあるぞ!」
先ほどジャンがソードオフ・ライフルで工場の壁に空けた大穴である。そこから中へ走って行った彼の姿を見て、ジャンは呆れたように悪態を吐く。
「……まったく。奇策の次は逃げの一手かッ……悪足掻きが好きな小僧だッ」
大穴から中へ入ると、暗い廃工場の中を木漏れ日のように射し込んで来る日の光が照らしていた。かつては織物工場か何かだったのだろう。織機のような道具があちらこちらに散らばっていた。
「隠れても無駄だッ! ベオルヘジンの嗅覚から逃げられると思うなよッ!」
スンスン、と。鼻を動かしながらジャンはルースのに匂いを辿る。
すぐにその居所を掴み、ニィ、と笑った彼は、廃工場の奥——瓦礫がたくさん転がった足場の悪い場所へと向かった。
「もう逃げなくていいのかッ?」
「あぁ、ここでアンタを仕留めるよ」
嘘偽りはないのだろう。しかし、薄っすらと笑みを浮かべながらも、ルースの額から流れる一筋の汗を見て、彼の言葉には多分な強がりが含まれている事を悟る。
その覚悟に敬意を表し——。次の瞬間、大きく目を見開いたジャンは、地面を蹴り上げる。彼我の距離は凡そ五メートル。その距離を跳躍一つで飛び越えんとする彼は、大きく爪を振り被った。
「……っ!?」
そして、フッ、と。
引っ掛かった——。とでも言いたげに、嫌味な笑みを浮かべたルースが、瓦礫の一部を指差した姿を見て、ようやくジャンは敵の術中に嵌った事を理解した。
その指先に視線を向けると、瓦礫の中へ隠すように、一枚の小さな短冊状の紙——ルーン・カードの上に、モリア蒼銀の破片が置いてあった。間違いない。精霊使役を利用した精霊資源の使用である。
そこに書かれた『ᛖᛪᛈᛚᛟᛋᛁᛟᚾ』の文字を見つけた、次の瞬間。
爆発音と共に視界が赤色に染まった。
爆発の衝撃により銃弾のような速度で瓦礫がジャンに襲い掛かり、熱波が彼の表皮を覆い尽くす。そのまま爆風により、天井を突き破って吹き飛ばされた彼は、重力に従って再び廃工場の中へと落ちて行った。
——だが、しかし。
「……ぐぬぅぅぅぅぅッ、やってくれたなぁッ!? 小僧ぉぉぉッッ!!」
爆発の衝撃により辺り一帯に砂埃が蔓延している。パラパラと瓦礫の雨が降ってくる中、それを煩わしそうにしながら、首をポキポキと鳴らす大きな影が歩いて来る。
未だ砂埃で見えないものの、匂いでその居所を掴んでいるのだろう。迷いのない足取りで一際大きな瓦礫の後ろへと進むジャンは、怒髪天を突くといった表情でソードオフ・ライフルを構えた。
だが、そんな彼を嘲笑うかのように。
「この期に及んで目くらましか……ッッ!!」
再び青い燐光が瓦礫の後ろで輝きを放つ。次は爆弾ではない。煙幕だ。モクモクと沸き立つ白い煙幕が、すぐにルースが隠れている大きな瓦礫を覆った。
ジャンは怒りで全身の毛を逆立たせると、地面を蹴って突貫する。
そのまま大きな瓦礫に体当たりをした。凄まじい衝撃で瓦礫が倒壊し、ルースがいたであろう場所に雪崩れ落ちて行く。瓦礫の下敷きになった場所から、ルースの匂いがするのを確認し、ジャンは勝利を確信した。
「フハハハハハッ! これで身動きは取れまいッ、小僧ッ!? 」
勝ち誇った高笑いを叫びながら、瓦礫を除ける。その下にあった潰れたルースの死体を見ようとして——。
「……っ!!」
そこにあった、ルースのベスト見てジャンは瞠目した。
スンスン、と。匂いを辿ると、目の前にあるベスト以外に同じ匂いを漂わせる何かを発見する。その匂いに混じって漂う火薬の匂い。そしてカチャリ、と。撃鉄を下ろす音が聞こえる。
次の瞬間、「その銃は効かんぞ……ッ、小僧ぉぉぉぉッッ!!」と。ジャンはその音と匂いのする上へと、弾かれるようにして跳躍した。
「——それはどうスかね?」
ニヤリ、と。
天井にぶら下がってこちらへ銃口を向けていたルースが笑みを浮かべる。
ジャンが跳躍した事により、一瞬にして彼我の距離が縮まって行く。
片やリボルビングフル、片やソードオフ・ライフル——ライフルを構え合った二人のガンマンによる早撃ち対決。その勝敗を決めん、と。二人はトリガーに指を掛けた。
瞬間、凄まじい銃撃音が鳴り響く。
「な、にィ……ぅぐ……ッ!!?」
そして、ジャンが全身に走った痛みに驚愕を露わにした。
ライフルで撃たれた痛みではない。全身に走るこの痛みは、ショットガンで撃たれた時特有の、全身に走るじんじんとした痛みだ。
ルースが持っていた銃はライフルである。ショットガンではない。いったい何が起きた? とい、そんな疑問について考える間もなく、空中でバランスを崩した彼は、そのまま地面へと落下して行く。
すぐにジャンの巨体と地面が衝突する音が響き渡り、砂埃が辺りを包み込む。
その砂埃の奥に、影が一つ現れた。下へと降りて来たルースである。
視界が定まらない中、何が起きたか分からないジャンだったが、砂埃の向こうに見える二連式のバレルを持つリボルビングライフルのシルエットを見て、すぐにその銃の正体に思い至った。
「ショッ、トガン……。なるほどッ……複合銃、かッ……! 珍しい銃を持っている、な……ッ!」
「えぇ、ホント……どこから手に入れて来たんだか……」
——『Bellnagan‐M1031 Day Blues』。
別名、象撃ち銃。ルースが現在持っているリボルビングライフルは、キキがどこぞで手に入れてきた上下二連式の複合小銃である。
上のバレルから発射できる通常のライフル弾の他に、撃鉄の先についた小さな撃鉄を下に向けることにより、下のバレルからショットガンの弾薬を撃つ事が出来る銃。
ライフルとショットガン、二種類の銃に変化する紛う事なき珍銃である。
流石のジャンも、流血こそしていないものの、コレは効いたらしい。
膝を着いた態勢で、かなり痛そうに表情を歪めている。
「——効いたぞッ、小僧ッ! 俺に膝を着かせたのは褒めてやってもいいッ! だがッ……フハハハハハ! それでも、足りんなッ!」
「……」
しかし、それでも届かない。
ニヤリと笑ったジャンは、当たり前のように立ち上がった。
「どうするッ! 俺に効く銃はもうあるまいッ?」
「いえ——あと一丁あります」
「?」
そう言って、ルースは砂埃の奥から姿を現した。
ジャキン! と、ジャンへ向けてリボルビングライフル——ではなく、ソードオフ・ライフルを構えた。
「……」
その銃を見て、ジャンは目をパチクリ。
自らの左手に目を見遣り、そこに握られていた筈のソードオフ・ライフルが無い事に漸く気付く。
「ジャンさんでしたっけ? 一つだけ聞きたいんスけど——淆原種って、何口径の銃までなら耐えられるんですか?」
彼我の距離は50㎝。流石にコレは躱せない。腹に大穴が空くだろう。
先程のショットガンは、自分の銃を撃ち飛ばしすのが目的だったのだと、理解したジャン。
自分の銃が奪われた事を自覚した彼は、先程までの威勢を潜め、自らその場に膝を着く。両手を上げて降参のポーズを取り、小さな声で口を開いた。
「……待て。止めろ小僧、その銃は俺に効く」
「それ聞いて安心しました」
ニッコリと、飛びっきりの笑顔で笑ったルース。
若干の皮肉的なニュアンスが含まれたその言葉は、紛れも無い勝利宣言だった。




