序章:俺がここにいる理由
推敲したものを再投稿しています。よろしくお願いします。
——両親が冒険者ギルドから追放されたのは、既に二〇年も前になる。
母さんが旅の過酷さに耐え切れず、流行り病で野垂れ死んでしまった時、メンタルをやられてしまった父さんから、懺悔するように聞いた話だ。
潰れてしまいそうな精神状態で、そんな惨めな過去を自分の子供に話すのは、さぞ辛かっただろう。いや、むしろ誰かに話を聞いて貰わなければ、父さんは潰れてしまっていたのかもしれない。
まだ記憶に残る父さんの顔は、いつもいつもやつれていたから。
でも、あの時少しだけ不思議だったのは、あの時の話には、自分たちを追放したはずの仲間たちに対して恨み節の一つも無かった事だ。
限界ギリギリまで追い詰められた人間なんて、何かに当たらずにはいられない。なのに何故か、父さんから聞いた話に登場する仲間たちは、とても勇敢で、とても優しくて、少しだけずる賢くて——とてもとても、仲間思いな奴らだった。
仲間を褒め称える言葉ばかりだった。感謝する言葉ばかりだった。
隠していてごめん、と。仲間に懺悔する言葉ばかりだった。
追放された理由をその口から直接聞いたわけでは無い。けれど、父さんの口から涙ながらに出てきた謝罪の言葉を聞いて、父さんが冒険者ギルドを追放された理由には、何となく察しがついてしまった。
きっと、理不尽な理由で追放されたわけでは無かったのだろう。
自分の力に怯える仲間の視線に耐え切れず、勝手に父さんが冒険者ギルドを飛び出してきただけだったのだ。きっと、母さんもそんな父さんを見かねて、何も考えずについて行っただけだったのだと思う。
『……ルース。僕が燃えて骨になったら、石で砕いてアメリアと一緒に木箱に入れなさい。火傷をしたら危ないから、骨が冷めてから砕くんだ。そうしたらどこか安全な所に、一緒に埋めて欲しい。……ごめんな』
覚えている。自分に火をつけた父さんが、ぼうぼうと燃えながら死んで行く姿を。
雲一つない夜だった。荼毘の火でできた風に扇がれて、あの真っ暗な藍の空に昇って行く青みがかった火の粉の、泣きたくなるくらい寂しげな姿を思い出す度、いつも思う。
肉が焦げ、骨にこびりついた血が灰になって剥がれていく父さんの遺骸は、あの日の夜空の向こう側——母さんと同じ場所まで昇って逝けたのだろうか、と。
もう父さんはいない。燃え散って、そして灰になってしまった。
そんな疑問を抱き続けたところで、その答えはもう二度と分からないと、嫌というほど分かっている。でも——それでも、嘘でもいいから答えが欲しいと思ってしまうのは、父さんが最後まで仲間たちを信じていたからなんだと思う。
『……ここから東、海を越えた先にあるベダガンダ大陸のセントへリック統州国に向かいなさい。あの国のクローナー州には、リベルタスっていう大きな都市がある。僕の骨を砕き終わったら、リベルタスにある【GLORIA】っていう冒険者ギルドの冒険者を頼りなさい……僕が入っていたギルドだ。僕の仲間たちなら、きっとルースを助けてくれるから』
居場所を追われ、世界中を放浪するしかなかった両親にとって、唯一の故郷とも言ってよかった冒険者ギルドは、それだけ替えの利かないものだったらしい。
心から信頼していたのだろう。
死の間際に自分の息子を託す最後の拠り所として頼るくらいには。
だからこそ、今でも大きな憤りがある。怒りがある。逆恨みであることを理解しながらも、父さんと母さんの死に、せめて慰めが欲しいと思ってしまっている自分がいる。
だからこそ、今でも割り切れない何かだけが残っている。矛先を見失い、ただ漠然と『どうにかしなければ』と、まるで内から突き上げるような、鬱屈とした衝動だけが燻っている。
父さんと母さんの死に、その死にたどり着くまでの苦痛の日々に酬いる『何か』があって欲しいと、その『何か』を探している自分がいる。
——だからこそ、自分がその『何か』にたどり着いてしまうのは当然だった。
『……最後だ、ルース。お願いがある。僕とアメリアの仲間たちを憎まないでやってくれ。本当に良い奴らなんだ。……本当にごめんな、最期までこんなんで。どうか元気で——』
——優しい人になりなさい、ルース、と。
そう言って父さんは物言わぬ骨になって消えて行った。
パチパチと火の粉が爆ぜる燃え殻の前で、しばらく呆然としながら、遺骨の熱が冷めるのを待って考えていたのは、父さんの最期の言葉に関してだ。
“僕とアメリアの仲間たちを憎まないでやってくれ”。
何度も脳裏で反芻されたその遺言に、俺は謝らなければならなかった。ごめんなさい、父さん……それはできない、と。
——父さんが、そして母さんが憎まないなら、俺が代わりに恨むよ。
父さんと母さんの仲間たちだった奴らが、どんなに良い奴でも、たとえ世界の果てにいようとも、必ず見つけ出して、復讐するよ。
あの日、石で父さんの遺骨を砕きながら、自分がたどり着いてしまった『何か』の正体はそんな下らない復讐だった。
あれから既に四年。
貨物船への密航と蒸気機関車への不正乗車を繰り返しながら、俺は三年前にリベルタスにたどり着いた。かつての父さんと母さんと同じように、忌々しい冒険者の身分に身をやつしながら、俺は今、ある冒険者ギルドに所属している。
【RASCAL HAUNT】という冒険者ギルドだ。
腹の立つ事に【GLORIA】は、もうずいぶん前に経営不振で潰れてしまったらしい。だが——それは別に、俺が復讐を終わらせる理由にはならない。
何故なら、仇はまだ生きている。
——だから必ず、必ずだ。必ず奴らを見つけ出して、復讐を遂げて見せるっ!
「「うぇぇぇぇぇぇぇぇぇ~~ん……っ!!」」
そのはずだったのに。
なぜか俺は現在、冷たい牢獄の中で半森人種の少女と共に、ガチ泣きしていた。
「ホント……何でどうしてこうなった……!?」
——どうしてこんな状況になったかといえば、時刻は数時間前まで遡る。