稲万里さんちの新入り君
「……。」
僕は、馬鹿デカイ門を目の前にして、絶句していた。
…何なんだ、ここは。
達筆な字で書かれた、『稲万里』という名の表札を横目で見て、ここの家で間違えない、ということを改めて確認する。…こんなの夢であって欲しい。全力で。こんな家で…生活できるかあああッ!てかそれ以前に、こんな山奥に家があるのがここしかないから、間違えてたら僕野宿だし。
「とりあえず、インターホン押すしかなよな…はぁ…」
表札の隣にある、黒光りしているインターホンを押そうと僕は手を伸ばす。…しかし。
「うおおおおおおおおお…押すぞ…押すんだぞ…押す…」
いくら決意しても、自分に言い聞かせても、インターホンを押すことが出来なかった。手の震えが止まらない。こんな大きな家、見たことが無かったからかもしれないし、こんな家でやっていけるのか、という心配があったからかもしれないし、何故だかは分からない。でも、ここで理由を探求してても前には進めない。理由はどうであれ、僕がビビッているという事実には変わりないのだから。立ち上がれ、立ち上がるんだ、僕!!!!
「うおおおおおおおおおおお!!!」
咆哮してインターホンを押そうと指に力を入れた刹那。
『ぎ、ぎぎぎぎぎぎぎぎぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ…』
と重い音が僕の隣で響いた。
「へ?」
間の抜けた声を漏らし、音のする方向を見た僕。そこで僕が見たのは…。
「……お前…誰?」
「見かけない顔じゃの」
「新入りさんですかぁ?」
重そうな門が30センチ位開き、そこからにょっきりと飛び出した、顔×3。
「ひゃあああああああああッ!?」
「ほらほら、驚かせてるぞ」
「撫子のせいですよぉ」
「私は何もしておらん!!」
そういいながら声の主達が門から出てくる。…小学校4年生くらいだろうか。すごく可愛い。
「あ、こら、お前達!」
「あらあら、張り切ってますわね」
「来てるのか?来てるのか?」
「…ふわぁぁぁ」
「もう待ちくたびれたしぃ~」
「あわわわわ…ごめんなさい…」
「なんで謝るのかなぁ?」
「だぁ!!」
「うわ!引っ張るなあ!裾引っ張るなぁ!」
「五月蝿いですよ、菖蒲」
それに続いてどんどん出てくる個性豊かな皆さん。
呆気にとられてそこに立ち尽くしていると、不意に門から出てくる人が途切れた。どうやら、これでこの家に住む人は全員らしい。…って多ッ。
「えーと?中江遼くん…ですわよね?」
「え?あ、はい!中江遼ですッ!今日からここで働くことになりましたッ!よろしくお願いしますッ!」
いきなり名前を呼ばれて、その反動で自己紹介した僕。…そう。ここが、僕の新しい職場。
「遼くんか、へぇ」
そういって微笑んだこの家の住人は何か裏にありそうな笑みを一瞬だけ浮かべて、元の人当たりがよさそうな笑いにかえて言った。
「ようこそ、稲万里家へ!!」
これが僕の非・日常への入り口だなんて、そのときは考えもしなかったんだな…
なんか、私コメディーしかかけないんじゃないの?って思いつつ、書きました。
ハチャメチャな稲万里さんち、お楽しみください。