第二百十話
イーリアの屋敷に集まったのは、大火事で焼け出された被災民のような、ズタボロの男たちだった。
しかし彼らの顔は一様に誇らしく、宝物を掘りだしてきたばかりの腕白小僧みたいに輝いていた。
彼らを代表して鉄鍛冶の親方がイーリアの前に進み出て、その後ろから獣人たちが四人がかりで大きな鉄のインゴットを運んでくる。
現代文明に慣れた者からすると、不格好でいかにも質の悪そうな鉄だったが、職人たちにとっては違う。魔法使いの力を借りないのであれば、普通、ここまで大量の鉄を一度に溶解することはできないらしいのだ。
ただ、そのいわば産業的な記念式典の場に、アランの姿はなかった。
幾人かの職人や、建築技術を持っている獣人たちと共に、新しい炉のための問題点を洗い出している。
確かに鉄は溶けだしたが、それだけでは必要な道のりの半分にも達していない。
クルルがバードラにやってきて立ち尽くす自分を見つけた時、高炉は煙を上げていたものの、すでに火は落ちていた。むしろ夜が明けるまで炉が崩壊しなかったのが不思議なほどで、その後の操業などできるはずもない。
しかし、高炉の真髄とは、火を落とさないことにある。
数日、数十日にわたり、24時間連続操業することで、初めてその真価を発揮する。
鋼鉄を得るだけなら、産業革命の前、高炉が普及する以前の古めかしい精錬法や、この世界の技術でもできなくはないのだ。
けれど燃料と鉱石を入れて製錬するごとに、全部壊して中から鉄を取り出す必要があった。
これは温度が足りず、鉱石を完全に液状にするのが困難だからだ。
この方法だと毎回炉を作り直さねばならず、炉の再構築に時間と大金がかかるし、毎回温度をゼロから上げるために余計な燃料だって必要となる。
エアコンをこまめに切ったりするより、つけっぱなしのほうが実は効率が良い、という話の極端なバージョンだ。部屋を冷やすたびにエアコンを外して壊して新品を付け替えるような話なのだから。
しかし高炉ならば、高温を出すことで鉄を液状化させられるので、溶けた鉄を逐次外に排出することができる。
こうして炉を壊さず、また火を落とすこともなく、次から次に燃料と鉱石を放り込むことで、何十日、何百日でも連続で操業することができる。
これは古代の炉と比べると、燃料の節約をしながら同時に大量の鉄の生産を可能とする方法なのだ。
しかしそのためには、それだけの操業に耐える炉を作らねばならない。
それに実際に炉を動かしてみて判明した問題は、炉をどうするか、というだけではなかったのだ。
というか、この問題のほうが厄介だったかもしれない。
これを解決できなければ、アランたちが素晴らしい高炉を作り上げたとしても、絵に描いた餅、いや、石に刻んだ魔法陣になってしまう。
その問題というのは――。
「で、相変わらず暗い顔をしているわけか」
式典後のイーリアの屋敷。
客が帰って静かになった炊事場で、クルルは自分の前にご飯を置きながら、呆れたように言ったのだった。
イーリアは昨晩の港の騒ぎで夜中に起こされたせいか、あるいは式典で飲み過ぎたのか、二度寝をしている。
鉄鍛冶職人や獣人たちも、鉄鍛冶職人組合の会館での宴があるのでそちらに行っている。
大宰相殿もぜひ、と誘われたが、仕事を口実に遠慮しておいた。
というか、判明した大問題をどうにかしないと、この祝宴自体が、すべてぬか喜びになってしまうのだ。
「鉄はできたんだろ?」
パンをちぎり、祝宴で焼いた竜の肉から出た肉汁のソースを付けながら食べるクルルの問いに、自分は呻くように答えた。
「でき……はしましたが」
スープを木の匙でかき混ぜていると、竜の肉がごろごろ入っている。
クルルなりに元気づけようとしてくれていることがわかり、竜の肉を噛みしめながら、続けた。
「問題があるんです。燃料です」
クルルは小首を傾げ、視線を料理に向けていた。
「燃料? 薪のことか?」
「です。正確には木炭ですが」
火を起こし、製錬する。
製錬費用のほとんどは燃料に集中するといってもいい。
鉄鍛冶職人たちも、小規模ながら鉄を赤熱し、叩いて鍛えて加工するので、どのくらいの量の鉄の精錬ならどのくらいの燃料になりそうかはおおまかに把握していた。
そこからざっと計算し、多すぎるくらい多くの木炭を用意した。
しかし、商会から手伝いにきてくれて、あの炎の戦場では資材の運搬を指揮してくれたトルンが、製錬騒ぎの後の朝日の中で自分を見るや、とても良い笑顔でこう言ったのだ。
――木炭が足りなくなるかもってひやひやしたぜ!
「木炭は間に合ったんだろ?」
その場に居合わせていたクルルが、不思議そうな顔でそう言った。
「間に合いましたが……次回の分も用意してたつもりだったんです」
自分の重々しい言葉に、クルルは肩をすくめるだけ。
「そんなもんだろ。料理も経験で学んでいくものだ。最初からうまくいかないからって、そんな落ち込む必要はないだろう」
ちょっと怒っている感じさえあった。
「今までだって、そうしてきたじゃないか」
ノドンからこの島の実権を奪い返すことに始まり、順調にいったことなんてひとつもなかった。その都度みんなで知恵を出し、力を振り絞り、時には運頼みでどうにかしてきた。
なんならそれは、ついこの間の大規模魔法陣の起動騒ぎもそうだ。
クルルはその経験から言ってくれたのだろうが、今回はちょっと質が違う。
「それは、そうなのですが、無い袖は振れませんから」
「なに?」
「木炭です。あまりにも大量の木炭が必要なんですよ。自分はそれを甘く見積もっていました」
ジレーヌ領は島であり、森はあるものの、当然有限なのだから。




