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第二百一話

***頼信(21)***


 視界の先では、ゲラリオやクルルたちが魔法を放ち、手伝い役の獣人が距離を測り、読み上げられた数字をファルオーネが記録し、ゼゼルが背中を丸めてその数字から数式を導き出そうとしていた。


 さらに獣人の少年たちがその脇で、ルアーノから天秤の使い方を教わりながら、魔石の粉と粘土を混ぜ合わせ、夢中になって合成魔石を作っていた。


 アランだけが、炉の研究を優先して不在だった。


「ちょっと、色々まとめるのが大変ですね」


 次から次にいろいろなことが判明するので、紙が足りなくなりそうだ。

 意識的に実験して判明したこともそうだが、偶然判明したことも多い。


 たとえば平べったい大きな魔石に、同じ魔法陣をいくつも刻んだところで、効果はほとんど変化しないということは、この世界でも広く知られていた。


 けれど、獣人の子供たちが粘土遊びと勘違いして好き勝手に合成魔石を作っているせいで、予期せぬ構造の合成魔石を、それと気付かずに使用して危うく大事故になりそうになったことから判明した事実もあった。


 初めて魔法を使った時のように、突如として大きな威力が出て驚くクルルが手にしていた魔石。

 そこには同じ魔法陣が、ふたつ刻まれていた。


 ひとつは、表面に。

 もうひとつは、魔石の反対側の裏面に。


 ただそれだけのことでも、なぜか効果が跳ねあがった。


 魔石には、この手の隠し設定が、まだまだありそうなのだ。


「私としては、魔法によって効果範囲が異なるのも興味深い」


 実験の数値を眺めながら、ファルオーネが言った。


 炎、冷気、風、雷。


 基本的と言われる攻撃魔法は、それぞれ物理的に異なる現象なので、効果範囲が異なるのは当たり前と言えばそうなのだが、自分の目からもやや気になることがある。


「自分が気になるのは、こう、魔法の種類に関わらず、流体っぽい振る舞いをすることなんですよね」

「ふむ?」

「どの魔法もそうですけど、飛距離を伸ばしてくださいと言うと、クルルさん以外はできるでしょう? その代わり、威力は落ち、効果時間が長くなります」


 ずらずらと数字が書かれた紙束の中から、数枚を抜き出してファルオーネに見せる。


「確かに。ゲラリオの奴も、先っちょを摘まんで小便を遠くに飛ばす感じといってたな」

「ヨークンさんは、皮袋の口を絞って遠くに水を飛ばす感じと言ってました」


 ファルオーネは肩をすくめ、ゲラリオの下品な物言いに哀悼の意を示す。

 もちろん、ゲラリオがその喩えを口にした時、クルルはものすごく嫌そうな顔をしていた。


「例えばなんですけど、魔法とは、魔石が気化したもの……水を沸騰させて出てくる湯気みたいなものなんじゃないかと」


 なので、裏面と表面に魔法陣を刻んだら威力が跳ねあがったのは、いわばやかんの過熱面が増えたからではないか。


 ただ、魔法陣が魔石の同一表面にあるとその効果が起こらないのは謎だ。


「ふうむ。確かに彼ら魔法使いは、入れ墨だかを通じて魔法のなにかが体を通り抜けると言っている。魔石は空気のようななにかになり、魔法使いの体を通り抜けることで魔法となる?」

「なんとなくですが」


 ファルオーネは羽ペンで顎をこすり、「しかし」と言う。


「魔法というものには種類がある。するとこのへんの数字がよくわからん」


 ファルオーネが示したのは、単純な距離や効果時間の測定の後に行った、ひとひねり加えた実験だ。


「正面から炎の魔法を打ち合った時、なぜこうなるのだ?」


 ファルオーネは別の紙束を探し出し、ちょっと驚くくらいにうまいスケッチを示した。


「炎と炎はぶつかり合って、大きな炎にならなかった。互いに消火するかのように、けん制し合ったのだ。炎はそういう振る舞いをするだろうか? それはヨリノブ殿の言う、蒸気的なものだとしても、そうだ。」

「足し算になりそうですよね」


 炎と炎がぶつかったら、もっとでかい炎になる……気がする。

 そんな実験したことないので確証がないのだが、魔石によって生み出された炎をぶつけた時の振る舞いを見ると、すごい違和感を抱くのだ。


「そもそもこれは、本物の炎なのだろうか?」


 ファルオーネは紙にその言葉をメモし、丸印をつけている。


 死神の口関係の実験で、魔法の炎は死神の口で消えるが、焚火の火は消えないことが確かめられている。

 それと炎魔法で着火した焚火の火も、同様に死神の口では消火できなかった。


 どうやら死神にとっては、それらは別の火らしいのだ。


「海上鉱山の基地を作った際にゲラリオさんが言ってましたけど、魔法で生み出した氷はやけに長持ちするらしいです。なので、魔法というのは、火や氷に類似したナニカを生み出しているのか、とも思ったのですが」

「風魔法を先ほど調べていたな」


 ファルオーネがくすくす笑い出したのは、その時の実験の奇妙さを思い出したからだろう。


「匂いを嗅ぎだして驚いたものだ」

「なんの匂いもしませんでした。酸欠にもならなかったですし、多分、あれは普通の空気なんです」


 酸欠を翻訳できなかったが、ファルオーネは特に気にもしていない。

 むしろ自分が勝手にやっていた実験のことを思い出すのに忙しいようだ。


「それにヨリノブ殿は、風魔法の魔石を、水に沈めて使わせていた。そんなことをやらせたのは、後にも先にもこの世界ではヨリノブ殿が初めてだろう!」

「風魔法は水中で使っても、泡を出しませんでした。つまり空気を生み出してはいないようです。代わりに、水流が生まれたんですよね」

「と、なると?」

「風魔法に限らず、魔法は新しいナニカを生み出すわけではないということです。多分、魔石は、万能エネルギーのようなものだと思うんですけど……」

「うむ? エ、ル……?」


 ファルオーネは、というか、この世界の人たちではまだ理解していない概念がある。


 それが、エネルギーだ。


「前の世界では、エネルギー……このようになにかを動かし、変化させる力そのもののことを、「仕事」と呼んでいました」


 科学用語を翻訳してくれた先人は偉大だと思う瞬間だ。


「仕事」

「そして各種攻撃魔法の熱も雷も風も光も全部、「仕事」の観点から表現できます」


 熱力学と、電磁気学。


 ファルオーネには、熱で水を沸騰させて出てきた蒸気の圧力を使えば物を動かすことができ、物を動かしてなにかとこすり合わせれば熱が出ると説明した。つまりそれらは根底でつながっている現象なのだと。


 電気だけは説明に苦慮して、信じてもらうしかなかった。


 現代の知識で言えば、コイルの近くで磁石を動かして電磁誘導を引き起こし、回路に抵抗を繋ぐことで熱が発生するし、熱を与え続ければ黒体放射で光が出る。


 よって、熱、運動、電気、光がすべて繋がるのだが、ここで全部説明するのは無理だ。


 ただ、蒸気と運動、運動と摩擦熱の関係はファルオーネにも直感で理解できたので、ひとまず正しいものだと飲み込んでくれた。


「なので自分は、魔石というのは万能なエネルギー、つまりあらゆる「仕事」を引き起こすことができる物で、魔法陣はその変換機に該当するのではないかと解釈したんですが」


 前の世界で言えば、魔石は電気がそのまま固体になったようなものだ。


 そして前の世界では、電力さえあれば理論的には宇宙に存在するありとあらゆる現象を再現できる。


 しかしそう考えていくと、ある魔法が問題になったのだ。


「ふむ。ヨリノブ殿の解釈でよさそうに思えるが?」

「氷魔法が立ちはだかるんですよ」


 冷却には、エネルギーを与えるのではなく、奪わねばならないのだから。


「う、む……?」

「手をこすり合わせると熱くなるのが摩擦熱で、空気の熱も似たようなものと考えてください。空気を構成する小さなものがぶつかり合って、熱になるみたいな感じです。そして冷たいというのは、このぶつかり合いが減ることで、どんどん冷たくなるんです」


 熱というのは大体こんな理解のはずだ。


 だから、エネルギーを与えるのではなく、奪わなければならない。


 ただ、プラスのエネルギーを使って物体を冷やす方法もないわけではない。

 たとえば、冷蔵庫やエアコンはエネルギーを使って物を冷却する。


 とはいえこれらには媒質や工学的な工夫が必要で、氷魔法は他の基礎魔法より格別複雑な魔法陣というわけではなく、この線はなさそうに見える。


 あるいは光魔法の応用で、レーザー冷却のようなことをしている可能性もあるにはあるが、マクロな環境に影響を与えられるとはとても思えないし、氷魔法は光魔法とは魔法陣が異なっている。


 よって、氷魔法は直接物体から熱を奪っていると考えるのがシンプルな解なのだが、魔石が万能エネルギーの塊だとする理解は使えなくなってしまう。


「もっとも……魔法は神が授けし摩訶不思議な力です。自分が前の世界で得た理屈が当てはまらないというだけ、という可能性は低くないと思います。自分の知識は、まさに異世界の知識ですし」


 自分が降参したように言うと、ファルオーネはかえって厳しい顔つきになる。

 そして、自分があえて言わなかったことを、口にした。


「それにしては、ヨリノブ殿の知識がこちらの世界で役に立ち過ぎではあるまいか?」


 そう、そうなのだ。

 魔法の実験をして、そこから判明するあれこれを見て、その原理はなにかと考察しようとすると、前の世界の常識とは全く異なることだらけになる。


 魔法だから当たり前と言えばそうなのだが、自分が悩むのは、ファルオーネの言ったことがあるからだ。


「この世界が完璧に幻想的だったら、悩まないんですけどね……」


 世界は精緻な構造体であり、きちんと辻褄があっていなければならない。


 宇宙というものは、存在するすべての物理法則が正しくバランスを取っているからこそ、存在できているのだと言われることがある。

 物理の法則やらは、互いに関連しあっているためだ。


 ということは、前の世界の知識が役に立つのなら、それはこの世界もまた、前の世界と共通する多くのルールに従うことを意味している。


 この世界は確かに、獣耳の女の子がいるなど、前の世界では考えられないことがある。

 でも、物理学や数学、論理学の法則が成立しないことというのは、それらとはわけが違う。


 それは、世界の根幹にかかわることだから。


 魔法は、その根幹を揺らがしているように見える。


 それは、まさに魔法なのか、それとも、見落としているナニカがあるのだろうか?


 自分はファルオーネの視線を受け、一度深呼吸をした。


 そしてゆっくりと、前の世界の知識を反芻していった。


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― 新着の感想 ―
そもそも氷魔法を(空気中の水分を除く)液体の水のない場所で使ったり、水以外の液体に使ったりした場合の動作も分からん。 H2Oの氷が出来上がるのか?ダイアモンドダストになるのか? 油みたいに凝固点が…
おもしれ~
風魔法はポンプの動きだけど氷魔法がわけわからんと なんかペットボトルみたいな薄い皮の容器が先に出来て中身が水入ったあと氷になってるとか? あるいは宇宙にある氷小惑星から切り出されて転移してくるとか? …
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