第二百話
***頼信⑳***
いたずら小僧を戦場の荒波で揉んだらこうなる、みたいなヨークンたちは、ジレーヌ領に専属の冒険者として仕えることについて話しても、ろくに俸給のことを聞かなかった。
それよりもクルルの作った飯の美味さと、合成魔石のほうに夢中だった。
ちょうど自分とクルルが魔法の実験に赴くところだったこともあって、食事の後はまったり歓談とならず、慌ただしく町の外へと向かうことになった。
「なんか、賑やかになっちゃいましたね」
荷物を背負って歩きながら、隣を歩くクルルに話しかけると、まずため息を返された。
「あの師匠は、大体いつもこうだ」
古典的ラブコメにおける、いいところで急にかかってくる電話、みたいなものだろうか。
「しかしまあ、これはこれでいい。イーリア様も、喜んでいるようだし」
クルルが喋りながら視線を向けた先には、イーリアもいる。
出不精のイーリアだが、ヨークンたちも赴くと聞いて参加したのだ。
目下のところ、お気に入りは眼帯をつけたヨークンらしい。
ゲラリオより人当たりが洗練され、慎重で物静かな感じがツボなのだろう。
「それに魔法使いが多ければ、死神の口に関する実験もしやすいからな」
「そうですね……ん?」
クルルの話を聞いて、ふと疑問に思った。
自分たちも死神の口の効果範囲など、基礎的なことを調べにいくつもりだったのだが、それだと妙だと思ったのだ。
死神の口は魔法を無効化するが、どこまで無効化が届いているかは、誰かが魔法を使わなければわからない。
もちろん自分は魔法を使えない。
自分と二人で出かけようとしていたクルルは、そこをどうするつもりだったのか。
「そういえば、さっき、自分と二人で魔法の実験をしようとしましたけど」
その問いに、クルルは肩をすくめ、道の隅に向けて顎をしゃくる。
「あっ」
話を聞いていたらしいヘレナが、ちょろちょろと顔を見せていた。
「鉱脈が地下でうっすら繋がってるんだと。いつでもこっちにこられるって、今朝いきなり現れてな。危うく鍋をひっくり返すところだった」
ヘレナは目が合うと、にっこり笑ってから地面に潜る。
ヨークンたちにもヘレナのことは一応話してあるが、冗談と思われた節があるので、あとで紹介しておいたほうがいいだろう。
それから、この実験にはファルオーネたちにも声を掛けてあった。魔法使いが複数いるので、ファルオーネたちがいたほうがいいし、彼らの無限の好奇心にも応えてくれるはずだ。
おかげでずいぶん物々しい一行となってしまい、何事かと様子を見に来ようとする町の者たちも出る始末。
そこはヨークンの仲間の獣人や、バダダムたちが人払いしてくれて、見張りもやってくれることとなった。
合成魔石はまだあまり広く知られては困るので、仕方ないと言えばそう。
けれど、なんだかだんだん権力者らしくなってきてしまい、やや居心地が悪い感じもする。
「確かに、大仰だ」
クルルが呆れたように言った。
当初は自分と二人、いやヘレナもいれて三人で、気楽な感じで実験をする予定だったのが、気がつくと見張り付きの大所帯。
これから先、きっとこういうことが当たり前になっていく。
人づきあいが得意ではないのと、どうせならクルルと二人、いやヘレナと三人でのんびりした時間を過ごしたかったと思っていたが、隣を歩くクルルは案外嫌そうでもなかった。
そのクルルが、少し微笑みながら言った。
「これから、こんなふうに人が増えていくんだな」
前方ではゲラリオがその友人らと、高校生みたいにじゃれあっている。
彼らが連れてきた獣人たちも、カカムやバダダム、それにゼゼルと打ち解けたように話しているし、少年の獣人たちはバダダムたちの話を目を輝かせて聞いている。
我らがイーリア様はお気に入りのヨークンの隣をちゃっかり確保して、犬耳なのに猫を被っている。
ただ、そんなイーリアのことなどお構いなしに、ファルオーネが熱心にヨークンに魔法の質問をしているので、領主様の笑顔は強張りがちだ。
そんな様子を見渡して、確かにと思う。
始まりは、たった三人だった。
鉱山で目を覚まし、訳も分からず魔石を渡され、能無しだと判明した後にノドン商会で日銭を稼いでいた時、近い将来にこうなると説明されても、きっと信じなかったはず。
そういう意味では、クルルが一番言われても信じなかったかもしれない。
でも、こうなった。
「もっと増えますよ」
自分が言うと、クルルはこちらを見て、小さく笑う。
「お前は嫌そうだな」
見抜かれていたらしい。
「でも、増やしませんとね」
クルルは鼻を鳴らし、こちらに一歩近づいて、肩を軽くぶつけてくる。
「抜け出す時は、声をかけろよ」
クルルもどちらかと言えば、人見知り。
互いに小さく笑い合い、その気配を嗅ぎつけたらしいイーリアがこちらを振り向いたが、その頃には知らん顔。
でも二人が並んで歩く距離は、いつもより近い気がした。
◇◇◇◆◆◆
この世界では、帝国に納品するための魔石と魔法陣の大きさが厳格に定められている。
魔石がほぼ税金として機能していることから、規格を揃える必要があるためだ。
また同時に、魔石と魔法陣の大きさが魔法の威力と密接に関連していることから、兵器として扱いやすくするためにも大きさを管理する必要があったのだろう。
「だが、実際に魔石と魔法陣の大きさを定量化した者はいない」
町の外に出て、ひとけのない荒れ地に到着すると、ファルオーネが居並ぶ面々を前にそんな口上を述べはじめた。
「クウォンにて高度な魔法使いを相手にした戦いの話を聞き、私はゲラリオ殿、それにヨリノブ殿と話し合った。目下確認すべきは、魔石、並びに魔法陣の大きさと魔法の効果範囲の厳密な測定と、魔法の使い手による影響。それから、効果範囲を変えるような魔法の打ち方が存在するかどうかだ」
特に効果範囲については、死神の口戦術において肝となってくる。
「ただ、ゲラリオ殿たちはどうなのだ。帝国の魔法省や教会の正邪庁では、この手の定量化は本当になされていないのか?」
「どうだろうなあ。俺たちは全員落ちこぼれで、最後まで修了してないからよ」
ゲラリオとヨークンが魔法省、シュレッツとハーヴォンは教会の正邪庁にて魔法を学び、ドロップアウトしたらしい。
「ただ、聞いたことないよな?」
「だな。その辺は感覚でわかるし」
叩き上げの戦場帰りらしい大雑把さに、ファルオーネはいささか呆れたようだ。
「命を懸けることなのだ。ましてや今後は、諸君らの魔法の効果範囲内で、多くの者が戦うことになる」
魔法を封じた空間内で、いかに獣人が敵をせん滅するか。
それが今のところの、自分たちの最強戦術だ。
空間の広さ、効果時間を見誤れば、多くの者が危険に晒される。
「ま、調べるのに異存はねえよ。手持ちの魔石でやれと言われたら馬鹿言うなってなるが、好きなだけ魔石を使えるんだろ?」
ずらりと並んだ合成魔石だが、そこには微妙な色違いのものが混じっていたり、明らかに材質の違うものがある。
それらは、自分とクルルが倉庫から持ってきたものではなく、ファルオーネとゼゼルが魔法研究所(仮)から持ってきたものだった。
「いかにも好きに使ってもらって構わない。それから、最適な合成魔石の製造法についても調べておきたいのだ。このあたりの魔石は、魔石の粉の配合量を変えてあったり、製法を変えてある」
それには自分が驚いた。
そうだ。合成魔石とひとくちに言っても、魔石の粉の分量などは決めていなかった。
それに最初は魔石の粉を固めるのに膠を使い、その後は、島でとれる粘土にした。
しかしそれが最適とは限らない。
このあたりはきっと、職人のアランの提案だろう。
「さあ、諸君らの魔法使いの腕を見せてもらおう!」
そう言って、ファルオーネが紙束と羽ペンを取り出した。
ヨークンたちは受けて立つとばかりに、不敵な笑みを見せている。
ただファルオーネたちの好奇心の底の無さを知っているクルルだけが、いささかげんなりとしていたのだった。




