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第百八十一話

***ヨシュ①***



 ヨリノブ様が島に戻ってきたらしい。


 その一報を聞いた時、頼信から商会を一任されていたヨシュは、助かった、と思った。


 ちょっと文字が読めて計算ができるだけの自分に、頼信は商会のことを一切合切任せて、クウォンとかいう遠い土地に出かけてしまったのだから。


 それまでもちょくちょく島から離れることはあったが、その時はまだノドンの築いた商いの延長という感じだったから、商会の者たちがそれぞれの判断で運営していけて、ヨシュは軽く取りまとめるだけでよかった。


 しかし。

 ロランを打ち負かして以降は、ものすごい勢いで物事が変化してきている。


 まず魔石の輸出量が激増した。船の手配が追いつかないくらいで、今もどんどん在庫が積みあがっている。

 さらにジレーヌの町の拡張が計画され、建設のために見たこともない大量の資材と職人たちが、ジレーヌにやってきていた。


 各種の領地からは、偉い人たちが金貨を持ってきて、同盟の証だといって商会に預けていくし、人とお金が集まっていることを聞きつけたらしい他所の土地の商人たちも続々と島を訪れては、新たな商いを求めてくる。


 商会の倉庫は、港だろうが町の中のものだろうが常にいっぱいで、働く人や獣人たちが荷物の上で寝泊まりする始末。

 なのに翌日にはその荷物が全部町中の商会に引き取られて、また次の船が大量の荷物を運んでくる。


 その繰り返しだった。


 それだけ大量の取引をしていれば、様々な誤解や行き違いから揉め事が起こるし、島の商人たちの中には、外の商人たちによって自分たちの縄張りが侵されたと怒鳴り込んでくる人たちもいる。


 なにかあったらすぐに連絡してちょうだい、と領主のイーリアに言われていたので、最初は躊躇いつつ仲裁を頼み、今はもうなにも考えずイーリア様に言ってくださいと丸投げしている。

 そうしないと、迫りくる大量の仕事に押しつぶされるからだ。


 それに、ヨシュの安眠を妨げることがもうひとつあった。


 それは、基本中の基本、商会の儲けである。


 頼信に営業を任されたのだから、自信がなかろうとなんだろうと、その責務を果たさなければならない。商会に儲けをもたらし、この島を良くするんだという頼信の理想に貢献しなければならない。


 なにせ頼信は、島の人たちのために稼いでいるのだから。


 たとえばヨシュが世話になっていた孤児院では、今、弟や妹たちが頼信の計らいで文字や数字の使い方を習っている。

 働く先がなくて物乞い同然だった兄や姉も、島に活気が満ちているおかげで新しい仕事にありつけたらしい。


 孤児院では大兄と呼ばれていたマークス兄なんかは、なんと島の衛兵隊長みたいなことをやっている。


 それらはすべて頼信のおかげだし、頼信は常に自分たちのような孤児にも気をかけてくれている。


 頼信は正確には領主様ではないらしいが、ヨシュからしたら、イーリアに並んで島の中で偉い人物であり、物語の中に出てくるような善良な貴族様だった。

 その頼信が期待してくれているのだから、絶対に応えなければならない。


 なのに、商会の金庫は空っぽのままだった。


 これは理屈に合わなかった。


 毎日途方もない量の品を買い、途方もない量を売っている。そもそも魔石は金を掘り出して売っているようなものだから、損を出しようがない。


 それでも商会の金庫に金貨はなく、島の外からやってくる偉い領主様が、同盟の証だからといって商会に置いていく金貨でどうにかしのいでいる状況なのだ。


 そのお金は使っていいと頼信から言われていたものの、他人のお金を勝手に使っている感じがして、凄く嫌だった。

 しかもそのお金があってさえ、支払いに支障をきたし始めていた。


 商会には次から次に、一刻も早く商品の代金を支払ってくれと商人が駆け込んでくる。

 しかも商会に金貨を求めてやってくる彼ら自身も、支払いのための金貨が全く足りていないようなのだ。


 だからだろう。


 ヨシュがどうにかねん出した金貨を渡すと、見たことないほどに感謝された。


 こうして金貨が出ていき、金庫が空なのだから、これは損をしているに違いなかった。


 値付けを間違えている?

 いや、そんなはずはない……。


 商会に来て金貨を渡してくれと叫ぶ商会主たちが、嘘をついている?

 いや、友達のトルンに頼んで調べてもらったが、皆困っているのは本当だ。


 あるいは……。


 自分の監視の目が行き届かず、誰かが金庫からお金を抜いているのかもしれない、とヨシュは思うほかなかった。


 ヨシュなりに何度も調べ、警戒し、トルンのみならず盗みに詳しそうなマークス兄にも相談したが、わからなかった。

 誰かが商会の金を抜き出しているのなら、よほど巧妙な方法だろうと。


 おかげでヨシュはここ数日、ずっと悪い夢を見ていた。

 火事の最中に井戸から水を汲もうとしても、桶に穴が開いているという夢だ。


 桶を何度井戸に落としても水が上がってこず、火の手はどんどん強くなっていく。

 自分はなにか大きな間違いを犯しているのだが、それがなにかわからない。


 積みあがり続ける書類の中で、泣きそうになりながら取引を処理し、一日に何度も金庫の中身を確認する。金庫に近づく者を監視する意味もあって、夜を徹して働き続けた。


 商会で働く先輩たちからは、何度も休憩を取れと勧められた。

 食べ物は喉を通らず、しゃっくりをすると喉の奥が酸っぱくなる。


 だから頼信帰還の一報は、無残な経営状況に対して極刑が下されるにしても、少なくとも悪夢からは醒めるだろうとヨシュに思わせた。


 けれど頼信の荷物だけが商会に届けられて、本人は一向に商会にやってこない。

 ヨシュは最後の気力を振り絞って、せめて金貨の一枚でも多く商会にもたらさなければと仕事をしていた。


 そしてついにその人物が商会に現れた時、ヨシュには後光が見えた。


 この悪夢から解放してくれる。


 その頼信が、どこかへらへらした笑顔でこう言った。


「あ、ヨシュさん。ちょっと金貨が欲しいんですけど。えっと、五千枚くらい?」


 後でトルンから、悪い魔法使いに石にされたみたいだったぜ、と言われたのだった。


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― 新着の感想 ―
借用書を書きまくれ-
金本位制ですらないからな・・・
金貨が働いても働いても出ていく そうね、きっと金貨には脚が付いているんだよ なんか銀行みたいになっているからもう銀行やったらいいのに
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