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第33話 ボールの心境・その3


「ん、んんー」


 気が付けば俺は、柔らかくも湿ったベッドの上にいた。辺り一面が白い岩のレンガに包まれたここは、少なくとも俺が知らない場所だ。


「何処だここは……痛っ!」


 ふと痛みを感じた手に視線をやると、指や腕が赤く腫れていた。てか、耳も頬も、どこもかしこも腫れてるじゃねえか。

 あーピリピリする……なんでこうなったんだっけか。


 確か放課後に、ラックが受けると言っていた、ルベン先生の特別授業に俺も参加することを決めて、図書館へ向かったんだよな。でもその準備で手が離せない先生の代わりにローゼ先生がやって来て、俺達を実技室に連れてってくれたんだよな。でも実技室には誰もいなかった。


「なんか寒くなってきてね? 冷房利かせすぎじゃねーか?」


 とラックに言われる頃には冷蔵庫のような寒さだったから抜け出そうとするも、もう手遅れだった――。



「そうか。俺とラックはあの時誰かに凍らされたんだ。この腫れは多分その時にできたやつで、ベッドが湿ってるのはその時の氷が溶けたからだろうな」


 にしてもこの部屋、ベッドと小さな照明以外何もねえな。ちょっと歩けばこの部屋から出られる上に、外へと続くっぽい両扉も見える。犯人の目をかいくぐれば脱出できるか?


「あとはあいつを探すだけか。この部屋にいるのは俺だけっぽいし」


 そうと決まれば、未だに凍傷がひりつくが、さっさとこの部屋を出てラックと合流して脱出だ。



「さて、この部屋の先は――っと?」


 壁越しに外の様子を覗くとまず見えたのは、天井を突き抜けそうなほどに大きな機械。上部から伸びる大小様々なチューブは縦横無尽に天井へ張り巡らされている。

 この機械の下からわずかに聞こえる“ピコピコ”という音に視線を移すと、それの前に立って操作をしているらしい人物と、すぐ近くの台で寝転がっている人物を捉えることが出来た。


「機械を動かしてるヤツの後ろ姿、なーんか見覚えあるな。で、そこの台で寝てるのは……まさかラックか?」

「む」

「ヤベっ!」


 突然こちらに振り向いた犯人に見られないよう俺は頭を引っ込めるも、どうやら存在がバレたらしい。こっちに向かってくる足音が聞こえてくる。

 とりあえずベッドだ。布団を被ってこの場を凌ぐんだ。



 ……こつ、こつ、と、つま先から踏み鳴らしているような音が近付いてくる。それは俺の部屋に入る直前で止まって…………再び音がした。ただこの音は俺から遠ざかっている様子。つまり俺は犯人に怪しまれなかったという事だろう。


「危なかったな。これじゃあ迂闊にラックんとこに近付けねえ。ってなれば一番無難なのは……マルー達をここに連れてくることか」


 ただ、どこにも窓がないために現在地の情報がない。もしかすれば学園ではない場所に連れ去られた可能性だってある。でもこのままここに居るほうが絶対リスクが高い。ラックなんてなおさらだ。今にも犯人に何かされかねない。

 それなら――と俺は再びベッドを抜け出し、向こうの様子を覗き見た。


「犯人は機械に夢中だな。今度こそ――」


 この部屋を出たからにはモタつくわけにはいかない。ここから両扉までの距離はそれなりにある。だから、はやる気持ちを抑えつつも、犯人に見られないように急がなきゃならねえ。まぁ犯人から俺への距離も相当あるからよっぽどのヘマをしない限り脱出は容易いだろう。


 そうしてたどり着いた両扉。この扉の取っ手をひねればついに脱出だ。

 ラックには悪いが、頼む。どうかこの場を持ちこたえてくれ……。


「すぐ戻ってくるからな」

「さすが私が引き入れた教え子だ。自力で脱出しようとするとは」

「っ?」


 背後から聞こえた声に振り返った俺。相対したのは、ここ何日も教壇越しで対面しているあの人だった。


「何をそんなに驚いているのだね、ボール君?」

「……こんな所で何してんだよ、ルベン先生」

「決まっているだろう。特別授業の準備をしているのだよ」

「俺達を氷漬けしてまでやる授業のどこが特別なんだ? あんな訳分かんねえ機械にラックをくくりつけやがって!」

「氷漬けにしたのは私ではない。武器専攻の師であるローゼ君だよ。まあ、君達をここにワープさせ、君を寝室に、ラック君を実験台にくくりつけたのは私だがな」


 やっぱりか。こいつが主犯で、その手足がローゼ先生だったんだ。


「ここまでの君は実に滑稽だったぞ。目覚めてから自身の凍傷を気にかけ、しばらくしてからこちらの様子を覗き見ていたね? 私が振り向いてやったら君はそそくさとベッドに逃げ込んで……」

「なんだよその言い方。どっかで俺の行動を見てたように言うじゃねえか」

「ああ見ていたさ。今いる扉の上にも監視水晶が飾られているだろう。君がいた部屋にもそれがついていたのさ」


 あいつが目配せした場所を横目で見れば、確かに、小さな照明器具に電球を付けたような物があった。言われてみればさっきまでいた部屋にも付いていた気がする――と考えているうちにあいつはくつくつと笑い始めた。


「もしや本当に照明だと思っていたのかね! 魔導士に必須の魔力感知さえ出来ればこの程度の洞察も容易いはずだぞ?」

「それが出来たら何だって言うんだよ。分かった所で大人しくするはずねえだろ?」

「だから君を滑稽だと言っているんだがなぁ」


 語りながらそいつは俺との距離を詰めてくる。ここから離れても追いかけ回されて捕まるだけ。だったらなんとしてでも後ろの両扉を開けて逃げねえと!


「君が図書館で多くの書籍を借りて勤勉に励んでいることは知っているのだよ。そして私のお気に入りであるラック君にも散々教え込まれているはずだろう? なのにどうしてそれを実行に移そうとしない?」

「お前に関係ねえだろ。これは俺一人の問だ――」


 言葉はあいつの指先が額に触れたことで遮られた。その圧は強く焼けるように熱い……いや、額がちりちりと黒煙を上げている!?


「その問題がどれほど重要か、分かっているのだろうな」


 ふんっ! と一声を聞いたと自覚した頃の俺は、額に感じた熱が俺の身を弾き、両扉の向こうへ吹っ飛んでいた。そうして廊下を転げてゆく摩擦で凍傷が擦れ、身体中が悲鳴を上げる。その痛みを治すすべがない俺はその場でのたうち回るしかな――


「ぐあッ?!」

「その問題を解決しなかったおかげで、君はこうやって、私が思うままに踏まれているのだよっ! アッハハハハハ!!!」

「っあああ――ッ!」


 歓喜めいた笑声に、ぎしぎしと押し潰される痛み。俺はそれを、ただ受け入れるしかなかった。


「これで理解しただろう。君がどれほど滑稽で、どれほど愚かだということを」


 悔しいが、この男の言う通りだった。ラックやフロウ、リンゴに言われた事を少しでもやってみるべきだったんだ。そうしたら俺の問題は解決したかもしれねえ。ここまで惨めに思わなかったかもしれねえ。


「さて、私は実験に戻らせてもらおう。君はここで充分に、自身の愚かさを顧みたまえ」


 そう言って俺を蹴り転がしたあいつは、ラックがいた実験室へと戻ってゆく。

 これ以降の光景を、俺は覚えていない……。



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