第31話 霊の集まる場所/中編
こうしてマルー一行は、手分けして墓地中を調査することになった。持ち場を各自で決めた彼女達は思い思いに調査を進めてゆく。
「わあ……こんなところに小っちゃいお花がいっぱい!」
先生ローゼの小屋からそう遠くない位置にいるマルーは、墓の脇で根を生やすつぶらな白い花を目にする。深まる夜の中、密やかに群を成すそれは、丸っこい花びらを律儀に五枚咲かせていた。それらに手をのばした彼女は、墓脇を覗き見るべく群生をくまなく触ってゆく。
「こういうところに隙間があって動かしてみたら、秘密基地発見! ……とかはないよね」
ダメかあ、とその場でへたりこみ手が空けば、ふと気になってくる周りの様子。
後方を調査する面々も、やはり一人では難しいのだろう――隣の人と会話しながら進めているようだったが、だんだんと手が止まり、果てには話に花が咲いてしまった。
「皆も手掛かり見つけていないみたい」
前方に向きを戻したマルー。次に目にしたのは、とある墓に片膝をついては手を合わせるローゼの姿だった。その墓は他のものとは大きさも造りも違う。不思議に思ったマルーはそこへ向かってみる。
「先生、何しているんですか?」
「はいあの!……あぁ、マルーさんでしたか」
「ごめんなさい、驚かせてしまって」
「いいえ。私こそ気付かなくてごめんなさい。今、初代学園長に祈りを捧げていたところなの」
「初代ってことは、この学園を作った人ってことですか?」
「そうね。あとこの方はね、この街の先駆者として、初代シティ・リーダーも務めたのよ」
「じゃあ、学校でもこの街でも一番偉い人をやっていたんですね! すごいなあ」
そうしてマルーは初代学園長のお墓の前方にやって来る。するりとした手触りであろう、片腕を伸ばした程度の幅を誇る墓石。その中心に幾行か文字が刻まれている。
「なんて書いてあるのかな」
文字を読み取る為にその墓石に触ろうとすれば乾いた音と共に手が弾かれた。
「触らないでっ!」
言ったローゼの烈しい剣幕に思わずマルーは口を結った。そうして目を丸くされたことに気付いたローゼはたちまち目尻を下げてゆく。
「ごめんなさいマルーさん。頭を冷やしてくるわ」
「あっ先生待って――」
呼び止める間もなくローゼは自身の家に消える。
残されたマルーは、再び初代学園長の墓と向き合った。先程読もうとした墓石の文字を読み取るべく墓に触れた瞬間、視界がかすみ、すぐに見慣れた文字に変わる。
「“スペルクの礎と文化を築きし者、ここに眠る。” かあ……あれ?」
ローゼの説明と似たような文脈が書かれている、その下。マルーにとっては聞き慣れない単語がそこにあった。
「“――礼拝の間――” って書いてある。“間”ってことは、空間が広がってるってことだろうけど……」
周りを歩いてみるものの、それらしき入口は無い。しきりに周回するマルーを、他の面々が注目しないことはあり得なかった。
「マルーったら、さっきから何してるのかしら」
「あそこにあるのは初代学園長のお墓ね。何かあるのかもしれないわ」
「ねーマルー。何してるのー?」
「そのお墓がどうかされたんですかー!」
動きに気付いたリンゴとレティはもちろん、別の場所にいたリュウもフロウもマルーの場所に向かってくる。そんな事も露知らず、マルーは目の前の墓とにらめっこを続けていた。
「マルー? いい加減あたし達にも教えなさいよ」
「え!? っと、あれ? 皆どうしたの?」
「それはこっちの台詞! ずうーっとこのお墓の周りをぐるぐるしてるんだから、気になって来てみるのは当然でしょ?」
両手を腰に当てたリンゴの言葉に皆が頷く。
「そっか……なんかごめん! 手を止めることになっちゃって」
と、マルーは頭を掻きながらも気になった点について皆に話をした。
「つまり、空間があるかを確かめる為にこのお墓を動かしたいのですね」
「だから変なところが無いかを探っていたのね。でも私、聞いたことないわ。ここからどこかに繋がっているなんて」
「ただ、マルーさん達の体験入学初日で、寮の農園が学園へ通じていることを初めて知りましたから、私達に知らない道や空間があっても、おかしくありませんわ」
フロウとレティが会話を重ねる中、リンゴとリュウは、マルーが調べていたお墓を少し離れて眺めていた。
「他とは少し違うってくらいで、何の変哲もないわね」
「でも、不思議だねー」
「え?」
「あそこだけ全然草生えてないよ?」
リュウが指差した場所はお墓の裏だ。褐色の土が露出しているそこは、彼の言う通り草花など全く無くなだらか。しかもその面は、少し後ろに伸ばせば今のお墓と丁度寸法が合いそうだ。
「ねえマルー」
「どうしたのリンゴ?」
「このお墓、押せないかしら」
あれに向かって、と、リンゴはリュウと同じ場所を指差す。マルーは頭に“?”を浮かべているが、そういうことですか! と隣のフロウが柏手を打った。
「あの更地は、お墓を押したことで出来たものだと、リンゴさんは見たのですね!」
「ええ。だから皆、力を貸してくれる?」
「とにかく、このお墓を押し込めば良いんだね!」
やってみよう! というマルーの一声で皆がお墓に手をかける。
「せーの――っわあぁ?!」
合図で押したお墓が瞬く間に更地へ下がれば、マルーを先頭に全員が真っ逆さまへ落ちてゆく!
「どうされたんですか皆さ……」
ローゼが元の場所に戻った頃にはマルー達はおらず。あったのは、初代学園長のまえに出来た地下――礼拝の間への入口だった。
「開いてしまっただねー」
立ち尽くすしかないローゼの背後から、アギーの声。
「どうするだ? あの二人みたいに全員、凍らせるだ?」
皮肉げな笑みでローゼを見上げるアギー。だがローゼはその顔を一切目にせず、ぽっかり空いた穴に向かって歩を進めてゆく。
そんな動勢など知る由もないマルー達は、転げ落ちた先の空間に目を奪われていた。
入口からの月光も相まって清らかさに満ちるここは、一面をなめらかな石材に仕立てられている。その中で一際異彩を放っているのが、彫刻が豪奢な漆塗りの木扉だ。
「あの先、何かあるのかな?」
目にしたマルーが扉に近づこうとした時だった。
「何をしているの」
かちゃりという音と朱い光がマルーの動きを止めた。声のした方へ向くと、火の灯ったランプを掲げるローゼが、入口を塞ぐように立っていたのだった。普段の穏健さからかけ離れたただならぬ雰囲気に、思わずマルーは息を呑んでしまう。
「今すぐここから出なさい。そして、忘れるのよ。この場所を」
「あの、それはどうして――」
「いいから言うことを聞いてッ!」
こだました怒声が背筋を凍らせた。
「嫌……せんせ……怖い……っ!」
「レティさん!? 気をしっかり持つのですわ!」
レティに至っては、慕う先生の豹変ぶりで腰を砕いてしまっている。彼女にしがみつかれたフロウも口を開けずにいられないようだ。
「お願いだから……そうしてくれないと、私はっ! ……」
何も持っていない手をわなわなと震わせる彼女。その手には白い大気が外へとさんざめいていた。
「あれは氷の魔力――!」
感じ取ったフロウがとっさに杖を持つものの一瞬で凍てつく。凍った杖の先にいるローゼはこちらに、未だに白い大気を帯びた手を向けていた。
「先生どうして――!」
「対抗しようと考えないことよ。大人しく従いなさい」
「でも!」
「殺めたくないのよあなた達をッッッ!」
ローゼがむき出した感情と共に冷気が突出する!
「これ以上の事を私にさせないでッ!」
絞った声は鋭い冷気に乗ってマルー達の身体に突き刺さる。一行の視界と頭は白く霞み、だんだんと動けなくなってゆく。




