第04話 森に伏す怪物
「凛っ!? タッツーっ!?」
「待てマルー! あれを見ろ!」
凛とタッツーが居たであろう場所へ駆けつけようとしたマルーを健は抑え、中空へ指差す。その先には、太く長い物体を根のように生やした「植物の怪物」がいた。頭から一つの白い花をめいいっぱい開かせたそれは、生ごみに似た臭いを漂わせながら、黄色くくすんだ液体をよだれのように垂らしている。
「マジの化け物じゃねえか……」
「あれが凛とタッツーを――!」
そんな怪物を見据えたマルーは、付近にあった小振りの石を拾う。
「マルーまさか」
「やあああっ!」
マルーは健の言葉をさえぎるように一声。怪物に向かって手元の石を投げつけた。石を感じ取った様子の怪物は、太く長い――タコの足のような根をうねらせながら正面をこちらに向けてくる。
「何してんだよ! こっちに来るじゃねえか!」
「だって、凛とタッツーから遠ざけなきゃ!」
マルーはここぞとばかりに石と枝を投げつけた。しかし彼女がこれに夢中になることは間違いだった。
「馬鹿っマルー! 上から――!」
健の声でマルーが上を向いた時はもう遅い――怪物の根がこちらに向かって大きく振り下ろされる!
鼓膜を突き破るような轟音は健を吹き飛ばし、これが生んだ土埃がマルーの姿を隠した。
「くっそ……マルーはどうなった――」
腕を大きく振って土埃を払う健。その甲斐あってか、マルーの現状はすぐに分かった。
「――良かった。無事らしい」
尻を地べたにつけながらも、しかと目で怪物を捉えているマルーが晴れた土埃から見えた。しかし彼女は座ったまま動こうとしない――怪物が接近しているにも関わらず。
「まさか、さっきのうさぎの時みたいに動けなくなって――!」
腰を抜かしているらしいマルーの元へ向かおうと立ち上がった健に落ちる影。その影は今にもマルーへ降りかかっていた!
「やめろおおおッッッ!!」
健の叫びは無情にも、怪物の重い一撃で掻き消されてしまった。
「……そんな……マルー! 返事をしろ、マルー!!」
再び生まれた土埃で視界が悪い中、健はマルーを呼ぶ。その声は間もなく静寂を連れて来た。
目を凝らしても状況が分からない事も相まって否応なしに高まる不安。そうすると彼の頭によぎるのが最悪の状態で発見されるマルーの姿。
……そんなことがあってたまるかと、健はよぎった想像を否定するように頭を振り、彼女の名前を唇でなぞろうとした刹那だ。
びしゃん! と、鼓膜を劈くような音を連れた閃光が土埃を晴らした。
「今度は何だ――!?」
耳を塞いだ健が、マルーが居るはずの場所へ目を向けるとなんと、怪物が仰向けにひっくり返っていたのだ。
「どう、いうことだ……?」
「そこのあなた」
「は? ――って、お前ら!」
状況を飲み込めない中、健は自分にかかった声に振り返る。マルー、凛、竜也が、それぞれ肩を寄せて横たわってる姿がそこにあった。しかし彼を呼んだ者の姿は見当たらない。
「この三人、あなたのお友達よね。だったらこの三人を隠してくれるかしら」
「隠す? えっと……」
突然の出来事に動揺が隠せない健。しかし声の主が言うことは至極真っ当であると、頭が混乱中でも理解に追いつかないことはなかった。
健は一番茂っていそうな草むらへ静かに、そしてなるべく急いで三人を隠す。
「ふう……これで良いか?」
「ありがとう。あなたも茂みで大人しくしていなさい。絶対に顔を出さないことよ」
声の主が言い切った瞬間、真上の木の葉が揺れたかと思うとすぐに物音がし始めた。風で森が踊り、高い金属音と鈍い音が幾度も重なり合う。怪物の重い一撃も何度も響いた。
「ん、んんー……」
その中で、マルーはゆっくりとまぶたを開ける。
「マルー、起きたか」
「……あれ!? さっきの怪物は!?」
「誰かが代わりに戦っているらしい。俺達を助けてから、ずっと」
「それってまさか――」
「ダメだ。茂みから顔を出すな」
「うう……じゃあ、茂みの間から……」
そうしてマルーは茂みの間に顔を入れてみせる。
「そんなに気になるのか? 俺達を助けてくれた人」
「あれ? 私達を助けてくれた人、いないみたいだよ?」
「は?」
健もマルーの隣で茂みに顔を入れた。
「確かに、今は怪物だけだな――」
と言った束の間。掛け声と共に威勢よく現れた者が怪物に斬りかかった!
「あの服装、明らかにOLだよな。真っピンクのスカートとか、派手くね?」
「でもかっこいいよ! 剣を振り回して、ほら! 指から雷!」
「指から雷だぁっ!?」
「わわっ! ダメだよ大きな声出しちゃ!」
マルーは慌てて、健を元の場所に引っ張り込む。
「もし怪物にバレたらどうするのさ!」
「すまん。つい」
「とにかく大人しくしていよう? 今はあのお姉さんの方が優勢みたいだから」
「ああ。黙ってやり過ごそう」