第03話 遭遇
マルーはわずかに揺れる草を頼りに追いかけていると突如、眼下に更地が広がった。そこに腰を下ろしてはすまし顔のうさぎは、白い耳に真っ黒な顔。目元は白く抜かれ、身体の毛色も白黒に別れている。
「パンダ模様のうさぎさん? ……可愛い! 初めて見た!」
マルーはうさぎと同じ目線になるようにしゃがみ、おいでー、と腕を広げてみせる。すると向こうも正面を向いては前かがみになり、ピャーッ! と一声。真っ黒い瞳が彼女を捉えた。
お迎え姿勢を保つマルーと、前かがみのまま動かないうさぎ。停止した彼女と一匹の間を風が吹き抜けてゆく。
「これは、どうしたら良いんだろう?」
シャーッ、と呟きに答えるように鳴いたうさぎは地面を蹴り上げ、マルーの正面に突撃する!
「ぅが――っ!?」
腹から真っ向に受けてしまった彼女は押し上げられた空気を短く吐いては茂みへ飛んでゆく。
倒れたマルーが痛みをこらえているにも関わらずうさぎは前歯をむき出しに上空から接近! とっさに彼女は横に転げて避けたものの、起き上がってみれば、転げる前の場所はうさぎの突撃によって大きく陥没していた。
まるで隕石が落ちたかのような光景にがく然とするマルー。そんな彼女に向けてうさぎは先と同じように威嚇してきている。
「どうしよう、これじゃあ引くに引けない……!」
目と目が合ったまま動けないマルーは願わずにいられなかった。「誰か助けて」と。それをののしるように鳴いたうさぎが再び地面を蹴った瞬間だった。
「危ねえっ!」
飛んできた声とともに横から来た何かでまたもマルーは転がった。
「このうさぎ! こっち来たら、どうなるか分かってるだろうなァッ?!」
うさぎを寄せ付けないよう声を張り上げたのは、凛と竜也から離れ、マルーを横から押し倒した望月健。彼がこうしたことでうさぎの突進を免れたのだ。健が一本の枝を向け、精一杯の力でにらみつければ、うさぎは前足をあげて立ち尽くす。その様子を二人は固唾を飲んで見ていると、やがて向こうはそっぽを向いてどこかに消えてしまった。
こうしてうさぎが草むらに消えたのを見届けたマルーは、情けない声を上げてその場に座り込むのだった。
「勝手な行動しやがって。俺が来てなかったらどうなってたか分かるか?」
「……ごめんなさい、健」
うさぎと対峙した時の緊張感で諭した健は、マルーが肩を落としている様子を見て、息を漏らす。そして彼はわずかに口元を緩めた。
「怪我はないか?」
「うん、なんともないよ」
「ならよし、だ。ほら、立てるか?」
と、健が片手を差し出すと、マルーはそれを取り、立ち上がった。
「ありがとね、健!」
「おう……」
マルーに笑顔を向けられた健は目を見開いたまま言葉を失う。
「どうしたの? 何か変なところあった?」
不思議そうに見つめる空色の瞳には、健の赤らんだ顔が映っている――それを見てしまった彼はとっさにマルーの手を離してそっぽを向いてしまった。
「ねえどうしてそっぽ向くの? 言ってくれなきゃ直しようがないのに」
「別に変なところはねえよ。ほら、さっさとタッツーと赤石んとこに――」
と、健が来た道を戻ろうとした時だった。
「 イヤァああああああっ! 」
突如悲鳴が耳をつんざく。思わず二人は目を合わせた。
「い、今の声って――」
「あの甲高い声、間違いなく赤石だ」
「じゃあ向こうで何かが起こったんじゃ――!」
今すぐ戻らないと! そう思う前に二人の脚は来た道を戻っていた。
「な……何なのよ、あれ!」
その頃、凛と竜也には大きな影が迫っていた。影からは細長い何かがいくつも伸び、くねらせている。
「こんなのもいたんだ。この森ってすごいねー」
「すごいねー、じゃないわよ! あんな怪物がいるなんて絶対にあり得ない――そうだわ、これは夢よ! だからほっぺをつねればきっと目が覚めて……」
と言って凛は自分の頬を真っ赤になるまでつねってみせる。しかし状況が変わったということはなく、ただ自身の頬がひりつくのみだった。
「夢じゃなさそうだねー」
「なさそうだねー、じゃないんですーーッ!」
「痛い痛い痛い! ひどいよー僕のほっぺもつねるなんてー」
「というかあんた、どうしてこんなに非現実的なことが起こってるのに普通でいられ――」
「あ、大きく振りかぶったー」
「振りかぶ……イヤァああああああっ!」