第02話 ウワサの多い“風の森”
四人が集合場所としたこの森を訝しげに見やる健。マルー達もお喋りを止め、彼と同じように森に目を向けた。
「この森、ウワサなんてあったのー? 見たところ、吹いてくる風が気持ちいーごく普通の森でしょー?」
そこがおかしいんだっての、と健が筆記具で竜也を指す。
「その風が、今日みたいな猛暑日で、風が一切ない時でも吹いてるんだぜ?」
「言われてみれば、ここに来るまで全く風を感じなかったわね」
「そういえば私も、部活の帰りに必ずここで涼んでから帰るんだったや。ここに来ればいつでも涼しい風が吹いてるから、私、ここに“風の森”って名前を付けたんだ!」
「何だそのベタな名前は。てか、そういうありきたりで済む場所じゃねえぞ。ここを埋め立てようとした工事の人達が、天罰をくらって大怪我したとか。人を飲み込めそうなくらいでっかい怪物がいたとか」
「ぷっ! なによそのオカルトチックなウワサ!」
「いやマジだから。地元の新聞で一面トップだった事あるから……っておい赤石? 俺の顔見て笑いすぎなんだが?」
「だって……よりによってあんたが! 非現実的な事ッ、言うからッぷフーッ!」
笑いをこらえきれずに息を吹き出しまくる凛と、これが収まりそうにないと悟りため息をついた健。そんな二人を見ていたマルーと竜也は苦笑を浮かべるのだった。
「とにかく、この風の森に何があるか調べるのは、夏休みの自由研究にぴったりだと思ったの!」
「マルーの意見は賛成だよー? でも、健の言う通りだと、なんだか危なそうに思えるけどー」
「だからお願いしたんだよ。皆がいれば怖くないって言うでしょ? それに、皆と一緒に何かを作るって楽しそうだなーとも思って!」
「それもたしかにー」
竜也が感心している間に、マルーも調べる準備を整えた。
「さ、皆! 準備できたら出発するよ!」
「はーい。行ってみよー」
「待ってマルー! あたしまだ準備できてない!」
「さっさとしろよ赤石。置いていくぞ」
「もう! か弱い女の子を一人にするなんてひどいんですけどー!」
ひとしきり話に花を咲かせたところで、マルー達四人の“風の森”探索が始まった。
森の中は――開拓予定地だった為か、草花が踏み固められたことによる道が出来上がっていた。風にそよぐ木々と木漏れ日のおかげで取れる涼が、四人の火照った身体を癒やしてゆく。
「あれ? 行き止まりだ」
時経たずして四人の進む道は絶えた。目の前は脚を隠すほど伸びた雑草でうっそうとしている。
「マルー、どうする?」
「引き返すのが一番じゃないかしら。ほら、ウワサの事もあるじゃない?」
「でも、引き返したら、調べたとは言えないんじゃないー?」
「分かってないわね。調べ物はなんでも安全第一よ。無理をしないのが一番――」
「皆、しーっ!」
意見が飛び交う中マルーがとっさに人差し指を立てて口に当てた。皆を静かにさせた彼女が見つめる先、草むらにまぎれて、細長い耳がぴんと伸びている。
「あの耳、もしかしてうさぎかしら?」
「この森って、うさぎが住んでたんだねー」
「んなわけあるか。おそらく飼われていたのが迷い込んだんだろ」
「でも近所でうさぎを飼っている人なんて聞いたことがないわ」
「私が見てくる。三人共待ってて」
そうしてマルーは草むらをかき分け、うさぎの耳らしき何かに近づいてゆく。しかし草むらに手をかけた事自体が良くなかった。
「あ! 待ってうさぎさん!」
「っおいマルー離れるな!」
些細な音を聞き取ったらしいうさぎがどこかへ行く様をマルーが追いかけ、これをとっさに健が追いかけた。
「ちょっと! あいつ勝手に動いて――」
と前に出た凛だったが、草むらに消えてゆく二人の方へそれ以上踏み入ることはしなかった。
「あれ? 追いかけないのー?」
「ええ。ここはマルーに言われた通り待つのが良いわ。だってきっと、二人きりにしといたほうが駆けていった矢先であんな事やこんな事が……ぷふふふ……!」
「赤石さん、顔が悪い人みたいになってるよ……」
凛が怪しく笑っているのもつゆ知らず、マルーはうさぎを追い続けていた。




