第18話 vsぼうれい/2
ぼうれいの重厚な足音が聞こえてくる。気が付けばぼうれいは腕を振り上げ、真下のリンゴに狙いを澄ましている。
振り下ろされる! ――リンゴがぐっと目をつむった瞬間だった。
「危ない!」
突然駆けてきた声がリンゴをさらう。そしてそれを追いかけるように打撃音が突き飛ばす。
宙に浮き、前転している感覚は“恐怖”。だが背中から感じる“安心”が、自然とリンゴの心を冷静にさせた。
「大丈夫!?」
どすん、と背中から音が上がった後。名前を呼ばれたリンゴは目を開けた。
「――マルー! ケガは大丈夫なの!?」
リンゴの窮地を救ったのはマルーだった。彼女に正面を向けながら身を案じるリンゴに対し、彼女は鼻を高くした。
「エンさんのおかげで私は元気百倍! 身体もこの通り、何ともなくなったのだ!」
両腕で力こぶを作りながら、マルーはリンゴに輝く笑顔を向ける。
「お前ら避けろ!」
「二人共避けてー!」
遠くから投げかけられた声ではっとした二人が振り返ればまたしても腕を振り上げているぼうれいの姿。
リンゴが、低く剣を構えたマルーに後ろに隠れたその時! ぼうれいの顔みたく巨大なホノオが手を上げていたぼうれいに直撃! 頬骨をへし折りそうな勢いのそれはぼうれいを仰向けにひっくり返す!
「すごいすごい!」
「なんて大きさよ、あのホノオ」
「驚いてもらったようだね!」
あれは僕の魔法さ、と、しゃんとした様子で歩み寄ってきたのはエンだった。
「俺もびっくりしちまったぜ」
「さすが師匠ですねー」
ボールもリュウも、何事もなかったかのように歩いてくる。少し前の、目も当てられない状況とは雲泥の差の振る舞いに、リンゴは目を丸くするしかない。
「皆、本当に大丈夫なの?」
ようやくリンゴが絞り出した言葉に、男子陣は軽く返事をしてのける。
「全部エンさんのおかげだな」
「うん。回復する魔法をかけてもらったし、元気になる飲み物もくれたよー」
「だから後は私達に任せて! リンゴが頑張った分、私達も頑張るからさ!」
マルー達のたくましい立ち振る舞いは、肩の力を抜け、と言われているようだった――そう思ってしまった。
「いいえ。あたしも戦うわ」
首を振ったリンゴが言うなり、その場を立つ。
「多分、もう少しで倒せるわ。だからここは皆で――」
「いいやダメだよ。駆け出しの魔法使いさん?」
こう声をかけ、リンゴの肩に手を置いたのは、エンだ。
「君は分かっているはずさ。今の自分じゃあ、勢いのあるホノオは放てないって」
「そうですけど!」
リンゴはエンの手を払いのけ、彼の正面に立った。
「あの敵は魔法じゃないと倒しづらいってあんたが言ったんじゃない! だからあたしが一番頑張らなきゃいけないの!」
「そう! 一番頑張ってほしいからこそさ」
エンは能書きを垂れながら、またもリンゴの肩に手を置く。気安く触らないで! と騒ぎ立てるリンゴは抑え込まれ、遂には地べたへ座り込んでしまった。
「はいこれ飲んで!」
エンが取り出したものは、先ほどマルーがもらっていた小瓶だった。
「あっ! それ、ビリビリのシュワシュワで美味しいよ!」
「その言い方炭酸かよ。どう見たってただの水だろ?」
「炭酸が抜けてたんじゃないの?」
「だからもともと入ってねえって」
「僕が飲んだときはすーすーしたよー? ミントみたいな」
「いやそれこそねえよ」
「私のもそんな味はしなかったなぁ」
「そうなのー?」
「どういうことよ。人によって味が違うってわけ?」
十人十色の感想で、もらった小瓶がどうにも疑わしくなってきたリンゴ。小瓶に入った液体を中空に透かしてみると、それには暗雲に似た黒いもやが漂っていた。
……ん? 黒いもや?
リンゴがぱっと手を下した瞬間! 大きなホノオで横転したはずの黒いぼうれいが目に飛び込んだ!
「ちょっと皆! あいつ起き上がっているわよ!」
マルー達に一声かけたリンゴは、小瓶の栓を抜くなり一気に中身を飲み干した!
「さあ! 倒しに行――?!」
飲み干した勢いで立ち上がったリンゴだったが、すぐに静止した。目を見開き、口元を押さえる彼女は、やがて高い声で唸りだす。
「どうしたのリンゴ――ってリンゴ!?」
臨戦態勢になったマルーがリンゴに振り返り尋ねたところ、リンゴは涙を浮かべながらしきりに足踏みをしていた。
「どうしたの!? 大丈夫!?」
「大丈夫じゃないわ! ――火が出そうよ!」
それからのリンゴは、悲鳴にも似た言葉を羅列しながら必死に口の中を手であおいでいる。
「どうしよう。どうすれば良い!?」
「心配ない無い! 彼女だからああいう副作用なのさ。直に治まる」
「エンさんそれでも――!」
「構ってられるかマルー! 行くぞ!」
吐き捨てるように呼びかけたボールがぼうれいの元へ駆ける! リュウに至っては既にぼうれいの後方に回っていた。
えぇ、と漏らしながら、リンゴとぼうれいを交互に見るマルー。だが、やがて彼女は剣を構え直した。
「リンゴ! 落ち着いたらで良いからね!? 私先に行くよ!」
「え、ちょっと! ねえーっ!?」
意識を切り替えるように声を上げながら飛び出したマルーに、リンゴの悲痛な叫びは届かないのであった。




