第13話 あたしに眠る力/1
話は少しさかのぼる。
壁をすり抜けてしまった女王を追う為、リンゴは魔法で壁を壊すことに挑戦していた。のだが。
「もう嫌! どうして出来ないのよ!」
いくらたっても変わらない状況に、リンゴは駄々をこねるばかり。挙句の果てに彼女はぺたんと地面に座り込んでしまった。
「あぁあ……大切な事は目に見えないって言われたけど。そもそも何なのよ大切な事って。それが分からなかったら、何をやっても上手くいかないじゃない」
リンゴはその場で頬杖をつく。
「そういえばあの人――エンさんが言ってたわね。“イメージ”とか“想像力”とか……そうよ。あの人が出した様なホノオよ。あれを想像しながらやってみたわ」
でも、出来なかった、とぽつり。
「どうすれば良いと思う? って。話しかけても答える訳ないか」
ふと手持ちの杖に視線が動いたリンゴは、力なく笑いながら手で杖をなぞった。枝のようにすらりと長い持ち手はなめらかで、出会って間もないリンゴの手に寄り添う。
そんな持ち手の頂点には、炎のように真っ赤な宝玉が鎮座していた。ただ、その宝玉の頭は、僅かながらかすり傷を負っていた。
「この傷ってまさか、あたしが地面に線を引いた時に――?」
気が付いたリンゴは、傷付いた宝玉を撫でた。
「あの時はきっと痛かったわね。女王様がいう“心臓部”だもの。これからずっとあたしのパートナーなんだから――」
もっと大切にしないと……と、リンゴの手がぴたりと止まる。
「そうよ! パートナーよ!」
すくっと立ち上がったリンゴは両手でしかと杖を握り締めた。
「マルーやあの二人と同じ、この杖だってあたしの仲間。そんな人達をあたしが信じないでどうするのよ――!」
リンゴは再び杖を構え、まぶたを閉じる。
どうして道しるべを引いたのか。それは、道しるべを辿って、マルー達が来てくれるって信じたから。こうやってマルー達を信じて、マルー達を信じる自分を信じたからこそ、女王様とここまでやって来た……。
「(だからあたし、信じるわ。あなたには力が眠っているんだって。だからお願い! あなたも、あたしに眠っている力を信じて――!)」
願うリンゴの周りで、僅かに風がそよぐ。
――胸の奥で何か、熱いものが沸き上がってくる。
しかもそれは次第に大きくなっていき、リンゴの中から飛び出そうとしている!
「 や あ あ あ っ! 」
沸き上がった熱はリンゴを叫ばせ杖を前に突き出させた刹那、杖に一瞬かかった重みと共に熱風が巻き起こる! 熱風は後方に彼女を叩き付け前方に爆破音を鳴らした。
「痛あい……って、えっ!?」
背中の痛みを噛み締めながら、リンゴはまぶたを開けた。彼女の目に飛び込んだ光景は、崩れ落ちた“壁だったもの”と、壁に空いた大きな穴だった。
「まさかこれ、“あたし達”が……!」
やったあっ! と両腕を上げるリンゴ。と思いきや、腕を胸に引き寄せ、抱き締めるように杖を両手に握り込むのだった。
「――これで。先に進めるのね」
ひとしきり喜んだリンゴは息を吐き出すと、壁に空けた穴をくぐり抜け、歩を進めた。
空けた穴の先。足元に現れたのは、途方に暮れるほど長い下り階段だった。それを下れば下る程、砂が混じったような風が消え、つんと澄んだ空気に変わってゆく。これまで歩いてきた道とは打って変わった雰囲気が、疲弊したリンゴを癒してくれている気がした。
そんな広間の中心には、等身大の柱。その上には、正方形の箱。そしてその傍では、一心に祈りをささげている者。
「女王様!」
リンゴが呼びかけると、その者が飛び跳ねるような勢いで振り返った。迫真迫る振り返り様がリンゴに、女王は大声や大音量が苦手だったことを思い出させる。
「ごめんなさい。また大きな声を出しちゃって」
「いいえ。お気遣いなく――それよりも。無事、魔法を発動できたようですね――」
「あ……はい。この杖のおかげで」
それは良かったです、と言って微笑む女王は、出会った頃と比べると、頭一つ分背が低くなっていた。
「女王様、あなた――」
「あっ! リンゴいたーっ!」
話を振ろうとした途端、聞き慣れた声が飛び込んできた。