第01話 ひと夏の探索
ときは現代。アスファルトが敷かれた街へ、容赦なく陽の光が照りつける候。とある住宅街のとあるマンションに住む者達にもその光は差し込んだ。
「う……んぅー……」
カーテンの隙間からやって来た陽光を受け、ベッドの上で顔をしかめる者が一人。おもむろに身体を起こしたかと思いきやコテンと前のめりになった。
「あぁつぅいいぃ……朝から汗だくだよー……」
うだりながらもその人は、服をつまんでバサバサと内側に風を送ろうとする。それから鎖骨まで伸びた乱れ髪を手ぐしする要領で掴むと、その人へ電源が入ったかのようにまぶたが開かれた。
「もしかして今日って!」
ぱっと振り返りカレンダーを見る。“8月”という大見出しのすぐ下、“1”を囲った大きな赤丸に“自由研究!”という赤色の文字があった。しかもそのカレンダーがある勉強机には律儀に手提げかばんが、荷物を詰めた状態で置かれてある。さらに近くにあった目覚まし時計を取るとその人の顔がみるみる青ざめた。これに追い打ちをかけるがごとく、この家の呼鈴が鳴り響くのだった。
「大変! 急いで準備しないと!」
寝間着を床に脱ぎ捨ててはタンスからティーシャツとスカートを引き抜き身につけようとした時。
「マルー! 健君が来――」
「わああダメ! お母さん開けないで!」
「ごめんなさい! 着替え中だったのね!」
華奢な身体をとっさに隠して母親の目をかいくぐった少女・マルー。彼女のこれは愛称で、本名は丸山真理奈である。
マルーはどうにか着替えを済ませると、ヘアゴムと手提げかばんを手に部屋を出た。
「お母さんひどいよ! 勝手に部屋のドア開けるなんて!」
「ここまでずっと起きてこなかったんだもの、仕方ないでしょう?」
「早くしろよマルー。二人を待たせるんだぞ」
「分かってるってば! でももうちょっと待って!」
玄関の外で待っている少年・望月健に声をかけながら洗面所に入ってゆくマルー。置き去りにされた言葉を受けて彼は片手で頭を抱えたのだった。
「いつもごめんね健君。こんなマルーと昔から仲良くしてくれて」
「まあ、別に。慣れてるんで」
「健君はいつも優しいわね。あなたがお隣さんの子でよかったわー」
「おまたせ健! 早速行こう!」
健がマルーの母親と会話しているうちに、髪をおさげに結った彼女が現れた。
「いいマルー? ケガと無茶はしないように! あとこれ、今日の朝ごはん!」
「ありがとうお母さん! じゃあ行ってくる!」
マルーに握られたのはこぶし大のおにぎり。包みを広げ、口に頬張りながら外へ出てゆく。階段を駆け下り、住宅街へ飛び出した頃にはおにぎりをたいらげていた。
照りつける太陽を、明るい水色の瞳に映して彼女は進んでゆくが。
「――おいマルー前っ!」
「え、あっ! ごめんなさいお兄さん……」
「ちゃんと周りを見ろ。自転車の人とぶつかるところだったぞ」
健が静かな夜のような瞳を使ってマルーを咎める。しかし言われた本人は、ごめんごめんと受け流してはまた駆け出した。懲りていない様子に呆れながらも、健は再び彼女を追う。
やがて二人は街路樹が植えられた道に差し掛かった。先の住宅街には日を遮るものがなかった故に火照った身体に木陰はちょうどいい。しかしこの木陰に癒やされる暇はなかった。
「マルー早くー!」
「健ー、こっちだよー」
「凛! タッツー!」
やがて、進む先からマルーと健を呼ぶ声がした。その方向には八月の太陽を一身に浴びる森があり、その手前には人影が二つある。
「遅くなった、こいつのせいで」
「そんなに睨まないでよ。ちゃんと間に合ったんだよ?」
「間に合いはしたけどな?――」
と健が言いかけたところに「マルーったら」と言葉が割り込んできた。
腰に手を当ててマルーを見上げるその人の名は、赤石凛だ。
「おはようリ――」
「また寝坊したのね!? もっと余裕を持って起きなきゃダメじゃない!」
「ぅ……でも、私起きて三分で準備したんだよ? この早さは新記録だよ!」
「そんなのよりも早起きの新記録を作りなさい!」
「はーい。次から頑張りまーす!」
凛が釘を差すように向けてきた人差し指と朱色の瞳を、マルーは元気に返事をすることでやり過ごそうとしている。このあからさまな態度に凛が頬を膨らませていると。
「まーまー。皆揃ったから良いんじゃないー?」
「そうそう! タッツー分かってるー!」
間延びした声色で出されたタッツー・大塚竜也の意見に、マルーはすぐさま相づちを打った。
「ここまで元気に来れたことを褒めてほしいんだけどなー?」
「そだねー。マルーは暑い中、よくここまでやって来たよー」
「それだったらあたしもなんですけど!」
「じゃあ赤石さんにも拍手しなくちゃー」
「おいおい。三人共、話がそれてるぞ」
マルー達の会話を止めた健の手にはバインダーと筆記具が握られている。
「今日は何のためにこの、ウワサの多い危険な森にやって来たのか、分かってんのか?」