第十五話「アストレイの戦い:その三」
アストレイの丘での戦いが始まってから三十分が経過した。
グラント帝国の地上軍の主力、駆逐兵団は三本目の塹壕を突破し、四本目の攻略に入っている。
塹壕の突破は主に鬼人族のハイオーガたちが担い、魔獣族戦士たちは獣化した状態で幅五百メートルの塹壕を迂回し、丘の塹壕に襲い掛かっている。
駆逐兵団が塹壕に取り付いたことから、遠距離攻撃部隊である轟雷兵団は同士討ちを避けるため、散発的な攻撃しか行っていない。
(思ったより抵抗が弱い。三万人くらいがいるはずなんだが、その半分もいない感じだ。ここから逃げることはできないから死に物狂いで戦うはずなんだが……偵察では周囲に伏兵はいなかったが、見逃したのか?)
ラントは神聖ロセス王国軍の抵抗が弱いことに疑問を感じていた。
「伏兵に注意しろ」と駆逐兵団長である鬼神王ゴインに命じ、更に傍で控えている魔導王オードと天魔女王アギーに声を掛ける。
「大勢の人間、例えば一万人くらいを隠蔽する魔法というのは存在するのだろうか?」
その問いにオードが答えた。
「隠蔽の魔法自体は存在する。しかし、隠蔽の魔法は暗黒魔法と風属性魔法の複合魔法であり、それだけに高度な技術を要する。また、一万人となると立たせておくだけでも大きな面積が必要になる。それだけの面積をカバーするには膨大な魔力が必要であろう」
オードの答えにアギーが賛同する。
「魔導王殿のご意見に全面的に同意いたしますわ。私たちでも大規模な魔法陣と膨大な魔力が必要でございます。第一、発動のためには多くの制約があり、人族如きに発動できるとは思えません」
「二人の魔法の大家がそう言うのであれば、王国が大規模な隠蔽を使うことはないということなのだろう。だとすると、物理的に隠したか……もしかしたら!」
ラントは轟雷兵団長、巨神王タレットを呼ぶ。
「巨人族戦士たちを前進させてくれ。その上で駆逐兵団が突破した塹壕を踏み潰せ!」
タレットは理由を聞くことなく、「御意」と答えて部下たちに命令しながら、自らも人化を解き、前線に向かった。
しかし、ラントの命令は僅かに遅かった。
合図のラッパが吹き鳴らされると、突破した塹壕からワラワラと王国軍兵士が湧き出てきた。
そして、塹壕を攻撃しようとしている駆逐兵団の後ろから襲い掛かる。
ラントは“してやられた”という思いで拳をぎゅっと握る。
(簡単に突破させると思ったら引き込む作戦だったのか。塹壕の構造は見ていないけど、たぶん二重構造になっているんだろう……)
ラントの予想通り、塹壕と並行にトンネルが掘られており、そこに伏兵が隠れていた。
トンネルは塹壕から五十センチほどしか離れておらず、土属性魔法が使える兵士が開口部を作り、塹壕を介して外に向かった。
これだけの塹壕とトンネルが僅か五日で作れたのは、義勇兵の中に魔法適性のある者が多かったためだ。
比率的には一般市民と大差ないが、三万人という母数の多さにより、千人以上の土属性魔法の使い手がおり、延べ二十キロメートル近い塹壕やトンネルを作り上げた。
「ゴイン! 予備兵力を投入せよ! 伏兵は巨人族と駆逐兵団の予備兵力で対処するんだ!」
「了解した!」とゴインは言い、予備兵力として後方にあった一千名の魔獣族戦士と共に飛び出していく。
ラントが前方の戦いに集中していると、通信士であるデーモンロードの声が後ろから聞こえてきた。
「天翔兵団から連絡です。敵の別動隊を発見。敵は騎兵。数は千以上で詳細は不明。現在、神龍王アルビン様が攻撃を直接指揮しておられるとのことです」
「了解。アルビンには敵を通すなと伝えてくれ」
デーモンロードは「御意」と言って下がっていった。
ラントは背筋に冷たいものが流れるのを感じていた。彼の周囲には直属の護衛の他には轟雷兵団の魔術師隊三百と支援部隊の一部の計五百名ほどしか残っていない。
(塹壕内に伏兵を隠すだけじゃなく、騎兵による挟撃まで考えていたとは……アルビンたちが見つけてくれなければ、大混乱に陥っていたところだ……)
そんなことを考えていると、オードが話しかけてきた。
「陛下はこれで終わりだと思われるか? まだ何やらやってきそうな気がするが」
オードの言葉でラントは考え込む。
(僕が敵ならどうする? 敵には聖騎士と天馬騎士がいる……いや、昨日偵察隊を襲った冒険者もいたぞ! 奇襲されたとはいえ、アークデーモンが逃げ出すほどの相手だ。奴らは今どこにいるんだ……)
そのことをオードに話す。
「確かに冒険者たちがいた。だとすれば、護衛が減った今の状況は危ういのではないのだろうか?」
「魔導王殿のおっしゃる通りですわ。鬼神王殿と駆逐兵団の魔獣族を戻してはいかがでしょうか」
オードに続き、アギーも危惧を抱く。
アギーの提案にラントは首を横に振った。
「この状態で前線から引き戻せば混乱が起きる。それに魔術師隊も支援部隊も接近戦ができないわけじゃない。キースたち護衛もいるし、第一君たちがいる。勇者がいるならともかく、ただの冒険者相手なら充分すぎる戦力だ」
「騎龍に乗って上空から指揮を執られてはいかがでしょうか。空ならば滅多なことは起きませんので」
更にアギーが提案してきた。
「確かにそうだな……」と言いかけて、ラントは首を横に振った。
「いや、それは逆に危険かもしれない」
「なぜでしょうか?」
「もし、敵が冒険者を送り込んでくるなら、空に向かうことを予想していないはずがない。私がローズやロブたちに乗って移動していることは彼も知っているのだから」
この時ラントは圧倒的に有利だったはずが、徐々に追い詰められているような錯覚に陥り、混乱し始めていた。
(北の森の魔法陣から僕の考えは読まれ続けている気がする。塹壕での伏兵も読めなかったし、冒険者をどう使ってくるのか予想もできなかった……)
焦りによって更に考えがまとまらない。
(冒険者が五十人はいたという話だ。気配遮断のマントを使ってくるかもしれない。そうなったら奇襲を受けることは確実だ……)
ラントの焦りを感じたローズが彼の後ろに立つ。
「大丈夫よ。私が守ってあげるから」
普段とは違う優しい声音にラントは落ち着きを取り戻す。
「ありがとう」と答える。
そして、オードに視線を向けた。
「魔導王に頼みがある……」
ラントはオードにある指示を出すと、その後は前線に視線を向けた。
前線では伏兵による一時の混乱から立ち直り、敵を駆逐しつつあった。
(このままいけば大きな損害を出すことなく勝てる。あとは敵の隠し玉に僕が対応できるかだ……)
ラントは決意を新たにした後、自信ありげな表情で命令を出した。
「もう一度降伏勧告をする。恐らく敵はそのタイミングで何かアクションを起こすはずだ。それを潰せば、我が軍の勝利が確定する。皆、油断しないように頼む」
その言葉にその場にいる全員が「「御意」」と言って跪いた。
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