第十二話「野戦へ」
五月二十七日。
ラント率いるグラント帝国軍はカイラングロースにあった。
前日には予想していなかった住民による歓迎を受けて困惑したが、ラントは住民の代表に挨拶を行っただけで特にトラブルが起きることもなく、朝を迎えている。
朝食後、ラントは帝国軍の主要な者たちを集めた。
「今日は偵察と情報収集に当てる。各兵団はゆっくり休んでくれ」
「休むほど疲れちゃいないが」と駆逐兵団長である鬼神王ゴインが言うと、轟雷兵団長巨神王タレットがそれに頷く。
「我ら天翔兵団も同じだ。一気に聖都とやらを落としてしまった方がよいのではないか?」
神龍王アルビンがやる気に満ちた表情で提案する。
「まずは情報の整理が必要だ。敵が防御陣地を作っている場所も確認しなければならないしな」
「偵察なら我らがやっている。それでは不足か?」
アルビンが不服げにそう告げる。
防御陣地を作っているアストレイにはアークグリフォンを始めとした偵察隊を何度も送っており、おおよその戦力と陣地の規模は把握していた。
「神龍王の言う通り、偵察隊は出しているし、報告に不満はない。だが、テスジャーザであれほどの作戦を考えた人物がいる。今まで以上に慎重を期す必要がある」
「確かにそうだな」とアルビンも渋々納得した。
「では、私にお任せください」
諜報官である天魔女王アギーが偵察任務を申し出る。
「君には聖都に潜入しているアードナムたちと接触してもらいたいと思っている。厳重に警備されている聖都には君くらいの力がないと不安だからだ」
「もったいないお言葉です」とアギーは評価されたことを素直に喜ぶ。
「防御陣地は私自身の目で見たいと思っている。それにそこを迂回することも考えているから、そのルートの確認もしておきたい」
その言葉に全員が驚く。
「陛下が行く必要はないではありますまいか」
タレットが重々しく言うと、他の者たちも頷く。
ラントはタレットに対し、首を横に振り、深刻そうな表情で話し始めた。
「我が軍が大きなダメージを負った罠を考えた人物、確かアデルフィと言う名だったと思うが、彼は軍事の天才だ。だから、素人に過ぎない私が見ても敵の意図を見抜けるとは限らないが、それでも私自身の目で見ておいた方がよいのではないかと思っている」
「陛下が見抜けぬのでしたら、私たちには無理ですわ。ですが、安全な上空からの偵察だけにしていただきたいと思います」
アギーの言葉にラントも頷いた。
「もちろん私も不用意に近づく気はない。それに護衛も連れていく」
ラントはアギーに指示を出した後、アークグリフォンのロバートに乗って偵察に向かった。
カイラングロースからアストレイまでは四十マイル(約六十四キロメートル)ほどで、一時間も掛からずに到着する。
アストレイの丘では多くの兵士が陣地の構築を行っていた。
既に何度も偵察隊を見ており、特に気にすることなく作業を続けていたが、コバルトブルーに輝くエンシェントドラゴン、ローズの姿を見て慌て始める。
「ロブ、上空でゆっくり旋回してくれ」
『御意』というロバートの念話が届く。
ラントは地上を見下ろしながら、防御陣地の構造をスケッチしていく。
ほとんどの兵士はスコップなどを使って作業をしているが、中には土属性魔法を使っている者もおり、ほとんど完成しているように見えた。
(本当に塹壕を掘っているんだな……それにしても何本あるんだ? 結構深そうだが……あの中に潜まれたら、遠距離魔法はあまり効かないだろうな……)
そう考えた後、近くを飛ぶローズに念話を送る。
「君ならあの塹壕の中の兵士を上空から排除できるか?」
『できないことはないわ。あの線に沿ってブレスを撃ち込めばいいだけでしょ』
「何もなければ確かにそうだが、東側から三本目の真ん中辺りを見てくれ」と言って指を差す。
「あそこはトンネルになっているようだ。長さは十メートルほどだが、あの下に隠れられたら難しいんじゃないか?」
『確かにそうね。でも、何度か撃ち込んで土ごと蒸発させれば問題ないわ』
ローズはそう言うが、ラントは難しいのではないかと思っていた。
(トンネルだけじゃない。塹壕の中にも蛸壺みたいな退避場所がある。あそこに潜んで盾で蓋をすれば、ある程度は被害を防げるはずだ……)
そう考えていると、ローズが別の案を言ってきた。
『それに地上に降りれば関係ないと思うわよ』
「その手があるか……いや、恐らく敵は何らかの手を打っているはずだ」
丘を偵察した後、北に向かう。
北には五キロメートルほどの湿原が広がっており、更にその先は標高の低い山があり、そこには森が広がっていた。
森と言っても大木が生い茂るような深いものではなく、雑木林といった感じでところどころ地表が見えている。
(あの程度の山なら通ることは充分可能だな。街道を進まないといけないわけじゃないし……いや、あれは!)
森の中をよく見てみると、人を見つけた。
上空から何度も近づいてみるが、ラントたちに気づいたのか、木々の間に隠れ、何をしているのか全く分からない。
(何か作業をしているような感じだな。あとで偵察隊に調べさせないと……)
ラントはカイラングロースに戻ると、アークデーモンが指揮する偵察隊を派遣した。
二時間ほど経った頃、偵察隊が慌てた様子で帰還する。
「何があった?」とラントが聞くと、アークデーモンは申し訳なさそうに報告を始めた。
「人族が大規模な魔法陣を構築しようとしておりました。それを調べようとしたところ、強力な敵、恐らく冒険者と呼ばれる者たちから襲撃を受けました。敵は五十名ほどが待ち伏せており、何とか囲まれる前に脱出いたしましたが、部下二名失いました。申し訳ございません」
精鋭であるアークデーモンが逃げなければならないほどの敵が潜んでいたことにラントは驚く。
「よい判断だ。情報収集より、君たちが無事に戻ってきてくれた方が私は嬉しい。だが、魔法陣か……どうしたものか……」
そこで魔導王オードが発言を求めた。
「魔法陣であれば、私が見てこよう。冒険者といえども私であれば対応できるはずだ」
その言葉に神龍王アルビンも同調する。
「ならば俺も一緒に行こう。我らなら人族がどれほど出てこようが、やられることはないからな」
「八神王を二人も投入する偵察か。贅沢なものだな」とラントは笑うが、すぐに表情を引き締める。
「だが、森を進む気はないから、これ以上の偵察は不要だ」
「よいのか?」とアルビンが聞く。
「私は人族の心を折りたいと思っている。せっかく彼らが決戦を挑んでくれるなら、堂々と受けて立ち、正面から突破して聖都に降伏を迫る。それにアストレイの敵を放置して聖都に向かえば、我が軍は聖都とその軍に挟まれることになる。挟撃されたからと言ってどうということはないが、何か別の罠を考えている可能性が高い」
敵の狙いがアストレイの丘を迂回させ、聖都に向かわせることだとラントは考えていた。
(魔法陣で大規模な罠が作れるならテスジャーザでやっている。恐らく森の中にある魔法陣はダミーだ。こちらにそれを調べさせ、ダミーだと安心させる。そこで別の罠を仕掛け、混乱したところで別動隊が襲う計画なんだろう……)
その根拠だが、偵察ではアストレイの丘にいるのは義勇兵らしい若い兵士が三万ほどで、精鋭である神聖ロセス王国の主力、聖堂騎士団の姿がないことだ。
野戦を挑むなら、機動力のある聖堂騎士団がいるはずで、その姿がないことにラントは違和感を覚えた。
更に聖都に潜入した諜報員から聖堂騎士団の精鋭、聖騎士隊や天馬騎士団が残っているという情報があり、アストレイで決戦を挑むつもりがないと考えた。
また、四月半ばに国境近くのサードリンを攻略してから一か月以上経っており、聖都には各地から兵力を集めている。正確な数は把握できていないが、ラントは最大十万人近い兵士がいると予想していた。
「塹壕は多少厄介だが、我が軍を止めることはできない。よって明日、アストレイの丘に向けて進軍する」
その言葉にアルビンらは「「オオ!」」と応え、拳を振り上げた。
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