第四十話「奇策」
ラントは失意を隠し、神龍王アルビンや鬼神王ゴインを始めとする主要な者たちを集め、捕虜から得た情報を確認していく。
「……作戦自体はもとより、伏兵の総兵力についても捕虜たちは知らぬようです。また、罠に使った物資は予め町に配備されていたようで、彼らが持ち込んだものではありません……敵は三日ほど前から下水道に潜み、我が軍が罠に掛かった瞬間を狙っていたようです」
諜報官でもある天魔女王アギーが報告を終えると、ラントは大きく息を吐き出した。
「隊長クラスでも作戦の全容どころか総兵力まで知らされていないとは。情報管理が徹底しているな」
諜報官でもあるアギーはそのことに悔しげな表情を浮かべる。
「事前に行われた諜報員の排除もそうでございますが、人族側は陛下が情報を重視することに気づいていたようですわ」
「そのようだな。それにずいぶん私のことを研究しているらしい。地上に残っていたスラムの貧民たちは、私の目を欺くための囮だったのだから」
その言葉に魔導王オードが反応する。
「当然でしょうな。陛下は降臨後、僅か数日で人族の主力である五万の兵をほぼ無傷で殲滅した。更に二つの都市を瞬く間に手中にしている。人族にとって陛下は、脅威以外の何物でもない」
多くの者が同意するように頷く。
「そういう見方もあるが、面倒なことだ」とラントは笑った後、話題を変える。
「地下に潜られると魔力感知の効きが悪くなるのは問題だな。地下室の中なら感知できるということは、土が邪魔をするという認識でいいか?」
その問いにオードが頷く。
「土というより厚みが影響している。壁や床程度の厚みであれば魔力感知は可能だが、十フィート(約三メートル)以上の厚みの固体があると、魔力は極端に減衰するのだ」
「なるほど。だとすると、地上から探知しても下水道に潜んでいる伏兵を見つけることは難しいということか……」
「おっしゃる通りですわ。ですので、幽体系の死霊族を偵察に投入してはいかがでしょうか? 彼らなら壁を無視して移動できますから、それほど時間は掛からないと思いますわ」
アギーの提案にラントは少し考えた後、首を横に振る。
「いい提案だが、私のことをこれほど研究しているなら、恐らく敵はそれを読んでいる。罠を張って待ち構えているはずだ」
「確かにその可能性はございます」とアギーは残念そうな表情を浮かべた。
「ここを無視して先に進めばいいんじゃないか」とゴインが発言する。
「私もそのことは考えた。だが、もしこのままこの町から離れれば、王国が勝利したことになってしまう。それでは人族に希望が生まれ、心を折ることはできない。だから、一度戦いを挑んだのであれば、人族が負けを認めるほどの勝利が必要になるんだ」
「確かに負けたままっていうのは気に入らねぇな」とゴインも納得した。
「ならば、我らがブレスをその下水道に撃ち込んでやろう。何箇所かの出入口から同時に撃ち込めば、敵を蒸し焼きにできるはずだ」
神龍王アルビンが豪快な提案をした。
「悪くはないな……ちなみにエンシェントドラゴンのブレスの射程はどの程度だ?」
「千フィート(約三百メートル)は優に届くぞ」
ラントはそこで懸念を思いつく。
「捕虜の話では下水道は思った以上に入り組んでいる。ブレスは直進するだけだから、すべてを倒すことは難しいかもしれない。まあ、酸欠で窒息させることもできないことはないんだろうが、空気穴は開いているだろうし……他に案がなければやってみる価値はあるが……」
そこで参加者を見回すが、新たな意見はなく、沈黙が支配する。
ラントはそこで地図を見直した。
(一区画ずつ調べるとなると、相当な時間が掛かる。それに話で聞く限りでは結構狭い。伏兵が何をしてくるか分からないが、何らかの準備はしているはずだ。アルビンの案が一番安全だが、確実性に欠けるな……)
そこでテスジャーザの町の外を流れるテスジャーザ川に注目する。
(何もブレスじゃなくてもいいんじゃないか? 幸いこの町は高い城壁で囲まれている。川の水を引き込めば、町の外に流れずに下水道に流れ込む。下水道の出口を封鎖できたら、水没させられるんじゃないか?)
そのことを簡単に説明し、地図を指し示しながらオードとアギーに質問する。
「魔法の専門家である魔導王と天魔女王に聞きたい。土属性魔法でここからここまで水路を作るとして、どの程度の時間が必要だろうか」
その問いにオードが答える。
「轟雷兵団の魔術師隊三百名を投入したならば、二時間もあれば充分であろう」
ラントがアギーを見ると、彼女もオードの意見に賛同する。
「魔導王殿のお考えに同意いたしますわ。最も川から近い東門までは三百ヤード(約二百七十メートル)ほどしか離れておりませんので」
「そんなに早くか! さすがだ!」
そう言って驚いた後、オードたちと協議を行った。
その結果、高さ五メートルほどの壁を立てて幅十五メートルほどの水路を作り、破壊した東門に接続することとなった。また、効率よく水を送り込むため、テスジャーザ川にダムを造って堰き止める。
「下水の出口と、東門以外の各門に石の壁を作ってほしい。そうすれば、水は下水道に流れ込むしかなくなるからな」
午後五時頃、下水出口と各門の閉鎖が完了し、水路とダムが完成する。
堰き止められた川は春先ということもあって雪解け水による水量が多く、すぐに水位は上がっていった。そして、水路を流れ始めると、町の中にゆっくりとだが、確実に流れ込んでいく。
「この調子なら明日の朝には地下は水没しているはずだ。念のため、魔法を使って穴を開けて水が排出されないよう町の周囲を定期的に監視してくれ」
「承りましたわ、我が君」とアギーが頭を下げる。
ラントはゴインたちに休息を摂るよう命じた。
「駆逐兵団と轟雷兵団はゆっくり休んでくれ」
そして、アルビンに視線を向ける。
「天翔兵団には悪いが、今夜の警備は君たちに任せたい。やってくれるか?」
「無論だ。我らに任せておけ」
アルビンはそう言うと、龍形態になり空に舞い上がっていった。
「まだ大丈夫なんだが」
ラントはそう言って苦笑するが、微笑ましくも思っていた。
(あれだけ他の種族のことを見下していたのに、いい兆候だ。これが続くようにしないとな……)
孤高を貫いていたアルビンまでが仲間のことを思うようになったことを嬉しく思っていた。
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