第三十五話「死闘」
五月十六日の午後。
俺たち駆逐兵団はテスジャーザの町へ突入しようとしていた。
「ゴインの旦那、南門が開いたようだよ」
俺にそう言ってきたのは副兵団長のアンだ。
彼女は黒豹に似たクァールという魔獣で、魔獣族戦士の取りまとめを任せている。
魔獣族の中では比較的小柄で、人化している時は俺の胸くらいまでしかなく、魔獣形態でも体長三メートルほどと、フェンリルなどに比べれば二回り以上小さい。
その体格に見合った敏捷性を備え、性格もそれに準じているのか、表情がコロコロと変わる。頭の回転も速く、俺に適切な助言をしてくれるため、全幅の信頼を置いている。
「了解した。では手筈通り、補佐を頼む」
「分かったよ。だけど張り切り過ぎるなよ。無茶をして怪我でもされたら陛下に申し訳ないからね」
俺は信頼しているが、彼女は俺のことをあまり信用していないようだ。
何か言っても言い返されるだけなので、「分かっている」とだけ答え、潜入部隊が開いた門をくぐり、町の中に入っていく。
町の中は人気が無く、風が吹き抜ける音と東の方から轟雷兵団が攻撃している音だけが微かに響いていた。
「魔獣族部隊は先行して敵の伏兵と罠を探りつつ、待ち伏せしているクロスボウ部隊がいたら潰してしまえ。間違っても建物の中に入るなよ」
俺の命令に魔獣形態になった狼型の魔獣族戦士が駆け出していく。
「他の連中は俺と共に前進だ! 先行部隊が探っているが、見逃す可能性もある。充分に注意して進め!」
そう言ったものの、先行した魔獣族は鼻が利くから、人族の伏兵を見逃すとは思えない。それでも陛下から部下には適切に声を掛けろと言われているため、注意を促した。
門を入った先は大通りと言われているが、三階建ての建物がせり出すように建っており、幅は二十フィート(約六メートル)ほどしかない。更に緩やかに右にカーブしており、見通しも利かない。
先行する魔獣族戦士たちはその道を駆け抜けながら、時折建物の中に魔法を放っている。陛下から火属性を使うなと命じられているため、専ら風属性を使っていた。
「問題ないようだな」とアンに言うと、魔獣形態の彼女もコクリと頷く。
大通りには幅五フィート(約一・五メートル)もないような細い路地がいくつもあるが、敵の姿は全くなかった。
五百ヤード(約四百五十メートル)ほど進んだところで、前方を見ると、五十ヤードほど先に三叉路が見えた。
事前に陛下が作らせた地図では、この三叉路を左に進むと町の中心部に向かい、右に進むと住宅地に向かうことになる。
俺は主力を率いて中心部にある領主館を占拠するため、その三叉路を左に向かおうとした。
『ゴインの旦那! 伏兵だ!』
アンの念話が頭に響く。
「何!」と言いながらも、本能的に闘気を纏っていた。
これが俺の命を救ったようだ。
アンの警告の直後、長さ六フィート(約一・八メートル)ほどの投げ槍のような物が、前方と左右から無数に飛んできたのだ。形状から見て、バリスタによって打ち出されたものだろう。見上げると、建物の窓から大型の弓の一部が見えた。
俺にも五本ほど命中したが、闘気によってすべて防いでいる。しかし、多くの者は対応が間に合わず、部下たちの苦痛に満ちた呻き声や悲鳴が狭い通りにこだましていた。
「魔法を使える者は障壁を張れ! アン! 魔獣族隊は路地から敵伏兵を攻撃しろ! 鬼人族隊は負傷者の収容だ!」
俺が命令する間にも攻撃は続いた。
今度の攻撃はバリスタではなく、クロスボウによる攻撃だった。狡猾なことに狙いは防御力が低いエンシェントエルフの治癒師たちで、その多くが倒れている。
「人族の戦士が斬り込んできました!」
後方から悲鳴に似た声が響く。
後ろを振り返ると、路地から剣や槍を持った人族が無数に湧き出ている。
「敵は雑魚に過ぎん! 落ち着いて対処しろ!」
そう言いながらも俺はパニックに陥りそうになっていた。
『旦那! 陛下に報告と救援を要請しないと!』
アンの言葉に我に返る。
すぐに近くにいた通信士であるデーモンロードに報告を命じた。
「陛下に状況を報告せよ。我敵奇襲部隊と交戦中。死傷者多数。百以上のバリスタと伏兵多数により、更に被害が大きくなる模様」
デーモンロードは了解すると、すぐに安全な上空に舞い上がっていく。
それを狙うかのようにクロスボウから多くの太矢が撃ち込まれるが、デーモンロードは巧みに回避し、射程外に逃れた。
「敵をこれ以上突入させるな! 路地を封鎖するんだ! 負傷者を収容しつつ、後退せよ!」
矢継ぎ早に命令を出すが、部下たちも突然のことに混乱しており、いつもの実力を発揮できない。
もちろん人族の戦士を確実に倒していっているが、奴らは味方の死体を踏み越えて襲い掛かってくる。更にバリスタとクロスボウの攻撃も続いており、次々と部下たちが倒されていく。
俺はこの状況を打破するため、バリスタがあると思われる窓に向けて全力の闘気を放った。
十軒ほどの家の壁が俺の放った闘気で吹き飛んでいく。中から悲鳴が聞こえるが、それに構わず、別の場所にも闘気を放つ。
その間に陛下が回してくれたアークグリフォン隊が到着し、高速で飛翔しながらバリスタやクロスボウで攻撃してくる伏兵に風属性魔法を撃ち込んでいく。
そのお陰で上からの攻撃はかなり弱まった。
これで何とかなると思った瞬間、右太ももに鋭い痛みを感じた。
下を見ると、そこには人族の戦士がおり、俺の太ももに剣を突き立てていたのだ。
その戦士に拳を振り下ろして倒したものの、痛みに思わず膝を突く。
『大丈夫かい、旦那!』
「大丈夫だ。それよりもこの状況を何とかしなくてはならん!」
そう言ったものの、打開策はなく、目の前に現れる敵兵を倒すことしかできなかった。
一時間後、満身創痍になりながらも何とか退却できたが、俺は多くの部下を失った。
負傷者の治療を命じたものの、途方に暮れるしかなかった。
■■■
我々は東門を破壊すると、ゆっくりとテスジャーザの町に入っていく。
人族の町は我々の体格には小さすぎ、大通りと呼ばれる道ですら、一人が通れるほどの広さしかない。
幸い、建物の高さは我々の胸より少し高い程度で、視界は確保できている。
『タレット様、陛下より通信がございました。駆逐兵団が敵の奇襲を受けて苦戦中とのことです。敵の伏兵はバリスタを使い、多くの伏兵が現れたそうです。充分に注意されたしとのことです』
通信士であるデーモンロードが伝えてきたが、その直後、私の後方にいる部下が悲鳴を上げた。
振り返ると、下の方からは赤い炎が見え、黒い煙が上がっている。
『建物の中に伏兵! 魔術師の模様! 油のような液体と火属性魔法を使ってきます!』
別の部下からの報告を受け、状況を把握する。
『陛下に今の状況を報告せよ』とデーモンロードに命じると、部下たちにも命令する。
『建物を破壊しつつ後退せよ!』
この時、私はまだ余裕があった。
奇襲を受けたとはいえ、人族の魔術師では油の力を借りたとしても我々を倒すには不十分だからだ。
しかし、それは誤りだった。
部下たちが建物を破壊し始めると、激しい黒煙が上がり、息が苦しくなる。
『建物の破壊は中止! 毒物を混ぜた煙だ! 吸い込まないように注意せよ!』
人族は建物を破壊されることを想定し、何らかの細工をして毒の煙が撒き散らされるようにしたようだ。
部下たちはその命令に従ったが、救援に来た天翔兵団が魔法で建物を破壊したため、黒煙は更に酷くなる。
部下たちの咳き込む音が響く。
『通信士! 風属性魔法で煙を吹き飛ばすよう連絡するのだ!』
轟雷兵団の魔術師隊であるデーモンたちが到着し、黒煙を払ったことで何とか脱出できた。
しかし、多くの同胞を失った。これほど多くの同胞を失ったのはブラックラ帝に従って遠征した時以来だ。
私は破壊された東門を睨み付けるように見つめることしかできなかった。
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