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魔帝戦記  作者: 愛山 雄町
第二章「王国侵攻編」

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第二十二話「戦場」

 時はロセス神兵隊の襲撃直後に遡る。


 朝食を終えたラントの下に天魔女王アギーが急いだ様子で現れた。それでもラントの前で深く、そして優雅にお辞儀をした後、すぐに本題に入る。


「人族の襲撃者が多数現れました。場所は西にあるオージーという名の村です。襲撃者の数はおよそ二百。鬼人族のハイオーガ、ダニエルなる者が隊長の部隊が迎撃に当たっております」


 いつもより真剣な口調のアギーにラントは僅かに緊張する。


「やはり来たか。キース、ゴインたちを集めてくれ」


 側近であるフェンリルのキースに命じると、一礼をしてから素早く部屋を出ていく。


「アギー、君は通信士のデーモンロードに私からの指示を伝えてくれ。伝える内容はただ一つ。“戦果よりも諸君らの命の方が大事だ”」


「承りましたわ」といつもの調子でアギーは答え、その場から立ち去った。


「エレン、鎧を用意してくれないか。戦いが終わったところで戦場に視察に行きたいからな」


 エンシェントエルフのメイド、エレンに命じるが、彼女は「危険ではございませんか」と言って控えめに反対する。


「危険かもしれないが、少なくとも勇者の位置は把握しているから、モールが作った鎧で充分に守り切れるはずだ。それに私だけでなく君たちもいるのだから」


 エレンは完全には納得しなかったが、最も危険な勇者が出てこなければと無理やり納得し、準備に向かった。


 ラントは残っているローズに笑顔で話しかける。


「今回は君に乗っていく。よろしく頼むよ」


「任せておきなさい」とエンシェントドラゴンのローズは得意げに胸を張る。


 十分後、八神王である鬼神王ゴイン、巨神王タレット、魔導王オード、天魔女王アギーと、天翔兵団の副団長、ロック鳥のカヴァランが執務室に集まった。


「予想通り、敵が攻撃を仕掛けてきた。詳細は聞いていないが、周囲の部隊が合流すれば問題なく排除できるだろう」


 彼の言葉にゴインたちが頷く。ラントが指示した戦い方を徹底すれば、大した損害を受けることなく、勝利できると信じているためだ。


「問題はこの機を狙って勇者が動くことだ。シャドウアサシンたちに見張らせているが、勇者がどのような能力を持っているのか分かっていない。我々の予想を裏切るような方法で攻撃してくる可能性があるから、油断しないように頼む」


「「御意」」と全員が答える。


「既に伝えている通り、テスジャーザにも王国軍が到着している。ここ三日ほど動いていないところを見ると、勇者が私を倒し、我が軍が混乱したところで攻勢を掛けるつもりなのだろう」


 一昨日の五月四日、テスジャーザに潜入させた諜報員から五月二日に王国軍が到着したという情報を得ている。


 休養と補給を終えたが、王国軍は未だに動かず、ラントにはタイミングを計っているように見えていた。


「確実に勇者を無力化し、その後はテスジャーザにいる王国軍を倒す。王国軍の司令官がどこを戦場に選ぶつもりかは分からないが、そこが墓場になることだけは間違いない」


 ラントの言葉にゴインらは大きく頷いている。


 その後の行動についてラントが説明していると、一人のアークデーモンがアギーに近づき、耳打ちする。

 アギーはそれに頷くと、ラントに報告を始めた。


「ダニエル隊が敵を殲滅しました」


 ゴインが「おお!」と言って満足げに頷くが、「我が方の損害は?」とラントは硬い表情で確認する。


「重傷者が五名、軽傷者が十八名、戦死者はいないとのことです」


 ラントはその報告に安堵する。


「敵は五百名ほどだったそうですわ。逃げ出した者はなく、二十名ほどの捕虜を得たとのことです」


「よくやった!」とラントは大きな声で言い、更に指示を出す。


「負傷者の治療を最優先で頼む。ダニエル隊と増援部隊にはよくやったと伝えてくれ」


「承知いたしました」とアギーは優雅に頭を下げる。


「勇者の動向にも注意するようシャドウアサシンたちに命じてくれ。必要なら監視者を増やしてもいい」


「既に手配しております。潜伏場所に十名、地下通路の入り口に五名を配置しておりますわ」


「さすがはアギーだ。何をすべきか理解している」


 ラントは満足げな笑みを浮かべて彼女を褒める。


「では、私は現地に向かう。アギー、その旨もダニエル隊に伝えてくれ。但し、戦場では大仰な出迎えは不要だ」


「では、陛下をお守りするために(わたくし)もご一緒させていただきますわ」


「いや、君はここにいて勇者の動きに注視してくれ。何といってもここに情報が集まるのだからな」


 念話の魔道具は指向性があり、ある程度の角度の範囲にしか情報を送れない。そのため、領主の館で各部隊の場所を把握しておき、受けた情報を中継するという形にしていた。


「ですが、万が一のことがございます」


 アギーの言葉にエンシェントドラゴンのローズが「私たちがいるから大丈夫よ」と胸を張る。


 その後ろではハイオーガのラディやアークグリフォンのロバートたちも大きく頷いていた。


「勇者の居場所さえ押さえておけば、ダニエル隊に加えて彼らがいれば問題はない。だから、一番重要なところを君に任せるんだ」


 アギーもそう言われると納得するしかなかった。


 ラントは鎧に身を固めると、護衛と連絡役のデーモンロード一体を引き連れ、オージー村に向かった。


「今回は目立つ方がいい。ローズ、君に乗っていくぞ」


「任せておきなさい!」とローズがやる気を見せる。


「ロブ、君たちは周囲の警戒を頼む。勇者が動いた場合、連絡が間に合わない可能性があるからな」


「了解しました! 周囲の警戒はお任せください!」


 グリフォン隊の隊長であるロバートがそう答え、部下であるカティたちに指示を出していった。


 領主の館の庭に出ると、雨はまだ降り続いていた。

 ラントはうっとうしいと思うが、命懸けで戦っていた戦士たちのことを思い、そのことは口にしない。


『濡れないようにしてあげるから安心なさい』と龍形態になったローズが念話で伝えてくる。


「助かるよ」とラントはいい、雨に濡れていつも以上に蒼く輝く、彼女に乗った。


 ローズは風属性魔法で雨を遮断すると、ゆっくりと飛び立っていく。


 目的地までは八キロメートルほどしか離れておらず、すぐに到着する。

 ラントが下を覗き込むと、既に周囲の掃討作戦も完了しており、人族の遺体が並べられ、更に捕虜らしき者たちが縛り上げられたまま治療を受けていた。


 出迎えにきたデーモンロードに確認すると、周囲に敵の姿はないと報告を受ける。


「大丈夫そうだな。近くに着陸してくれ」


『分かったわ。でも警戒しながら降りるわよ』


 ラントはローズが慎重なことに驚くが、それを揶揄することなく素直に感謝の言葉を伝えた。


「君が騎龍でよかったよ。よろしく頼む」


『と、当然じゃない!』と慌てたような念話が返ってくるが、旋回しながら慎重に高度を下げていった。


 何事もなく無事に着陸すると、一人のハイオーガが片膝を突いて頭を下げて出迎えた。

 ラントは情報閲覧のスキルを使い、隊長のダニエルであることを確認する。


「よくやってくれた、ダニエル。一人の犠牲も出すことなく、勝利したことは称賛に値する。今後も励め」


 ダニエルは「ハハッ!」と更に深く頭を下げる。

 ラントは平伏する戦士たちに「戦場で平伏は不要だ。だが、よくやってくれた」と声を掛けながら歩いていく。


 エンシェントエルフの治癒師が人族の治療を行っているところで立ち止まる。


「生存者はこれだけか」


「はい。二十一名となります。すべて治療済みで命に別状はございません」


「よろしい。では、捕虜たちが自害しないようにしっかりと監視しておいてくれ」


 そういった瞬間、真後ろから「陛下!」という緊迫した声が聞こえた。

 ラントはその言葉に振り向くが、そこに見えたのは三つの真っ赤な火球だった。それは直径五十センチほどで、高速で接近してくる。


「うわぁぁ!」と思わず声が出るが、彼の反射神経では避けられない。


 後ろにいたラディとキースがそれぞれ一つを、身を挺して止めるが、残りの一つが彼の胸部に命中する。


 熱気が襲ってくると思ったが、火球はラントに命中する直前に消滅した。


「た、助かった……モールの作ってくれた鎧のおかげだな……」


 思わず膝を突きそうになるが、周囲の目を気にしてそれを耐える。


「陛下!」というロバートの声が響き、彼の前に盾になるように立つ。


「何をしているんだ! 敵の生き残りがいないか、もう一度確認しろ!」


 ラディが叫び、ダニエル隊の面々は顔面を蒼白にしながら、周囲を確認していく。


「お怪我はございませんか?」とエンシェントエルフのエレンが泣きそうな顔で声を掛ける。


「大丈夫だ。この程度の攻撃ではびくともしないようだ」


「申し訳ございません」と側近であり護衛の責任者であるキースが平伏する。


「気にするな。ここは戦場なんだ。それより君たちは大丈夫か? まともに受けたようだが」


「問題ございません」と答えるが、纏っていた鎧に焦げた跡があった。


「エレンに治療してもらえ」とキースに言うものの、自分に直撃していたらと冷や汗が出る。


 それを誤魔化すかのように周囲をゆっくりと見回していく。

 先ほどまでの落ち着いた雰囲気は消え、蜂の巣を突いたような混乱が起きていた。


 魔獣族戦士が森の中を駆け、リッチやデーモンロードは上空から周囲を警戒している。鬼人族戦士はまさに鬼の形相で、近くの茂みとくまなく調べていた。


 ラントはそれを見ながらも自分が戦場にいることを強く意識していた。


(今でも震えが来そうだ。もし勇者の攻撃ならここで死んでいたのだから……戦場を舐めていた。今後はもっと慎重にならないと……)


 周囲の捜索は十分ほど続き、安全が確認された。それによって、落ち着きを取り戻し始める。

 焦燥した表情のダニエルがラントの前で平伏し、報告を始めた。


「魔法を放ったのは死んだと思われていた魔術師でした。心臓の停止は確認しておりましたが、何らかの要因で一時的に蘇生し、持っていた魔道具を使って魔法を放ったようです。既にこと切れており、なぜ蘇生できたのかは不明のままです」


「なるほど……今回のことでお前たちに落ち度はない」


「い、いえ!」とダニエルは否定しようとした。


「最後まで聞け!」とラントは一喝し、「ハッ!」とダニエルは地面に頭を付ける。


「事前にきちんと死亡を確認しているのなら問題はない。魔道具についても、これから確認するところだったのだ。私がもう少し後に到着していれば防ぐことはできた。今後はこういったことも起こり得ると考えるようにしてくれ。もちろん、私も同じように注意する」


 ダニエルはそれでも頭を地面に付けている。


「それよりも一人も失うことなく敵に勝ったことの方が大きな功績だ。これからも頼んだぞ」


 ダニエルは涙を流しながら「御意!」と答えた。


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[良い点] 面白かった。魔法はいきなり飛んでくるのか。こわっ。
[一言] うっかりさんw ですむのかなこれは……蘇生のタイミングが臭すぎる。
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