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魔帝戦記  作者: 愛山 雄町
第二章「王国侵攻編」

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第十四話「テロ攻撃」

 四月二十六日。


 ラント率いるグラント帝国軍は神聖ロセス王国の中央部にあるナイダハレルを占領した。

 駐留していた王国軍と帝国に忠誠を誓いたくない住民の一部の町からの退去は既に終えている。


 退去した住民の数は五千人ほど。そのほとんどが役人と王国軍、そして教会に関係している者だ。


 また、サードリンから逃げてきた住民たちの多くはここに残っている。彼らはナイダハレルへの逃避行でクレイグ司教ら教会関係者が倒れる年寄りを無視し、自分たちだけ馬車に乗って移動したことを恨んでおり、騙されたと感じていた。


 諜報員の傀儡が流した情報に加え、実際に逃げてきたサードリンの市民が教会への不満を漏らしていたことが噂となり、テスジャーザへの退避を選択する住民が少なくなった。


 ラントは町の中央にある城主の館に入った。

 サードリンと異なり、ナイダハレル伯爵とその家臣たちはすべて逃げ出しており、館には地元出身の使用人だけが残っている状態だった。


 ラントは城主の執務室に入ると、そこにあったソファに座った。彼と共に天翔兵団の兵団長、神龍王アルビンと駆逐兵団の兵団長、鬼神王ゴインがソファに座る。


 轟雷兵団の兵団長、巨神王タレットは兵団と共に城壁の外で野営の準備をしているため、ここにはいない。


 ラントたちの後ろにはラントの側近兼護衛であるフェンリルのキースたちが立っていた。


「今回も大してやることはなかったな」


 アルビンがぼやく。


「貴様はまだ見せ場があったのだ。だが、我ら駆逐兵団は何もさせてもらえなかった」


 ゴインが不平を口にする。


「まだ王国軍の主力が辿り着いていないんだ。私の予想だと、あと十日は掛かるはずだ」


「そんなに待つのか」とアルビンが不満げに呟く。


「やることがないなら、私の仕事を手伝ってもらうぞ。この町の状況を早急に把握しなければならんのだから」


「書類仕事か……遠慮させてもらう。部下たちを見ておかねば不安なのでな」


「シャーロットに任せればいいだろう。普段は彼女が兵団の面倒を見ているのだから」


 ラントはニヤニヤとした顔でそう言った。


「い、いや。だから、余計に俺が見ないといけないんだ」


 書類仕事が嫌いなアルビンは逃げ出すために必死に抵抗する。

 一通りからかった後、ラントは真面目でアルビンに指示を与えた。


「アルビンと天翔兵団にはここから東にある町に降伏勧告を行ってもらいたい。最も遠い町だと直線でも三百キロ近い。地上軍と共に移動していたら、時間が掛かりすぎるからな」


「また地味な仕事だな。まあいい。どうせ十日も待つのなら、暇つぶしに王国内を見て回ってやろう」


 ラントはアルビンに頷くと、ゴインに話しかける。


「駆逐兵団には私の身辺警護と町の治安維持、それから周辺の農村の掌握を頼みたい」


「御意。しかし、農村の掌握とはどうしたらよいのか……」


「それが問題なんだ。役人たちが残っていれば使えたんだが、下っ端の役人まで逃げ出している。協力的な商人や町の顔役と話をするが、最悪の場合は我々だけで対処しなければならない」


 ナイダハレルは穀倉地帯の中核都市で、周辺には百を超える数の村がある。そこにいる農民は一万五千を数え、その対応にラントは苦慮していた。


「王国軍の動きを見ながら地道にやるしかないな。時間はまだある程度あるだろうし」


 彼はそう言ったが、事態は急変する。



 翌二十七日の昼過ぎ。

 アルビンら天翔兵団の多くが出発した後、ナイダハレルの中心部に近い商業地区で大規模な火災が発生した。


 当初は昼食の火の不始末が原因だと思われたが、火の回りが異常に速かった。それだけではなく、家から飛び出した住民が襲われたと叫んでいた。


「革鎧を着た覆面の奴に斬り付けられたんだ! 奴らは一言もしゃべらず、魔法と油を使って火を着けていきやがった!……」


 ラントはその話を聞き、重大な事態になると確信する。


(これはテロ攻撃だ。だとすると、これからこんな事件が頻発するはずだ。どうしたらいいんだろう……)


 不安を感じながらも、駆逐兵団の戦士と支援部隊のエンシェントエルフの治癒師を組み合わせた警邏隊を組織し、警備を強化した。


 エンシェントエルフを組み込んだのは警邏隊が襲われた際にすぐに治療が行えるようにするためもあるが、住民との交渉役にすることが一番の目的だった。


 鬼人族も魔獣族も人化していても強面の者が多く、言葉の違いから不完全な念話しか使えない状況では意思の疎通を欠いて事態を更に拗らせかねないと、ラントは危惧した。


 彼の懸念は当たった。

 鬼人族や魔獣族の戦士を恐れる者が続出し、警邏隊を避ける者が多かった。そのため、情報収集もままならない。


 翌二十八日にはナイダハレル近郊の農村で無差別テロが発生した。

 一軒の農家で乳飲み子を含め、六人の家族全員が殺されたのだ。


「小さな子供まで……」とラントは悲しみに顔を歪める。


「どうするのよ。相手は好き放題やっているのに打つ手はないの!」


 エンシェントドラゴンのローズがそう言ってラントに詰め寄る。


「陛下もお悩みなのだ」と側近のフェンリル、キースがローズを宥める。


 ゴインを呼び出し、警戒の強化を命じるが、ラントは根本的な解決には程遠いと思っていた。

 更にサードリンからアークグリフォンの伝令が飛んできた。


「サードリンの中心部で大規模な火災し、五名の死傷者を出しております。サードリン伯が現在調査しておりますが、何者かが放火した上で住民を襲った模様とのことです」


 サードリンにまで波及していることに、ラントは目の前が真っ暗になる。


「了解した。伯爵には今まで以上に警備に力を入れるよう伝えてくれ。住民から情報を集めてもらいたいが、無理やり協力を強いることのないように伝えてほしい。ここで住民との間に溝ができれば、敵の思うつぼだからな」


「御意。陛下のお言葉をそのまま伝えます」


 アークグリフォンが去った後、主要な者たちを集め、対策を協議する。

 しかし、ラントを含め全員がこういったことに疎く、解決策は思いつかなかった。


「敵は我々と住民の間に不和の種を蒔こうとしている。それに乗ることなく、犠牲者を出さないように頑張ってくれ。私の方でも何かできることはないか考えてみる」


 ラントの言葉に全員が頭を下げる。

 翌日以降は更に巡回を強化したが、それを嘲笑うかのように殺傷事件が頻発する。


 事件が増えるにつれ、目撃情報も多くなった。

 犯人は五名程度で行動し、冒険者のようにバラバラの装備であることが多い。

 また、声音から若い男が中心で、身体能力が高いのか、五メートルほどの壁を飛び越えていったという話も出ていた。


 ラントはダフ・ジェムソンを呼び出し、冒険者について質問する。


「冒険者っていうのは探索者とも呼ばれる迷宮に潜って生計を立てている奴らのことです。ここ神聖ロセス王国には結構な数の迷宮があったはずで、それに見合った冒険者がいたはずですよ」


「迷宮か……何となく想像はできるが、どんなところなんだ?」


「教会は神が試練を与える場所とか言っていますが、実際には湧き出した魔物を倒して、素材や装備を手に入れる場所っていう感じで、一種の鉱山みたいなもんです」


 ラントはゲームによくあるダンジョンと同じようだと認識する。


「冒険者というのは無頼なイメージがあるが、国の命令に従う者なのか?」


「どうなんでしょうね。奴らは金に汚いですから報酬次第でしょう。まあ、実力がある奴なんてほんの一握りですし、命に危険があると分かればすぐに逃げ出しますから、帝国の戦士たちの脅威にはならんでしょうな」


 ダフの冒険者に対する評価が低いが、これは彼が傭兵であったためだ。

 傭兵は契約を守るが、冒険者にその意識はなく、その点で蔑んでいる。冒険者の方も傭兵は実戦経験が自分たちに比べて少なく、実力がないと馬鹿にしていた。


 ラントはダフからの情報を聞き、考え込む。


(王国が雇った冒険者なのか? ダフの情報が正しければ、身の危険を感じれば撤退するはずだ。だとすれば、どうしたらいいんだろうか……我々が優位に立っているのは単体の力と移動速度、そして迅速な連絡手段だ。数の不足はスピードで補えばいい……)


 ラントは警邏隊に妖魔族の通信士も配置した。ナイダハレル近郊の農村の八割ほどは半径十キロメートル以内にあるため、念話の魔道具でも場所さえ分かっていれば通信は可能だった。


(数が足りない。オードに試作品でもいいから、もっと配備してもらうよう頼むしかないな……)


 元々野戦用に使うことを想定しており、念話の魔道具は十個しか持ってきていない。そのため、ラントは伝令を使い、開発責任者の魔導王オードにあるだけの魔道具を持ってくるよう命じた。


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― 新着の感想 ―
[一言] 機動打撃戦で勝ってから治安維持に苦戦して撤退した某国のような展開……戦いは数だよ、はやはり真理ですね。
[良い点] 対応に苦戦してる感じが伝わりました。
[一言] 現代でもテロは厄介ですからね 冒険者が金次第なら 金積んで寝返りさせるのも手ではあるけど まとめては出来ないのが辛タン… 多分、それぞれは連絡しないか出来ないようにしてるはずなので
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