第一話「神兵隊」
何とか間に合いました!
第二章の始まりです。
神聖暦四八二一年(帝国暦五五〇一年)一月三十一日。
神聖ロセス王国の聖都ストウロセスでは、壮年の騎士、聖堂騎士団の副団長であるペルノ・シーバス卿が頭を悩ませていた。
彼は七日前の一月二十四日に、聖王マグダレーンより義勇兵の指揮を任された。その後、トファース教会の聖職者たちが聖都だけでなく、近隣の町や村にも出向き、宣伝を行ったため、その数は日を追うごとに増え、既に三万人を超えようとしていた。
(この調子だと五万は超えるはずだ。だが、これだけの数を集めても防具はおろか武器すら満足に与えられん。食事こそ何とかなっているが、宿舎も天幕を使っているありさまだ。こんなことでは僅か二ヶ月で戦力にできるはずがない……)
彼は元々義勇兵を集めることに反対だった。
彼らが魔族と呼ぶグラント帝国の戦士は強力で、単に数を集めても役に立たないと考えていたためだ。
(オーガだけなら、平地であれば我ら聖堂騎士団でも充分に対抗できる。しかし、龍や魔獣まで出てこられたら、天馬騎士では太刀打ちできん。唯一可能性があるのは、聖職者たちによる集団詠唱魔法だが……)
集団詠唱魔法は大規模な魔法陣を用意し、千人単位の聖職者が神に祈りを捧げることで強力な魔法を発動させる。勇者の存在と共に神聖ロセス王国の切り札であった。
聖職者たちの祈りによって得られた膨大な魔力は神の怒りの如き雷を生み、それによって大地は裂け、山が崩れると言われている。
絶対的な魔法防御を誇る魔帝ですら直撃すればダメージを負い、古龍族や巨人族であっても容易に倒す威力を誇る。
(今の教会の奴らじゃ、まともに発動すまい……)
集団詠唱魔法は精神の完璧な同調が必要であり、厳しい修行と綿密な準備が必要と言われている。
教会でも修行は行われているが、ここ二百年ほどで聖職者たちの堕落と腐敗は目を覆うほどで、高度な技術が必要な魔法を行える魔術師は少なく、集団魔法も十人単位が限界と言われている。
(勇者を使って魔帝を暗殺するしかないが、問題はその勇者、ロイグだな……)
シーバスが懸念するように、先日勇者となったロイグは問題の多い人物だった。
当初は聖王に対して敬意を払っていたが、僅か数日で元々大きかった彼の自尊心は肥大化し、聖王すら軽んじるようになった。当然、聖堂騎士団の指示など一顧だにしない。
ロイグは現在、戦力増強という名目で仲間と共に迷宮探索を行っている。
迷宮に入ることで自身のレベルを上げ、迷宮から産出される強力な武具を手に入れることができるので、ロイグの言っていることに誤りはない。
しかし、彼の場合、言葉通りとは言い難く、パーティメンバーである女性たちと迷宮探索を楽しんでいるという報告があった。
(勇者がいつ戻ってくるか分からんが、少なくとも二ヶ月は戻ってこないだろう。魔族が勢いづいて攻めてきたら、防衛が間に合わない可能性が高い。最悪の場合は聖都が陥落することすらあり得る……)
彼の懸念は大げさなものではない。過去に行われた帝国の侵攻では国境を突破した情報を得てから僅か二ヶ月で聖都に達していた。
国境であるブレア峠から聖都までは約三百四十マイル(約五百五十キロメートル)あるが、魔族の戦闘力と機動力は人族側の想像を遥かに超えている。
(そうなると時間稼ぎに徹しなければならんな……)
そんなことを考えていると、腹心の部下、ウイリアム・アデルフィが姿を見せた。
「お悩みのようですね」
アデルフィは三十代半ばで、騎士というより宮廷でダンスに興じている方が似合いそうな優男だ。しかし、その実力は実質的な騎士団長であるシーバスが評価するほどで、彼はアデルフィを自らの後継者と考えている。
「この状況で悩まない方がおかしいだろう。現実を見ぬ聖王陛下と根拠のない自信と肥大した自尊心の勇者殿。その二人に振り回されているのだからな」
いつになく辛辣な言い方にアデルフィは肩を竦める。
「そもそもそのお二人に期待できないことは最初から分かっていたのではありませんか? ならばやるべきことも決まっているはずです」
その言葉にシーバスは「卿には敵わんな」と言って苦笑する。
「特殊部隊しかないでしょう。幸いなことに義勇兵として若者が多く集まっています。その中にいる才能豊かな者を迷宮に送り込んでレベルアップさせ、魔族に叩きつければ、ある程度戦果は上がるはずです」
アデルフィは義勇兵の中から武術などの才能がある者を選り分け、短期間で戦力化することを提案した。
シーバスはアデルフィを睨むように見つめる。
「特殊部隊……いや、言葉を飾っても仕方なかろう。使い捨ての暗殺者を育てよと卿は言うのだな」
本来であれば、迷宮でレベルアップさせた後、集団戦を叩きこんで兵士とするのだが、今回は魔物相手の戦い方だけを覚えた段階で送り出す。
そのため、少人数で敵の支配地域に潜入して攻撃することになり、帰還はほとんど期待できない。
「その通りですよ。ですが、勇者殿が戻ってくるまで時間を稼ぐにはこれしかないでしょう。それとも義勇兵をぶつけますか?」
「馬鹿なことを言うな。あの若造たちを戦場に送り込んでも足止めにもならんわ。聖都防衛に回すしかない」
「でしたら、やるしかないでしょう。これが一番、犠牲が少なくて済む方法なんですから」
アデルフィの言葉にシーバスは小さく首を横に振る。
「犠牲を少なくするなら勇者が……いや、言っても詮ないことだな……」
そこでシーバスはアデルフィに視線を向ける。その顔に先ほどまでの迷いはなかった。
「よかろう。アデルフィよ、お前に暗殺部隊の編成を任せる。部隊名はロセス神兵隊だ。若者たちが好きそうな名だろう」
そう言って寂しそうな表情で笑う。
アデルフィは即座に行動を開始した。
優秀なスキルを持つ若者を選別していった。義勇兵に応募した段階で鑑定によって調べてあり、聖堂騎士団によってリスト化されている。
そのため、すぐに二千名ほどを抽出した。
その二千名の若者を前にアデルフィは演説を行った。
「諸君らは選ばれし者たちだ! 一ヶ月後には君たちは“ロセス神兵隊”と呼ばれることになる!」
若者たちは聞いたことがない“ロセス神兵隊”という名に首を傾げている。
「ロセス神兵隊は今回の聖戦で結成される精鋭部隊のことである! この部隊に配属されれば、聖堂騎士団の騎士と同格となる。つまり聖戦に勝利した暁には騎士として叙されることになるのだ!」
騎士に叙されると聞き、若者たちはやる気に満ちた表情になる。言っているアデルフィは勝利すらおぼつかないと考えているが、そのことは一切顔に出さず、自信に満ちた表情で話を続けていく。
「これより迷宮に入り、一ヶ月で魔族と戦えるレベルにまでなってもらう。義勇兵と異なり、装備も最高の物が用意されている。諸君らの奮闘に期待する!」
「「オオ!」」
二千人の若者たちはそれに雄叫びをもって応えた。
神聖ロセス王国には多くの迷宮が存在する。
この迷宮は神が作った物と言われ、効率よくレベルアップできる。また、通常のドワーフでは作れないような神器と呼ばれる武具が見つかることも多い。
若者たちは先導役の騎士と治癒師と共に迷宮に挑んでいった。
当初は順調だったが、半月ほど経ったところで騎士たちが離れ、それと共に帰還率は一気に低下した。
アデルフィは若者たちを外部から隔離し、更に仲間同士での交流も制限した。それにより死亡率の高さを隠し、更に若者たちの競争心を煽る。
「君たちには聖王陛下も期待している。陛下は最も早く合格した者に聖騎士の称号が与えると仰せになられた。現在、最も進んでいる者は五十階を突破したところだが、今なら誰でも逆転は可能だ……」
若者たちはその言葉に乗せられ、迷宮に挑んでいく。
約二ヶ月後の四月五日、約五百名のロセス神兵隊員が生まれた。
四人に三人が命を落とすという過酷な試練を乗り越えた若者たちは、迷宮で手に入れた武具を装備し、聖王の前に立った。
聖王は彼らの前で盛大に賞賛する。
「諸君らはまさに神の兵である! 魔帝討伐の暁には諸君ら全員を聖騎士に叙することを約束する!」
聖王は本来、一握りの騎士にしか与えられない貴重な聖騎士の称号を大盤振る舞いした。彼らの生還率がほぼゼロであると聞いており、空手形を切っても実害がないと思ったためだ。
「神兵たちよ! 魔族を滅ぼせ! 神の加護が諸君らにあらんことを!」
ロセス神兵隊は聖王の言葉に武器を上げて応えた。
その様子を見ていたシーバスは口の中に苦いものが湧き上がってくるのを感じていた。
(勝つためとはいえ、何と罪深いことをしたものか……この戦いの後に私が生きているとは思えんが、このことを一生後悔するのだろうな……)
シーバスはその想いを顔に出すことなく、他の義勇兵たちの訓練の様子を見に行った。
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