第二十五話「魔帝とは」
エルダードワーフのモールと酒を飲んだ翌朝、ラントは思ったよりスッキリとした朝を迎えていた。
(あれだけ飲んだら二日酔いは確実だと思っていたんだけど、解毒の魔法が効いたのかな? 魔帝は不老不死だけど、僕は毒耐性や病気耐性は持っていなかったはずだから……)
今までの魔帝は毒や病気などの異常状態に対する耐性を持っており、毒での暗殺は不可能だった。しかし、ラントは耐性のスキルがなく、アルコールに対しても無防備な状態だ。
ただ、魔帝の種族特性である“不老不死”には体内の活性化を促す効果があり、解毒の魔法でアルコールやアセトアルデヒドを除去した後の回復が早かったことが、スッキリとした朝を迎えられた原因だった。
いつも通り、キースとエレン、ローズが待機していた。既に朝食の準備も終えており、香ばしいトーストや炙ったベーコンの香りがラントの食欲をそそる。
「おはようございます。お身体の方は大丈夫でしょうか?」
キースが遠慮気味に聞くと、ラントは笑みを浮かべて頷く。
「思った以上に調子はいい。エレンが掛けてくれた魔法のお陰だろう。助かったよ」
エレンは柔らかな笑みを浮かべて軽く頭を下げる。
「それにしてもローズは元気だな。あれほど飲んだのに全然残っていないのか?」
元気そうなローズにそう声を掛けた。
「当然よ。あの程度は飲んだうちに入らないわ」
得意げに言うローズにエレンが「本体が大きいですから」と笑いながら突っ込んだ。
「なるほど。確かにあの身体なら昨日の量でも大したことはないな」
「人をただのでくの坊みたいに言わないでくれる」
ローズがむくれる。
そんな話をしながら朝食を摂り終えた。
「ところで、モールは何で前日のことを知っていたんだ? あれほど速い伝達手段があるなら、ネヴィス砦からの通信手段に使えるんだが」
ラントの疑問にキースが笑いながら答える。
「理屈は分かっていないのですが、エルダードワーフの種としての固有能力のようなのです。ですが、これは酒に関することだけで、他の情報については魔帝陛下がお亡くなりになったような重要な情報ですら伝わらないそうです。ですので、利用することは不可能かと」
「エルダードワーフの固有能力? 情報閲覧にはそんな情報はなかったんだが……情報閲覧も完璧ではないということか……」
そう言いながらも何となく納得していた。
(そう言えば、以前読んだWEB小説にそんな話があったな。タイトルは確か“ドワーフ・ラ〇フ”とかなんとかって奴だった……それと似たようなことがこの世界でもあるんだな……)
そこで頭を切り替える。
「三日後の戦勝記念式典までに褒賞を与える戦士を選ばなくてはならない。私の方でリストアップしておくから、各部族に連絡を頼む。それから時間があったらダフを呼んでほしい。対王国戦の戦略を練らないといけないからな」
「各部族への連絡については承りました。ですが、人族を陛下の執務室に入れることは反対いたします」
キースが厳しい表情でそう言った。エレンとローズもキースに賛成というように頷いている。
「なぜだ? ダフも私の配下となった。確かにまだ忠誠度は低いが、私を害するようなことないはずだが」
「その点は私も心配しておりません」
「では何が問題なのだ?」とラントは首を傾げる。
「陛下はまだ、我々にとって“魔帝”という存在がどれほど大きなものか理解されておりません。陛下の執務室に入れていただけるということは我々にとって非常に名誉なことなのです。通常ここは我々護衛の他には長の方々のみが入室できる場所なのです。僅か数日前に敵国から寝返った者が受けていい名誉ではありません」
ラントはその言葉で何となく察した。
(なるほど……確かに鬼人族や魔獣族の戦士たちの様子を見たら、彼の言うことも納得できる。なら別室でということか。ダフの扱いは慎重にしないといけないということだな……)
ラントは改めて別室を用意し、そこで話を聞くことにした。
その後、情報閲覧で今回の戦いでの戦功を確認していく。
情報閲覧には検索とソートの機能があり、リスト化自体はそれほど面倒ではなかった。
(意外に使い勝手がいいな。やはりドワーフに関してだけ情報がおかしいのか? まあそれはいい。今は褒賞のことが最優先だ。まずは与える対象だな。与え過ぎれば価値は低くなるし、少なすぎれば不満を持つ。その線引きが難しい……)
そのことをキースたちに話してみた。
「陛下が名を呼ばれるだけでも戦士たちは涙を流して喜ぶはずですわ」
エレンがそう言うと、ローズは「私は違うけど、他の連中ならそうかもしれないわね」と言って賛同する。
「名を呼ぶだけで……確かに砦や城でも声を掛けるだけで喜んでいたが……」
「魔帝陛下とはそういった存在なのですよ」とエレンは自信満々で告げる。
「納得しがたいが、その方向で検討するか……」
釈然としないものの、ランク付けを行っていった。
午後に入ったところで、褒賞者のリストが完成した。
リストに記載された名は二百人ほど。今回の戦いに参加した者の五パーセントほどだった。
「思ったより早くできたな」と言って伸びをする。
首をコキコキと鳴らした後、キースにダフと面談することを伝えた。
「ダフから情報を聞き出したい。適当な部屋に彼を呼んでおいてくれ」
すぐにキースは動き、宮殿にある少人数用の謁見室を用意した。
■■■
元傭兵隊長のダフは帝都フィンクランに到着後は特に仕事もなく、宮殿内に与えられた部屋にいた。
目の前に積み上げられた王国軍司令部の資料の山を眺めながら、自分が夢を見ているのではないかと考えていた。
(死にたくなかったから魔帝の部下になったが、ここは本当に魔族の国なのか? 神話の世界のような美しい風景……今まで口にしたことがないような美味い食事と酒……グラッサ王国のエルフの美女が野暮ったく思えるような目の覚めるような美女たち……)
彼はこれまで傭兵として多くの国を旅していた。
高級な食事や酒はそれほど口にしていないが、それでも命懸けの仕事が終わった後には傭兵らしく散財することが多く、一般の旅人より舌は肥えていた。
捕虜に等しい彼に出された食事ですら、今まで食べた食事で一番と言えるほどで、運んできた給仕に間違いじゃないかと何度も聞いたほどだ。
また、彼が訪れた国の中には森の国と呼ばれ、エルフ族が多く住むグラッサ王国があり、そこで初めて見るエルフの美女に目を奪われたことがあった。
しかし、ここにいるエンシェントエルフの美女たちは美しいだけでなく気品に溢れていた。また、古龍族や魔獣族の美女たちは生命力を強く感じさせ、女神が降臨していると思ったほどだ。
今もエンシェントエルフのメイドに案内されて宮殿の中を歩いているが、僅か三日前には死を覚悟したことが信じられずにいる。
(まだ三日しか経っていないんだな、あの山の中で死にかけた時から……今でも信じられねぇ……)
当初、ダフは人族ということで鬼人族の戦士たちを筆頭に、白い目で見られていた。
彼自身、殺し合いをしていた相手であり、罵声を浴びせられても仕方がないと思っていたが、それが二日前の朝、王国軍の野営地から出発する時から待遇が変わった。
それまでの白眼視から一転して丁寧な扱いになったのだ。
これはラントが今後の帝国の戦略に重要な人物と戦士たちの前で言ったためで、賓客とまではいかないものの、戦士たちは一定以上の敬意をもって接するようになっていた。
(それにしても教会の連中は帝国のことを全く知らない。ここの連中が本気になったら七ヶ国すべてが束になっても敵わないだろう。特にあの魔帝陛下がいる限りは……)
ダフはラントから王国軍との戦いについて話を聞いていた。
輜重隊を襲って食料不足を誘発し、更に傀儡とした兵士を使って煽ったと聞き、負けた悔しさよりも驚きの方が強かった。
(龍や巨人、魔獣たちをあの天才が率いるんだ。傲慢なだけの聖騎士たちが勝てるはずがねぇ。救いは陛下が人族を滅ぼすつもりがないということだけだ。まだ何を考えているのかはよく分からんが、少なくとも皆殺しにするつもりはないらしいからな……)
「侵攻してきた俺たち王国軍を全滅させる気があったんですか」と、ダフはラントにストレートに聞いている。
それに対し、ラントは少し考えた後、軽い口調で答えた。
「全滅させる気はなかったな。ある程度追い詰めたところで降伏を促すつもりだったんだよ……まさか誰一人降伏しないとは思わなかった」
その時のラントの表情に僅かに苦いものを感じたため、ダフはその言葉を信じている。
(それにしても召喚されて僅か三日でこれほど掌握できるとは凄いものだ……さて、これから俺はどうしたらいいのかな。陛下に仕えると言った以上、裏切るつもりはないが……)
不安を抱えながら、ダフは案内されるまま会議室に入っていった。
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